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盲信

悪い癖だな、と思う。

高校生の頃からTwitterを始めて、もう大学生だ。炎上に巻き込まれそうになったり、逆に自分のテンションで炎上に加担しそうになったり、(その後きちんと反省して謝罪ツイートをした)リアルでも会いましょうと約束した人がほぼ百中百発(今のところ90%以上の確率)凶悪化したり、めちゃくちゃ信頼してた相互が実は私を洗脳・粘着しようとしてきていたり。いや草も生えんな、これ。もう今更慣れているので、Twitterで「リアルで会いましょう」と言う時は「この人が切れてもいいや」とか「この人切れて欲しくないぐらい仲良いけどもうこれで切れてしまったらもう何もない更地からやり直してもええやろ」のどちらかに配属されていることが多い。(うちの相互の話)

ていうか、私の思考多分極端なんよな。

善と悪、長所と短所。見ているものを単純化しすぎていて、非常に良くない。これから治していきたいと思ってて、なんとか頑張ってるけど今みたいな鬱モードの時はてんでだめ。どう考えりゃ良いのよ全く。

けれどその癖、どのアカウントでもTwitterの相互の人とはそれなりに楽しく関係を続けている、とは思う。いや、実際楽しいよ?楽しい。だが、いつかは離れていくんだろうなと漠然と思っているし、むしろ最悪の事態を考えていないと私の精神が持たん。インターネットのインスタント感って、割とそれが楽しさの一つ、気楽さの一部だ。うーーん、何が言いたいんだろうか、自分は。

だけど、なんか、なんなんだろうな。

昔、SCHOOL OF LOCK!のとーやま校長(当時)から言われた言葉が、やっぱり今も課題として私にのしかかっている。

他人に期待せず、自分に期待しろ。

その通りだと思うし、その為にどうすればいいのか思考訓練を重ねてきた。中高生の頃からしたら、ずいぶん丸い性格になったと思うし、人とまともに話せるようになってきた。相当数自分に矯正を課した。でも、何かが足りない。ほんと、私はなんなんだろうね。いやこんなところに書いたところで何がわかるんやという話になるけど、さ。

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