脳と太陽
太陽や光が脳に与える影響についての整理とメモ。
脳の三大神経伝達物質として「ノルアドレナリン」、「ドーパミン」と並んで「セロトニン」がある。
ノルアドレナリン神経は、どれだけ鍛えても強くなることはないという。これは危機管理センターのような役割を果たしており、脳の中に危機があると、脳全体にアラートを出す。しかしそれはアラートを出すだけなので実際に何かを解決することはないという。
セロトニンは幸せホルモンとも言われており、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑えて、心のバランスを取るという役割を果たす。セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて暴力的になったり、鬱になったりする。
セロトニンは腸内におよそ90%、血液中に8%、脳内に2%程度ずつ分布しているとされている。
腸内のセロトニンの効果は、ぜん動運動に作用し、消化を助けて整腸作用がある。腸内細菌は、脳へセロトニンの材料を送る上で非常に重要な働きをしていることがわかっており、腸内環境が悪化することで、その働きも弱くなってしまうことが明らかになっている。しかし食の欧米化が進んだ現代日本では、年々腸内環境が悪化しており、脳内へセロトニンが不足する原因の一つになっている。
血液中のセロトニンの効果としては、血小板の中に収容され、止血作用、血管の収縮作用などがある。これは偏頭痛の原因の一つとされている。
一方、脳内のセロトニンの効果としては、交感神経系と連動して、体内時計の調節し、覚醒状態(活発に活動出来る状態)を保つ。ドーパミンやノルアドレナリンの作用を制御して、気分や感情のコントロールをし、衝動行動や依存症の抑制をしている。また、痛覚を抑制したり、海馬における記憶力や学習効果にも影響を及ぼしていることがわかっている。咀嚼や呼吸といった反復運動の機能にも作用している。
セロトニン神経は脳幹のほぼ真ん中、右脳と左脳が縫い合わされた場所に位置する「縫線核」にある。縫線核はもっとも古い脳であり、生命活動の中心を担う。大脳の下に心の部分があり、その下に本能の部分があって、さらにその下が呼吸や歩行や咀嚼を司るような原始的な脳幹があるという配置となる。
だから呼吸、咀嚼、歩行のリズムを意識してやることで、このセロトニン神経が強くなり活性化すると言われている。それと瞑想することがセロトニン神経の活性化に非常に強く関係している。
その際に重要なことは、呼吸、咀嚼、歩行というのは漫然としていてもダメで、意識を集中してすることが重要であるということ。
環境的要因の中で、最も重要なことは、セロトニン神経の活動には太陽光が大きく影響しているということである。
セロトニンは、睡眠ホルモンであるメラトニンと相対する性質がある。セロトニンは脳の覚醒(起きていること)を促し、メラトニンには睡眠作用がある。メラトニンが分泌している間(夜間)はセロトニンの分泌は少なく就寝に適した時間で、逆にセロトニンが多く分泌されている間(昼間)はメラトニンの分泌は少なくなり、活動(仕事や学習)に適している。太陽の光(または、同様の非常に強い光・明かり)を浴びると、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌がストップし、脳の覚醒を促すセロトニンの分泌が活発化される。
セロトニンの材料になっているのは必須アミノ酸であるトリプトファンである。バナナ、アボガド、豆、チーズ、赤身の魚、ケールなどにたくさん含まれている。
脳内セロトニンは脳幹の縫線核で合成されるが、腸で生成されたセロトニンは血液脳関門を通らないため脳のニューロンに直接作用する可能性はない。5-ヒドロキシトリプトファンは血液脳関門を通過するが種々の副作用を示すため、脳内セロトニンを増やすためには栄養学的にはトリプトファンの摂取が重要となる。
Diksicらの研究によると健常男性は女性より約52%脳内セロトニンを産生する能力が高く、セロトニンの前駆物質であるトリプトファンが欠乏すると、女性では脳内セロトニン合成が男性の4倍減少する。
