霧の切れ間を

近所だけど初めてのエリアは、遠出の欲求を満たしてくれる。

ほんとうはでもほんとうにどこか遠くへ行きたい。

カフェのダウンライトのもとで本を読んでいたら、あ、昔この光のもとでこうして本を読んだな、という異国で生活してた頃の時間を思い出した。

日本に長く居すぎたのかもしれないな、と思った。

そろそろ出るときなのかもしれないな。

こんなにもいろんなことが行き詰って、こんなにもいろんなことが痛い。転地療法もいいのかもしれないよ?

海の表層よりも下の方の潮流は「私は南に向かっている」と言った。海底の大陸の上を、音のない穏やかさで、南に向かって流れているのがわかった。

陸上のとは違う時計、違う暦のもとで暮らしたい。

竜宮城にたどり着きたいな。今年の初めに海の岩場に挟まってた小紋フグを助けたから、そのうちフグが竜宮城みたいなところに連れて行ってくれるかと、ちょっと期待してたけど、何も起きないままもうすぐ今年が終わる。

かわいいフグだった。背ビレとお腹のヒレを、ピラピラと動かして泳ぐ姿が愛らしかった。フグってこんなふうに泳ぐんだと知って、尊敬の念が湧いた。

わたしも泳ぐなら、フグみたく泳ぎたいな。

まわりから脅威に見えないような泳ぎ方。一見おぼつかないような泳ぎ方。

えらく堂々として弱いところがないような、そういう泳ぎ方はそもそもできないし、したくない。

忘れ去られるくらい小さくて目立たない、でもちゃんと威厳を持って生きている、小紋フグ。そういうふうにわたしもなりたい。

自分の心に反することをたくさんしてきた。そのたびに積もるうしろめたさ。

なんとなくまわりに合わせて、みんなにいい(ような気がする)ようにふるまって、少しだけ言いたいことも言ったりして、でも

ほんとうはもっと違うこと。

もっと違うことなんだ、と心が騒ぎだすと、長年苦労して築き上げてきた平穏を殺しにかかる。

そんなことに何の意味があるんですか、とばかりに、勢いよく扉をバタンと後ろ手で閉めて。

夜の海の真っ黒さに憩う。あかりひとつないほうがいい。

竜宮城は、どちらの方角ですか。

自分で泳ぎつけるだろうか。

とてもやさしい天女のみなさんがダンスしながら出迎えてくれるという場所。

わたしがどこの誰であろうと、やさしく接してもらえるってすてきだ。人の形をしてなくったっていい。

やさしさのエネルギーをまとった存在がいること。

今朝、布団の中で丸くなっていたとき、掛け布団がまるで鳥の翼のようになり、小さくなったわたしは、うずくまる鳥の翼と胴体の間に入れてもらって温めてもらってた。

やさしさのエネルギーの中で丸くなってた。

最近否定的な考えの嵐が頭の中を吹き荒れるさなかで「そんなに自分を嫌いかな?」という声が聞こえることが2,3度あった。

完全に否定的な考え一色になるのが常だったのが、そのさなかに一滴だけ、やさしさのエネルギーがあった。

どれだけ自分が血みどろになっていても、みんな何事もないように通り過ぎる、という夢を見ていたけど、最近見た夢では、信頼できる人の部屋に逃げ込むことができたり、そこでやさしく接してもらったりするシーンが最後にあったりして、革新的だった。

自分の中に、自分を守る存在が育ちつつあるんだろうかな。つまり、私は大人になりつつあるのかな。

自分の面倒を自分で見てあげられる人に、なりつつあるのかな。

どこへ行きたい?何をしたい?どんなふうに生きたい? 自分に訊いてあげる。今のこれ以外に選択肢はないから、という声がすぐするけど、それをいったん制してみる。

ほんとうに、心に、聞いてあげると、その瞬間、少し霧が晴れたようになった。頭の中?視界の中?の霧が一瞬とぎれて、正気に戻ったような感覚が来た。

ほんの一瞬。

すぐまた霧がかかる。もう一度、ほんとうに心に聞いてあげる。どこへ行きたい?何をしたい?どんなふうに生きたい?

するとまた霧が途切れる一瞬が訪れた。

はっきりした身体的サインが来るから、きっとこの問いは、正解の問いなんだろうな。

答はかえってこなくていい。問うてあげられていることそのものだけで今は十分みたい。

なんども聞いてあげよう。

どこへ行きたい?何をしたい?どんなふうに生きたい?

正気を取り戻したい。


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