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牛久絢太朗vs斎藤裕-苛烈を極めた2人の物語-

斎藤裕「オレが勝つだけだ」

2022年4月17日。
「牛久絢太朗vs斎藤裕2」が始まったのは、ちょうど夕食で鍋を囲んでいる時でした。

「これを見るために5,000円払ったから」と、無礼を承知でスマホを机の上に置き
右手に箸を持ちながらも、視線は常に画面を凝視していました。

心臓の鼓動は早く、胃はキュッと縮んでおり
箸を持つ手は軽く震えるくらいの緊張感。
たかがスポーツの試合を見るだけなのに、何をそんなに必死なのかと、側で同じように鍋をつつく家族は不審がっていたかもしれません。

そうこうしている内に会場では煽りVが終わり、後にDead End in Tokyoを背に斎藤裕がメインゲートから姿を現しました。

血と汗に濡れた鬼気迫る表情で「まだできる」と叫び続け、その後涙と共に崩れ落ちたRIZIN31。
その不完全な物語に幕を降ろすべく、リングに歩を進める表情は、冷静ながらもどこか鬼気迫る、今までの戦いでは見たことがない面持ちでした。

RIZIN31から斎藤選手の物語を追ってきた者にとっては、あの日以上にほとばしる気迫を纏いつつ、あの日と同じ曲で戦いに向かう姿を見るだけで、既に込み上げるものがありました。

その後試合が始まり
1ラウンド、2ラウンド共に斎藤サイドが劣勢な展開から、迎えた最終ラウンド。

まさに「MUST BE DONE」という状況から、斎藤選手が攻撃を被弾しつつも、気迫の猛攻を見せ、試合は打ち合いの展開へ。
そんな激しい攻防の最中、斎藤選手はあの日の悪夢を振り払うかのような飛び膝蹴りを繰り出し、会場のボルテージは最高潮に達しました。

見る者の想像を超えるドラマチックな展開を迎えた会場では、平生を忘れ、ひたすら目前の刹那に想いを注ぐ人々の叫びが木霊していました。

そんな激闘の終わりを告げるゴングが鳴った直後、斎藤選手は拳を突き上げ、それに続くように牛久選手も両手を上げて、自身の勝利をアピールしていました。

本音を言えば、この時は贔屓目に見ても斎藤選手の勝ちは厳しいのではないかと思っていました。
しかし、試合後のインタビューでこの行動について「何かの間違いでも勝ちになれば」と言っていたように
「勝ちに拘る」と言い続けた男が、自分の持てる精一杯の力と策で勝利を掴もうとする強い想いを、この場面でもなお感じることができました。

「斎藤裕の物語に懸けた者」としては
今回の結果は受け入れ難く
試合から数日経った今でも悔しさが頭をよぎる程
辛い結果でもありました。

しかし、敗北という結果以上に
斎藤選手がこれまで見せてくれた物語は
僕自身に格闘技の底知れぬ魅力や
「人としてこうありたい」と思わせる多くの教訓を伝えてくれました。
故にこれからも「斎藤裕」という物語に一喜一憂しながら共に学び、その物語を追い続けられる限り、ずっと追い続けていきたいと思っています。

…とここまでは斎藤裕の大ファンとして
RIZIN31〜RIZIN35の物語を追ってきましたが
この物語はRIZIN31で栄光を掴み取ったはずの牛久絢太朗というもう1人の主人公にとっても、非常に過酷で、残酷なものだったように思います。

牛久絢太朗「僕は敵ではありません」

RIZIN31。
斎藤チャンプの単独ポスターに「I AM THE CHAMPION」と銘打たれたその大会で、斎藤裕の対戦相手として初めてRIZINに現れたのが牛久絢太郎選手です。

RIZINのチャンピオンとして大会を背負い、様々な不条理にも屈しなかった斎藤裕の物語に多くの人が惹きつけられる中
牛久選手はたった一晩で、たった膝蹴り一発にして
「I AM THE CHAMPION」の称号を奪い去っていきました。

牛久チャンピオンが誕生した瞬間は、他方で泣き崩れる斎藤選手の姿があまりに衝撃的で
試合を見ていた多くのファンが格闘技の残酷さに胸を痛めた瞬間でもありました。

それ故に大きなチャンスを掴み取った牛久選手の嬉し涙は霞み、
勝ち方が劣勢な展開からの、膝蹴り一撃でのTKOであったことから牛久選手は
「膝蹴りでたまたま全てを奪ってしまった脇役」
のような立ち位置になってしまったように思います。