脳内セロトニンを生成する縫線核群は、大脳皮質、大脳辺縁系、視床下部、脳幹、脊髄など広汎な脳領域に投射しているため、脳内セロトニンが関与する生理機能は多岐にわたる[8]。生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などの生理機能と、気分障害・統合失調症・薬物依存などの病態に関与しているほか、ドーパミンやノルアドレナリンなどの感情的な情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある。ホルモンとしても働き、消化器系や気分、睡眠覚醒周期、心血管系、痛みの認知、食欲などを制御している。
一方でメラトニン(melatonin)は、トリプトファンからセロトニンを経て体内合成される。 つまりメラトニンの材料というのはセロトニンである。動物ではホルモンの一つで脳の「松果腺」から分泌される。メラトニンの血中濃度は1日のサイクルで変化しており、いくつかの生物学的機能に概日リズム(サーカディアンリズム)を持たせている。ヒトでは、メラトニンの血中濃度は昼に低く夜に高く、睡眠と関連している。夜行性の生物の場合も同様なリズムを示す。
メラトニン受容体の活性化の他、催眠・生体リズムの調節作用、強力な抗酸化物質としての役割や、性腺抑制作用、核DNAおよびミトコンドリアDNAを保護する役割も持つ。メラトニンは主として不眠症や時差ボケの解消など睡眠障害の治療に利用されており、他にも近年は不妊症の治療等にも利用されている。
メラトニンには催眠・生体リズムの調節作用としては、日中、強い光を浴びるとメラトニンの分泌は減少し、夜、暗くなってくると分泌量が増える。メラトニンが脈拍・体温・血圧・などを低下させる事で睡眠の準備が出来たと体が認識し、睡眠に向かわせる作用がある。又、朝日を浴びて規則正しく生活することで、メラトニンの分泌する時間や量が調整され、人の持つ体内時計の機能、生体リズムが調整される。そのため不規則な生活や昼間太陽光を浴びないような生活を続けるとメラトニンがうまく分泌されず、不眠症などの睡眠障害の原因となる。又、メラトニンは幼児期(1~5歳)に一番多く分泌され、歳を重ねる毎に分泌量が減っていく。(歳を取ると眠る時間が短くなるのはこのためである。)
メラトニンは血液脳関門も容易に通り抜けることができ、体全体に行きわたる抗酸化物質であると言われている。メラトニンの抗酸化作用により生殖細胞が保護(活性化)され、又ホルモンバランスも改善されるため、不妊症の治療に有効であるとの報告がある。但し、メラトニンには「性腺抑制作用」もあり、多く摂取すると月経を止める作用などもあり素人判断による安易な摂取は禁物である。メラトニンが増加すると性腺刺激ホルモンが抑制されて生殖腺の発達と機能を抑制し(性腺の退化)、逆にメラトニンが減少すると性腺刺激ホルモンが増加し、性腺刺激ホルモンの過剰分泌が思春期早発につながる。
このメラトニンを分泌する脳の機関が松果体(pineal body)である。松果体は脳に存在する小さな内分泌器であり、松果腺 (pineal gland) 、上生体 (epiphysis) とも呼ばれる。脳内の中央、2つの大脳半球の間に位置し、間脳の一部である2つの視床体が結合する溝にはさみ込まれている。松果体は、赤灰色でグリーンピース(ヒトで8mm)ほどの大きさである。上丘の上、視床髄条の下に位置し、左右の視床に挟まれている。松果体は視床後部の一部を構成する。松果体は脳の中央線上にあり、頭蓋骨をX線で撮影すると石灰化したものが写ることがある。
脳には通常、血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)と呼ばれる、血液と脳(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構がある。これは実質的に「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」=血液髄液関門 (blood-CSF barrier) でもあることになるのだが、松果体、脳下垂体、最後野などの脳室周囲器官には存在しない。したがって、これらの組織が分泌するホルモンなどの物質は全身に運ばれることになる。
松果体が内分泌器であることが分かったのは、比較的最近である。脳内の奥深くにあることから、哲学者は松果体には重要な機能があると考えていた。松果体の存在は神秘なものとされ、迷信や形而上的な理論がまといついた。
