ラバルの部屋

06 部屋を借りる

ひとまず僕が転がり込んだのは、バルセロナの旧市街地のラバル地区の中でもど真ん中のエリアだった。
バルセロナに渡る数日前に一ヶ月だけ住む部屋を確保して、現地で街を見ながら探そうと思っていた。こうして自分の生活のリアリティの中で住宅を探すというのはアクションリサーチの一環だと思うからだ。
観光客としてやってくるのとではまるで違うまなざしになる。

さて、僕がコンタクトしたのはバルセロナに住んでいる日本人コミュニティの掲示板で、部屋を一月だけシェアさせてもらうものだった。日本人の青年が住むアパルトメントで、3部屋あるうちの1部屋をお借りすることとなった。

こちらで一般的に普及している文化として、「ピソコンパルティード」というものがある。
いわゆる部屋のシェアであるが、日本と違ってその文化の歴史は古い。
だから一部屋だけシェアというのは割と普通にあるし、そうでないと住めない人々も多い。
空間と時間の占有は、裕福さの度合いと比例している。
一人では十分な空間を持てない人々は、シェアするしかない。
古くから人々の流動性が高く、移民や学生などの一時滞在者や低所得者層が多い歴史的な経緯ではシェアせざるを得ないし、その方が効率が良い。
元々、都市というのはそうやってシェアしながら成り立ってきた場所だったはずである。

僕が借りていたのは一ヶ月限定なので、5月からはたちまち寝るところがなくなってしまう。
だから早急に部屋を探さねばならなかった。
しかしこれが大変な苦労だったのである。

ひとまずネットで部屋を検索してみると、ピソコンパルティードやシェアルームの物件が出てくる。
有名なところではIdealistaBEroomers、そしてSpotahomeなどだ。
他にも、arquiloversRoomlalaAtbarcelonahabitaclianuoraArquiler temporalNestpickHome awayErasmusu.comTixuzApartment BarcelonaEuro EstateSh BarcelonaSegundmanomilanuncho…など挙げていけばキリがない。

結局40以上のサイトを見比べて、片っぱしから条件に合う物件にコンタクトしてみた。
供給の数は結構あるが、地価が高騰しているバルセロナでは、なかなか手頃で良い条件の物件が見つからない。
それにこれからバカンスのシーズンに向けて、どんどん良い条件の部屋は埋まっていってしまう。
そしてネットでコンタクトを取っても、まず間違いなく返事が返ってこない。

住む場所によっても値段には相当な開きがある。
そしてあとはやはり不動産なので、できるだけ長く借りてくれる人に貸したいという事情もある。
こちらは調査の都合もあり、当面2ヶ月借りる予定だったので、それも余計な苦労になる。

こうした賃貸のサイトには大きく分ければ3通りある。

一つは地元の不動産会社がやっているもの。
もう一つはネットの中だけで仲介をしているところ。
最後は借り手と貸し手とをマッチングするだけのポータルサイトだ。

不動産会社がしているところは、部屋の下見からオーナーとの交渉や借りるところまでちゃんと面倒みてくれるが、その分、仲介手数料が高い。しかし安心することができる。
二つ目のネットの中で仲介しているところは、物件紹介をちゃんとやるところもあれば、オーナーとのアレンジや交渉の間に入ってくれるサービスをしてくれるところもある。PayPalなどの仕組みで家賃の一月分をサイトを通じて払うことができる場合もある。ここもまぁ素性が分かっているのでひとまずは安心だ。しかし手数料もそれなりに取られる。
問題は3つ目の借り手と貸し手をマッチングするだけのサイトである。
部屋をテンポラリーに貸したい人と、その部屋を借りたい人との間の情報をつないで、交換することで、交渉や部屋の下見などは直接やってくれというタイプである。
ここは単なるプラットホームになっているだけなので、手数料は発生しないか、とても安く済むというメリットがある。
しかし貸し手も借り手もお互いがどういう素性の人なのかが分からない状態なので、トラブルも発生しやすい。
こうした部屋のシェアリングビジネスで最も有名なのはairbnbである。
airbnbでは、メールのやりとりやその他すべての連絡事項が、airbnbの独自のプラットフォームを通じてしか行われない。
だからトラブルもある程度コントロールすることができる。しかしこういうサイトではそうしたサイト運営者のコントロールが効かない場合が多い。
だから物件を挙げる側も借りる側も、互いにどういう人物であるのかがわからないのだ。
その中で詐欺も多く発生する。

