バターの空き箱

溶けたバターみたいに幸福だった。

トラの寝顔は愛らしく、起きている時の凛々しさだったり、力強さだったりがまぶたによって封じ込められている。
このトラは実にいい瞳をしているのだが、目をつぶっていても愛嬌がある。先程ドライヤーをかけてあげたほわほわの髪の毛と相まって、ぬいぐるみのくまみたいだ。
なんたる無防備。愛くるしいとはこのことだろうか。

今なら、どんな世界だって好きになってみせる。
あらゆる人たちが、バターの波に押されて
私の周りは黄色い幸せで包まれている。
そんな温かい気分だった。

でもバターの海には孤島ができていた。
ある人がガラスで包まれて海に浮かんでいる。
1ヶ月くらい前に、無理やり興味関心をひっぺがしてしまった人。うまく温度調節ができない。目立つな。

こんなに幸福、ふく、というウ音の柔らかいおとの幸せをくちずさみたくなる気分なあのに、その島のせいで一面にならなくて悔しかった。
乳脂肪の波に負けて、どっかに流された挙句、沈んじゃえばいいのに。私の目につかないところで、冷えた油分がまとわりついたまま、固まっちゃえばいいんだ。

この島はいつまで私の特別でいるつもりだろう。

♢♢♢

浮気だったのかもしれない。トラと一夜を過ごして、実に、いい気持ちだった。
たばこの煙がいつまでもいつまでも浮かんでいた地下室で。
煙は私のお気に入りのワンピースにも染み込んだ。けど、それが嬉しかったの。
相手に勧められて初めてたばこを吸った。やっぱり美味しくはなかった。それでも、たばこを吸っている自分の姿は、甘ったるいから、酔いしれるには、じゅうぶん。
私はもう二度と綺麗な空気を肺いっぱい吸えなくたって、ヤニにまみれたって、文句は言わない。覚悟はできている。

♢♢♢

私は17歳だった。
白かったワンピースは、もう洗わない。

トラはすべてを汚してはくれなかったし、中途半端なまんま、宙ぶらりんなまんま、私は、
陽の当たるところに追い出されて、生きてしまった。
黄ばんだ木綿をまとって、ここまで生きてしまいました。


【つくった時期:去年の八月】
【だしたわけ:すべてを溶かすため】

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