見出し画像

大雨のお盆に想う

8月に入って10日間ばかり、毎年夏にお世話になっている日本山妙法寺の平和行進に参加した。と言っても私はいつも広島の平和記念公園で、東京から何週間もかけて歩いてきた行進団の方々に(コロナ規制のため今年は岡山からのみ)追いつくだけなのだけど。

広島で合流して、佐賀、長崎、そして熊本の水俣へと私なりに戦争のない世界を祈り、被爆者や水俣病の被害者の方達のことを想った。

地元に戻った12日から降り始めた豪雨とそれに続く土砂災害の状況を聞きながら、亡くなってしまった父のアパートでただお盆の期間を過ごす。そうしていると自分が九州を歩いていたのはまるでお父さんの弔いだったように思えてきた。

広島から福岡まで行くバスでネパールのお上人が父の戒名を紙の塔婆に書いてくださった。中を開けるとこう書いてあった。

「十億の人に十億の父あれど わが父にまさる父あらめやも」

バスの中で私はもう涙が止まらなかった。

コロナ規制で父の死に目には逢えなかった私。家族にも会えず、たった一人で苦しんで死んでいった父。

九州でお世話になったいろんな土地が大雨の危険警戒区域となって報道されるのを聞きながら、自分がずっとお父さんと一緒にお参りして歩いていたんだなと気づく。

もうすぐ父の49日。二日早めて週末に法要と納骨をさせてもらい、本当の父の49日に私はまた飛行機に乗ってアメリカに帰る。

画像1

画像2

画像3

画像5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?