デカルトはこの世界には物質と精神という根本的に異なる二つの実体があるとし(現代の哲学者たちの間ではこうした考え方は実体二元論と呼ばれている)、その両者が松果体を通じて相互作用するとした。デカルトは松果体の研究に時間を費やし、そこを「魂のありか」と呼んだ。 松果体が人間の脳の中で左右に分かれていない唯一の器官であると信じていたためである。この観察は正確ではない。顕微鏡下では、松果体が2つの大脳半球に分かれているのが観察できる。松果体に関するほかの理論としては、流体を放出するバルブとして働いているというものがあった。手を頭に当てて思索を行うと、そのバルブを開くことができると考えられていた。
松果体は、ヨーガにおける6番目のチャクラ(アージュニャーまたは第3の目)、または7番目のチャクラ(サハスラーラ)と結び付けられることもある。松果体は眠っている器官であり、目覚めるとテレパシーが使えるようになると信じる人もいる。
ディスコーディアニズム(en:Discordianism)と松果体の関係は(よく分からないが)重要である。ディスコーディアニズムは、カリフォルニアのサイケデリック文化を基とするパロディ宗教で、教義はパラドックスに満ちている。ニューエイジ運動の初期の指導者であるアリス・ベイリー(en:Alice Bailey)のような作家は、精神的な世界観において「松果体の目」を重要な要素としている(アリス・ベイリーの『ホワイトマジック』を参照)。
「松果体の目」という観念は、フランスの作家ジョルジュ・バタイユの哲学でも重要なものである。批評家ドゥニ・オリエはla Prise de la Concordeの中で、バタイユは「松果体の目」の概念を西洋の合理性における盲点への参照として使っていると論じている。
バタイユは太陽肛門という概念で、松果体と肛門と太陽との関係を独特の切り口で組み立てている。
以下、「太陽の誘惑」と称されたブログからの引用
『太陽肛門』はまず、人間を動かす動力が、大陽の熱放射に源を持ち、この熱源は、人間のみならず、地球上の動植物の運動全体に浸透していることを述べる。人間のエネルギー活動――エコノミー――の発端を太陽に見るというこの主張は、自然科学上の知見と、彼がこの時期すでに民族学や人類学への関心を深めていて、そこから学んだもっとも古い信仰として太陽神信仰を合わせたところから来ている。それは最終的には『呪われた部分』で集成される彼の経済学の理論であって、『呪われた部分』を知っている者には特に驚くべきことでないとしても、このように早い時期からはっきりと主張されていることには驚かされるだろう。彼は冒頭で〈私は太陽である〉t.1-p.81と大文字で強調して書き付ける。彼は自分がこの堰止められることのないこのエネルギーを担うものであることを宣言する。これが彼の原理であり、出発点である。
目を引くのは、太陽エネルギーのこの流動が、標題の示すように、大陽から肛門へという奇矯と言うべき連想によって捉えられていることである。バタイユによれば、大陽が地球に注ぎかける熱源は、植物を生育させ、動物と人間の交接運動にエネルギーを供給し、海洋の干満を支配しながら、まだそれでも尽きることがなく、それは最後に過剰そのものとなって排泄される。それは地球にとっての火山活動である。そしてこの過剰は、人間においては、肛門からの排泄行為となる、というのだ。バタイユにはスカトロジーに対する関心が持続するが、それは原則的には、ここで明らかにされたような過剰なエネルギーの発現の様態としてである。大陽から火山を経て肛門へといたる熱の移動とイメージの変容について、彼は次のように言う。〈太陽の光冠は、十八歳のその肉体の汚れなき肛門であり、肛門とは夜であるけれども、太陽を除いてはそれと較べ得るほどに目を眩ませるものはない〉t.1-p.86。またこの火山はイエスヴィアス山Jesuveと名づけられるが、これはイエスJesusとヴェスヴィアス山Vesuveが組み合わされた造語であり*5、そこではすでに、宗教とは過剰なエネルギーの形態の一つであるとバタイユが考えていたことも見えているhttp://www.kt.rim.or.jp/~shimirin/y-yoshida/sun_i.html
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