喫煙所にて。

青く染まった空は寝静まって、黒の時間が始まる二十三時。仕事から帰る疲れたその足は、必定であったかのように歩を進める。……半ばルーティンと化した動作で煙草を一本取り出して、火をつける。一日は、いまここから始まる。

 自然によって生み出される光はすでに隠れているのに、僕が暮らす街はまだまだ寝る気はないらしい。人工的に作り照らされるライトは、変わらず光り続けている。

 喫煙所から途切れ途切れの大通りを眺める景色は、まるで映画だ。観客は僕一人で、主演もまた然り。中心にいるようで、弾かれている。この時間だけは、一日を……ひいては人生を無心で振り返ることができる。生きるということは、単純であり簡単ではない。しっかりと足を地面につけて立っている事実はあるのに、生きているという実感を得るのは難しい。

 煙は揺らぐ。火をつけられて、高いところへ昇ろうとする。けれど、少し風に吹かれるだけで揺らいでしまう。僕も同じだな、と耽る。何かに急かされるようにして生き方を模索する。辿り着けそうに見えて、簡単に曲る道。

 懸命に走って、走り抜いた先になにがあるのかはわからない。……何も残らないのかもしれないし、何かは残るかもしれない。煙草は燃える。風を送られ、その身を燃やし……尽きる。僅かな灰と、煙を残す。生きることの価値はここにあるような、そんな錯覚に身を任せる。

灰を落とす。



※こちらは、ずっと昔に書いてあった文章のうちの1つに加筆・修正を加えたものになります。

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