とてつもない努力家だという牛久選手にとって
日々精進を積み重ねた結果
下馬評を覆してRIZINの王者に戴冠したことは
「自分を信じて頑張っていれば結果に結びつく」というメッセージを体現した、とても美しい瞬間だったと思います。

しかし、「こんなに幸せで良いんですかね」と語ったその想いは束の間…

「たまたま勝っただけ」
「終始斎藤選手のペースだったのに」
「フェザー級これからどうすんの」

などという言葉にさらされ
一つ夢を叶えたはずなのに、認められない…
「あの一発」だけが表面的に切り取られ、「あの一発」を作り出す為に、自分が積み上げてきたものが取り上げられない…
そんなやりきれない想いと戦いながら日々を過ごして来たことと思います。

斎藤選手が紡いできたドラマがあまりに劇的だったが故に、それを「一瞬だけ」で奪ったように見える牛久選手が、「憎い存在」であるように、少なくとも当時の僕の目には映っていました。

しかし、認めてもらえない歯痒さを昇華し、さらに力をつけて臨んだRIZIN35での防衛戦。
試合としては完勝とも言える内容で勝利を収めた後、榊原社長に言った
「僕は敵ではありません」
という言葉。
また、RIZINファンの人達に伝えた
「僕についてきてください」
という言葉。
今までの悔しさと真っ向から戦って勝利した牛久選手のドラマが、RIZIN31ではなくRIZIN35で「やっと陽の目を浴び」、牛久絢太郎という物語の続きを多くの人が「見てみたい」と思った瞬間だったと思います。

そんな美しいドラマを作ってきた牛久選手ですが、試合後のインタビューで
「ベルトの価値を上げる為に今後戦いたい選手はいるか」
というような内容を問われた際、
その他フェザー級の強豪選手の名前を上げるのではなく
「とにかくこの試合に集中していた」
「今回斎藤選手に勝てたことが大きい」
というような回答をしていたことには
「斎藤裕を倒して得たベルトに価値がある」
という「リスペクト」が見え、斎藤裕ファンとしてとても好印象だったことを覚えています。

そんな「結果を出しても認められなかった」
不遇の男が、今後混沌とするフェザー級の中でどのような物語を作っていくのか…
「斎藤裕を倒した男」を追うという意味でも、彼の物語がどう展開していくのか、注目していきたいと思います。

物語の終幕〜「泣かないで、胸張って、チャンピオンなんだから」〜

ここまで見てきた2人の男が激闘を終えた後
斎藤選手が涙する牛久選手にかけた言葉が
「泣かないで、胸張って、チャンピオンなんだから」
というものでした。

その言葉を聞いて思い出したのが
RIZIN25で朝倉未来を下した直後から
斎藤選手が歩んできた道のりでした。

当時のRIZINフェザー級は、実況で
「未来級」なんて揶揄されるほど
朝倉未来旋風が吹き荒れており
「朝倉未来vs斎藤裕1」は
朝倉未来がチャンピオンになることが
既定路線かのように捉えられていました。

その試合で斎藤裕は自身の顔をボロボロにしつつも
アグレッシブに有効打を浴びせ続け
一進一退の攻防からなる激闘の末
見事初代フェザー級チャンピオンに輝きました。

しかしRIZINの看板選手を僅差で倒し、チャンピオンになったことを始まりとして
斎藤選手は対戦相手だけではない、様々なものと戦うこととなり
不条理や辛辣な言葉が飛び交う嵐の中を、真っ直ぐ次の戦いに向けて歩んでいました。

そんな斎藤選手が牛久選手へかけた
「泣かないで、胸張って、チャンピオンなんだから」
という言葉は、斎藤選手の人柄の良さや優しさを表すものでもありますが、
それ以上に自身がこれまで背負ってきた様々な重圧と
何を言われても「自分はチャンピオンなんだ」
という誇りの両方を見てとることができ、斎藤選手が発したからこそ、意味を成す一言だったように思います。

こうして「チャンピオンなんだから」という言葉と共に一旦幕を降ろした斎藤裕と牛久絢太朗による物語ですが
試合から数日後に牛久選手がYouTubeに投稿した動画で、まさかの牛久選手もルタオ好きだということが発覚し、そこには意図あるのではないか?等と、なんとも可愛い隙間風を吹かせています。
(個人的には単にルタオが素晴らしいチーズケーキなだけだと解釈していますが…笑)

果たしてこの2人の物語は今後何らかの形で交差するのか…
今後も目を離さずに追っていきたいと思います。



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