見出し画像

[オランダで育児]日本の保育園

絶賛ヨーロッパ国内線飛んでます、さやです

今日は娘が日本に一時帰国した時の保育園の話を記事にしたいと思います

👦幼稚園?保育園?こども園?

オランダは生まれてから4歳で小学校に上がるまでは「kinderopvang(保育園)」という一括りしかありません。
私自身は日本で幼稚園に通っていたので、幼稚園と保育園の違いはもちろんわかります。ただ自分が子供を預ける側となると、日本人であるものの、結局「オランダで育児してるママ」なので日本のシステムには疎い!認可とか不認可とか、こども園とか。
これを読んでくださってる方のほうがきっと日本の教育システムには通じてると思うので割愛しますが、我が子は保育園ではなくこども園に預けることになりました。
実家の近くの保育園は一時預かりというのをやっていないとのことで、短期間しか通うことができない娘はお断り対象に。
これが最低でも1学期以上とか通えるならば、保育園との相談で入園できたようです。
幼稚園は準備したり、買い揃えたりするものも多く、短期間だけ通うのには少々高くついてしまうので見送りました。

🌷日本の保育園にどうしても入れたかった

唐突ですがどうしても日本の保育園に入れたかったんです。
と、言うのもオランダでは住んでる地域的なものと、私が仕事で忙しいのも相まってあまり日本人のママ友、友達が多くなく、娘を日本語に触れさせる機会が少ないので、シャワーのように日本語を浴びて欲しい、勉強(補習校)って感じじゃなくていろんな日本語を喋る同い年のこと触れ合うのが1番言語の上達になると信じていたからです。
幸い受け入れてくれるこども園が見つかり、一時帰国の間に合計で1週間ちょっと通うことがかないました。
そして思っていた通り、日本語のシャワーを存分に浴びて、娘の日本語は信じられないほど上達しました。


👜期間をあけて2回の経験

ちょっと長く帰れる機会が4月と9月にあり、ちょっと期間をあけて2回同じこども園に通うことができました。

4月

1回目の4月は慣らし保育と合わせて5日間くらい、コロナでの入国制限が少し(日本国籍者に対して)緩くなった時でしたので、2年ぶりの日本、娘にとっては(記憶にバッチリ残るであろう)初めてに近い一時帰国で、こども園の子供たちに圧倒され、日本語もまだまだ足りず....先生にべったり、ほぼ無言で時を過ごしていたようです。
日本語はもちろん私が家で話しているので「わからない」と言うことはないのですが、知らない日本人に不確かな(ルー大柴語)日本語を喋るのは難しかったようです。
そりゃそうですよね。発言する機会はほぼなかったし、要はママだったらどんな言い方(ルー語)しても理解してくれるけど、お友達や先生にオランダ語混じりは通じませんもん。(自信を失ったようです)
ただ先生に聞くと「こちらの言ってることは全部わかっているから、頷いたり首振ったりして意思疎通取れてますよ。恥ずかしいのかな?でもお世話好きなお友だちが○○ちゃん(娘)に色々話しかけたり遊んだりして、たのしそうにしていましたよ」とのこと。
実際迎えに行って、どうだった?と聞くと家ではそりゃー饒舌に「楽しかった!」と言うんです。
4月の一時帰国が終わりの時に「また9月も来れそう、今度はもっとながく」と話をしたらこども園側も先生方も「またおいで、楽しみにしているよ」と言ってくださり、一時お別れしました。

9月

そしてまた数ヶ月後の9月、今度は計10日以上、また同じこども園、同じクラス、同じ先生、お友だちのところに通うことができました。
無論、このオランダにいた数ヶ月はいつも通りの生活で。特に日本語を頑張ったとかはありません。相変わらずの混ぜこぜ日蘭語の日々でした。

それがこの9月通い出した1日目、先生に
「○○ちゃん(娘)、すごい日本語が上手になりましたね!今日は先生にもお友だちにもいっぱいお話ししてくれましたよ!オランダに帰ってる間になんか特訓したんですか?」と。
私がもはやびっくり!

