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ダンスミュージックxノイズミュージック

ここ数年、有難いことに様々なジャンルのカルトヒーロー達がカムバックして作品を発表してくれており、長く音楽を聴き続けていて良かったと思うことが多い。コロナ過になってからは特に増えており、状況的には手放しで喜べないが、素晴らしい未発表曲や復帰作に出会えている。

その中でも、超エクストリームなスピードコア界隈のカリスマであったドイツのNihil Fistが再び活動を再開してくれたのは本当に嬉しかった。
2019年にCathartic Noize Experienceから突如復帰作『Hate Is Back』を発表してシーンに帰還。翌年には同レーベルから『Inferno To Zero』、Independent Bloc 36からは1998年にリリースしていた『Audio Death』のレコード化、そして去年夏に最新作『Full Force Resistor』を発表。ドイツでライブ活動も再開している。

自分が最初に買ったNihil Fistの作品は2003年にSprengstoff Recordingsからリリースされた7"インチ『We Will Defy!』であった。強烈なジャケットと真っ赤なレコードから漂う尋常じゃない殺気。これをスピードコアと捉えていいのか、ノイズと捉えていいのか、とても困惑しつつもその凄まじい音の殺傷力に身悶えしていた。同年にPraxisからリリースされていた12"レコード『Think & Destroy』を購入し、Nihil Fistの虜となった。

デスメタルやグラインドコアを素材にハーシュノイズのブリータリティ、パワーエレクトロニクスの高揚感を組み合わせたNihil Fistの曲に一度でも魅了されれば、もう抜け出せなくなる。活動当初はHatecoreという言葉を使っており、同名のVHSもリリースしていたが、Hatecoreというネーミングは昔も今もNihil Fistの音楽を完全に言い表せていると思う。自分の中にある何かの衝動を行動に移してしまいそうになる、スイッチを押させるような音楽でもあった。

当時Nihil Fistに関する情報がまったく無く、一体どういった人物がこんな危険な音楽を作り出しているのか気になったのと、彼の作品から受けた感動を伝えたく、公開されていたNihil Fistのメールアドレスにメールを送った。数日後に返信が来て、温厚で紳士的な印象のある非常に丁寧なお返事を頂いた。そこから数年後、表立った活動は見られなくなり、2019年まで長い沈黙が続いた。
『Hate Is Back』発表以降、Nihil FistはBandcampを立ち上げ、過去のレアな音源のデジタル販売を開始。全てのシングルとアルバムがデジタルで入手可能となっている。

Nihil Fist ‎– We Will Defy!

Nihil Fist以前にオーストラリアのFraughmanはスピードコアとノイズを同列に扱ったレコードを残しており、同じくオーストラリアのBloody Fist Recordsにはインダストリアルやノイズミュージックの要素が反映されていた。FraughmanはEVIL HEATなどの別名義でインダストリアル・テイストの強い作品を今も発表しており、ノイズとスピードコアのミックスにおいては他のアーティストよりも純度が高かった。90年代から現在までノイズとスピードコアの融合は幾度となく行われているが、Nihil Fistの作品は特にずば抜けている。

Nihil Fistの音楽から得られる切り刻まれるような快感はWhitehouseにも近い。
思い返せば、自分にとって純粋なノイズミュージックとの最初の出会いがWhitehouseであった。1996年にリリースされたWhitehouseのライブアルバム『Tokyo Halogen』が最初に購入したWhitehouseの作品であったが、当時はまったく理解出来ず、未知の体験に怯え嫌悪してしまった。そこから数年後、デジタルハードコアを経由して再びノイズミュージックに関心を持つようになり、徐々にノイズミュージックに対して自分なりの楽しみ方や向き合い方が解っていった。
今ではWhitehouseは大好きな存在となっている。