僕も借りる途中で、怪しい物件に当たり、危なく引っかかるところだった。
先にパスポートのデータや、振込などを要求してくるような家主は要注意だ。
特に良すぎる条件を掲げているようなところは、気をつけたほうがいい。
写真や会社名などは何とでも細工できるし、サイトのほうはそこまでチェックしないので責任が持てない。
直接のやりとりになれば、こちらは地元の事情や相場、物件の内容などを理解していない分、不利になることが多い。
お金の振込に関しても、直接振り込ませると怪しいので、色んな手口を使ってくる。
ひとまず一ヶ月分の家賃と手数料を振り込まないと物件を見せることができないというパターン。
遠くに住んでいて、直接会うことができないので、先に振り込めば後ほど鍵を送るというパターン。
振込に関しても安心させるためにairbnbの名前や架空の領収書などを使って信用させるパターンなど様々である。

逆に借り手側の方のトラブルもある。
貸し手側は出来るだけ綺麗に使ってくれて家賃を滞納しないような人に使って欲しい。
しかしどういう人物が来るか事前には分からない。
乱暴な使い方で家を痛める場合もある。
毎晩大騒ぎのパーティをして近隣住民や部屋の同居人とトラブルを起こす場合もある。
家賃を何ヶ月も滞納しても出て行ってくれない場合もある。

だから事前にこちらが何者であるのかを把握したがっている。
我々のような有色人種は比較的不利な状態だ。

顔の見えない者同士が簡単に取引できるネット社会では、信用の担保が難しい。
だからこそ、こうしたシェアリングビジネスでは信用力が重要になる。
しかし一度信用力がついた会社が出ると、今度はその信用力を利用して大手の名を騙って詐欺を行おうとする者も出てくる。
そしてユーザーの方も評価されることで信用力が測られることになる。
信用力を何で測るのかは難しいが、今の所、取引の中で互いの信用度を担保しているのは残念ながら最終的にはお金になってしまう。
お金という世界共通の価値判断の指標が、今の社会では唯一の信用力になっている。
しかしネット社会がもう少し進み、新たなフェアが共有されるようになると、お金だけでは価値が担保できなくなる状況が来るかもしれない。

とにかく大変な目に遭いながらも、毎日のように血眼になって部屋を探し、様々な紆余曲折を経てようやく郊外に小さな物件を借りることが出来た。
最終的にはbarcelona roomというサイトで見つけたが、価格帯としては東京で一部屋借りるよりも高く付いたのではないかと思う。

バルセロナは東京よりも人口密度が高い上に、今は観光客のために街が占拠されている。だから住宅事情がそうなるのは無理がないかもしれない。

皆が住む場所を欲しがっている。それは必然的に街の中でも、日照も通風も満足に確保できない劣悪な場所にある部屋が低価格となる。
そしてそういう場所には低所得者層が住むことになる。
それはバルセロナの場合はツーリストがたくさん集まる中心市街地である。
そしてそうした低所得者層は同時に観光産業の下部構造の労働力になるという構図が見られる。

少しお金を持っている層は旧市街地の中心部は避けて、街の中でももう少し住環境の良いところに越していく。だから中心部には社会的弱者が取り残されるというインナーシティ問題が一部起こっている。
僕が転がり込んだラバル地区などはそういう場所だ。

観光は良い側面ばかりではない。
街のジェントリフィケーションや社会問題なども引き起こす。
僕はそれを観光災害と名付けたが、そのあたりをこの一年、調査しながら考えてみたい。

2017.04.22

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