夜と落し物 (2024.06.07)

朝、電車までの時間がなくて、家から全力疾走。毎朝反省して、その日の夜には忘れてしまう。早く寝ること、1回のアラームですぐに起きること。二年目なのに、部署の中では出社一番最後の座を誰にも譲らない。
耳元でカチャカチャとイヤリングが鳴っている。落としそうだなと一瞬思ったけど、会社で付け忘れそうだなと思って、放置。
ホームに入ってきた電車にそのまま飛び乗る。今日もギリギリセーフ。本当にやばいと思う日が何回かあっても、まだこうして間に合っているから、間に合ってしまうから、生活を改善する意志は自分の中に生まれてこない。

はっと耳を触る。左耳のイヤリングが、ない。

やらかした。とりあえず車内を見渡すが、それらしきものは落ちていない。何で、あのときやばいかなと思ったのに、外さなかったのか。「最悪……」小声で呟いて、Twitterを開く。普段あまり使わないアカウント。フォロワー0の鍵アカウントで、「イヤリング落とした最悪」と打ち込んで投稿。これを誰かに見られたい訳でもない。独り言の壁打ちアカウントは、いつの間にか日々の小さな愚痴の掃き溜め、下書きにすらならない言葉のゴミ箱になっていた。

以前、旅行で別の街にいたときにも、イヤリングを落としてしまったことがある。飲み屋から飲み屋への移動で落としたと気づいて、一緒にいた後輩に手伝ってもらいながら、夜の街を必死に探したが、結局見つけることはできなかった。
あまりアクセサリーにお金をかけないのだが、その時落としたのは3000円のイヤリングで、しかもまだ数回しか付けていないものだった。肩を落として、貴重な時間を私なんかのために使わせてしまったことを、後輩に何度も謝っていた。

今日落としたのは、確かスリーコインズで買った、300円のイヤリング。買ったのはかなり前で、安いし、きっと似たようなデザインのものを今も売っている。けれども長く身につけていて、かなり愛着があった。会社に着いても少し落ち込んでいて、落ちてないよなとシャツのポケットを何度も探した。もちろん、いつまで経っても空っぽのままだった。

それでも日中の仕事に追われていると、朝のショックもいつの間にか隅に追いやられていた。帰り道、「そういえばイヤリング落としたんだった」と気づいて、朝通った道をダメ元で辿った。

下を向いて、光るシルバーがないかと必死に目を凝らす。落ちているのはぺしゃんこの煙草の吸殻ばかり。あっと思ったら、飴の包装。ゴミが多いな。
ヘッドライトに照らされたアスファルトが、細かくキラキラと輝いた。普段こんなに下を注視して歩かない。見つからないイヤリング、無数に光る舗装道路。
何度か道を往復してみたが、ついに見つけることはできなかった。これは流石に反省した。痛い思いをしないと直らない。もう少し、余裕を持って出発しなければ。

夜の道だったから見逃してしまった可能性もあるけれど、私のイヤリングもきっとゴミ箱行きになってしまった。あーあ、疲れた、お腹空いた。とぼとぼ帰っていると、地面に見慣れない赤い光があって、白いスニーカーで反射的にそれを踏み潰していた。火がついた煙草の灰。こんなのを見つけたくて、下を向いて歩いていた訳じゃない。


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