Whitehouse – Tokyo Halogen

そして、近年ノイズミュージックとダンスミュージックの邂逅が様々な場所で進んでおり、クロスオーバーした展開が目立っている。
Lust VesselやInstruments Of Disciplineからのアルバムやコンセプチュアルなライブパフォーマンスでインダストリアル・ノイズからテクノ・シーンでも人気を集めるドイツのEspectra NegraはDJセットではフェティッシュなEBMやテクノをプレイし、ハード・テクノ/インダストリアル・テクノからハードコア・テクノ/インダストリアル・ハードコアを自由に行き来しながらリズミックノイズやインダストリアル・ノイズを巧みに操るフランスの14angerや、インダストリアル・ノイズとパワーエレクトロニクスにハードコア・テクノの融合を果たした狂暴な作品で衝撃を与えたカナダのE-Saggilaなど、まだまだ多くのアーティストがユニークで革新的な表現を突き進めている。

同時期にVatican Shadowの『Berghain 09』やConsumer Electronicsの『The Weight / Hostility Blues』が出ていたことによって、コアな部分でダンスミュージックとノイズミュージックの融合化が可能であるのを証明していたのも、現状を支える基盤となっていたかもしれない。
The Bugとのコラボレーション・アルバムを発表したDis Figの『PURGE』や、リズミックノイズやテクノイズ界の重鎮HypnoskullがSurgeonのリミックスを収録した編集盤『Ffwd>Burnout!』(元は1999年にリリースされたアルバム)をRepitch Recordingsから発表し、リズミックノイズの再評価に繋がったのも一つのターニングポイントであると思う。

インダストリアル・テクノやリズミックノイズ・シーンで活躍しているOntalのDarko Kolarは自主レーベルJezgroでより細部まで意識を向けたノイズミュージックの解釈によって、フラッシュコアと共鳴する動きを展開。Jan Robbe(UndaCova/Atomhead)のDiagnostic名義のアルバムや元CloaksのSUBMECHANICAL、そしてMerzbowの作品を発表。最新作はフラッシュコア・シーンからリスペクトを集めるKK NullとDot Productのスプリット・レコードであり、今作はレフトフィールドなテクノやハードコアのDJ達から絶賛されていた。
KK NullはDot Productのアルバムにリミキサーとしても参加しており、昔からリズミックノイズやテクノイズ的ともいえる高速ノイズの嵐でダンスミュージックとの親和性があった。

また、上記の動きより少し前の2010年代中頃のブレイクコアにはアンダーグラウンドでオールドスクールなサウンドに寄せる動きと前に進める動きとが並走し、ハーシュノイズを再び取り入れたブレイクコアの作品が産み落とされている。
ZombieflesheaterはGrindmaster Flesh名義で90'sブレイクコアを蘇らせ、Ambossはハードコア・ドラムンベースやインダストリアル・テクノを柔軟に取り込み、FFFはハーシュステップをアップデートさせていた。

KK NullやHypnoskullの音楽への新たな切り口、Espectra NegraやDis Figなどの台頭を見ると、2000年頭のIDMムーブメントを思い出す。
IDMとグリッチのムーブメントが残した功績の一つに、ノイズミュージックの再考を広めたのがある。IDMとグリッチを通して、現代音楽という視点からノイズミュージックがIDMやグリッチのファンにも受け入れられていき、人々の視点を変えさせ、受け皿を大きく広げさせた。

Tigerbeat6からのMAZK(秋田昌美 & Zbigniew Karkowski)『Untitled』やWARPからのMasami Akita & Russell Haswell『Satanstornade』も抜群のタイミングでのリリースとなり、Planet-MuはGuilty Connectorのシングル『Conspiracy Of The Mankind / Cosmic Conspiracy』とSpeedranchとJansky Noiseの合作『Mi^grate』を発表した。
そういった動きとはまったく別に、Mille PlateauxからリリースされたKouhei Matsunagaのアルバム『Upside Down』は日本を舞台にイルビエントとノイズミュージックが融合していく様が記録された名盤であったし、IDMとは無縁の場所でシーンやリスナーの意識を変えさせていったアーティストも勿論いる。

Cathartic Noize Experienceがマイペースに進化させ続けるスピードコアの可能性や、Synderesis Recordsから再発されている90年代のアンダーグラウンド・カルトクラシックも上記の作品群とシンクロする部分があり、これらのエクストリームな音楽は現在最も柔軟に受け入れられ状態であると思う。
そして、ダンスミュージックの中に混在する様々な「ノイズ」の要素が今後どうやって発展するのか、または切り離されていくのか、その動向に大きな注目が集まっている。









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