知ってる場所に帰れた、日本での私のお友達、先生、教室、って言うのが安心させたのか、前回のように先生にしがみついて無言と言うことは無くなりました。
そして娘の中に芽生えた「私の日本語いけてるじゃん!」という自信が、その後の約10日間、上達の一途をたどりました。


💪自信を持つことの大切さ

やはり「自信」というのは人にチカラを与えるんだなと思いました。
多分娘の日本語のレベルは4月も9月も大して変わらなかったと思うんです。ただひとつ違うのは、知ってるメンツの中で失敗を怖いと思わず一歩を踏み出せたことにあると思います。

娘が思ってるよりも周りのお友だちは娘が日本語が苦手なのはわかってくれていて、でも苦手で下手くそだからって仲間はずれにしたり、笑ったりする子はいなくて、むしろみんなが「え?わからないの?こうだよ、ああだよ」とたくさん優しく教えてくれたのも良かったみたいです。
日本語のお名前を覚えるのが難しかったようですが、それでもたくさん遊んだり助けてくれたお友達のお名前は覚えて、自分からも話しかけれるようになりました。
この自信と友達との関係性をうまく築けたことで彼女の日本語は驚くほどに伸びました。
日本語の歌を歌ったり踊ったり、運動会の練習にも参加して楽しいこども園生活を送れたようです。

🌏真の国際交流

娘が通ったクラスには何人か外国人とのミックスの子がいました。(と言っても日本生まれ日本育ちで顔がちょいと濃いだけでしっかり日本人ですが)
なので真に外国から同い年の女の子が来た、と言うのはあのクラスの子達にとってもいい経験だったようです。
4月に通って一旦帰ったあとも度々、クラスで「○○ちゃん(娘)は元気にしてるかなー?」なんて話題に出してくれていたそうです。(先生から聞いて嬉しくなりました)

日本のお友達にとっては、まずは同い年なのに日本語がすごい下手っぴ。
娘はオランダでは平均のど真ん中をいってる身長ですが、日本の子達と並ぶと頭一個分くらい背が高く、髪の毛もくるくる栗毛色で女の子たちは「なんで髪の毛いろんな色が混じってるの(ブロンドの毛と茶色がいい感じに混ざった髪の毛の色をしています)?どうやって可愛くくるくるしてるの?お洋服かわいい!」と興味深々なご様子。(どこ国も女子は女子ですね)

そしてこのクラスの先生お2人が本当に素敵な先生で、9月に通った際には、娘のためにGoogle翻訳を使ってオランダ語でわからないところは説明してくれたり、他のお友達にオランダがどこにあって、どういうものが有名で(チューリップとかミッフィーちゃんとかチーズとか)、どんな言葉を喋ってるかなどを教えてくれたようです。

「おはようはgoedemorgenって言うんだよ!バイバイはdoeiって言うんだよ」などを一緒に練習したようで、このクラスは毎日、娘が通ってる間はオランダ語で挨拶しあったり、
娘もお友だちも「これは(オランダ語で、日本語で)なんて言うの?」など真の国際交流ができたみたいです。
9月の最後の登園日、お迎えに行った時にクラスの子がみんなお見送りに来てくれておっきい声で「○○ちゃん、doei!」と言ってくれたのが印象的でした。
その日は旦那さんも一緒にお迎えに行ったのですが感動していました。


この日を境に
このこども園経験があってから、娘は日本語を積極的に話すようになりました。
オランダに帰ってきてからも、楽なオランダ語に逃げることなく、私とは学校内で周りがオランダ語の環境であっても日本語で話してくれます。
彼女にとって自分はオランダでも日本でも学校に行ってると(通ったと)いうのは誇りのようです。
あの時からまたすでに半年以上の時が経ちましたが「先生元気かな?M先生かわいい(女性でかわいい先生)、K先生(男性の優しい先生)面白い、大好き❤」と時々思い出しては、こども園の話をしてくれます

それでは、また!Doei!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?