当たり前じゃなくなるという、当たり前のこと。

今日、僕の住んでいるところはしばらくの間結構な強さで雨が降っていた。調べてみたわけではないから、もしかしたらどこも同じようなものだったのかもしれないけれど。

小さな子どもの頃は、強い雨に濡れることを何も思っていなかったような気がする。むしろ待ち侘びていたかのように降る雨を楽しんでいたようにすら思う。
でも、もうそんなことはできなくなってしまった。どうやったらあんまり濡れないかな、なんてことを考えながら歩くようになってしまった。用事がなければ家にいることを選んでいたかもしれない。

かつては難しいことなんてなくて、目の前で起こるいろいろなことに対して、頭で思ったことをそのまま体で実践していたのに、そんな僕の面影はどこにいってしまったのだろうか。呼びかけても返事はしてくれないみたいだ。
変に大人になってしまっている自分には少しだけ肩を落としたくなる。

気づいたら煙草の火はいつの間にか消えている。降っているのかそうじゃないのかわからないくらいの間隔でたまに落ちてくる雫が、どうやら火を消したみたいだ。灰色の空から見たら、道標みたいに見えたのかもしれない。

当たり前だったことがいつの間にかそんなことはなくなっている、なんてことはきっとよくある話なんだと思う。少しだけ寂しいことのように思うけれど、なくなったことに気づくことができているうちは良いほうなのかもとも思う。

もう少し何か書こうかとも思っていたのだけれど、もう火は消えてしまっているし、終わることにしよう。
また少し雨も降ってきたことだし、今は水の時間なのかもしれない。

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