Amen Breakの呪縛
ブレイクコアを音楽的に定義する場合、そこに「アーメン・ブレイク(Amen Break)」の存在は外せなくなってきている。どんな音楽ジャンルにも、楽曲を構築する音の素材や手法/演奏方法の固定化はあるが、ブレイクコアとアーメン・ブレイクの関係性の深さ、または依存性の強さは珍しいと思える。
だが、アーメン・ブレイクを使わずにブレイクコアを音楽的にも表現しているアーティストは少なくない。常に反発を繰り返し、自身のスタイルを追求するアーティストにとって、アーメン・ブレイクを使わないという選択肢こそ、ブレイクコアの根本的概念に近いといえる。
アーメン・ブレイクを使わないブレイクコア・アーティストの代表格として、フランスのElectromecaは大きな存在だ。使っている素材だけではなく、BPMもグルーブもヒップホップ的であるが、ブレイクコアという音楽を的確に表現している。
Electromecaのロービットでファンキーなブレイクコア・スタイルの背景には、ダブのストロングなベースとデュレイ/リヴァーヴのサイケデリック感、スピードコアの高揚感などが影響しており、幅広い音楽の要素が溶け込んでいる。
活動歴に比べると発表された作品は少ないが、どの作品もElectromecaにしか作り出せない唯一無二の物ばかりである。
アイルランドのフェスで演奏した時、Neil Landstrummに会って、どのタイプの音楽を演奏するのか聞かれたんだ。説明しようと思って、言葉を探したんだけど、結局最終的には、ブレイクコアのファンキー系を演奏するって言ってた。それが僕の音楽を言い表すのに一番近い言葉だと思う。自分の音楽がPeace OffやDeath$uckerのレーベル的カテゴリーからはちょっと外れてるってことはわかってて、でも、これらのレーベルのマネージャーやライブのプロモーターが僕の音楽を支えてくれて、ブレイクコアのシーンに迎え入れてくれてることに感謝してる。
(Electromeca 『ブレイクコア・ガイドブック 下巻』)
そして、アメリカのDev/Nullはブレイクコア期において意図的にアーメン・ブレイクの使用を避けた曲作りを行っている。アーメン・ブレイク以外の様々なブレイクビーツ、グラインドコアなどのバンドの音源を細かく切り刻んだビートを尋常ではないスピードで打ち鳴らした超カオティックな曲は、ブレイクコアの反骨精神をそのまま映し出していた。
僕にとって、本当にクレイジーで強烈な「情報過多」の音楽を作り出す要素というのは、音楽のスピードだけではなくて、サウンドのバリエーションもあるんだ。僕の最初期の楽曲は(ネット上のどこにも残ってないことを祈りたい)ノンストップのめっちゃ細かく刻まれたアーメンで、c8のリストにひとつ投稿したことがあって(映画『ピノキオ√ 964』のアーメンリミックス)、誰かが退屈でありふれたものだってコメントしたんだ。
その後、僕は本当にクレイジーなサウンドにするため、楽曲全体を通して単一のブレイクビーツにはしないと決めたんだ。たとえ常にリズムが変わっていても、ドラムのトーンも変えなきゃってね!それに加えて、リズムの反復性を少なくするために、アーメンだけじゃなく異なるブレイクを使うようにしたんだ。
それと、他の多くの人々がやってることとか、彼らが「クール」だと考えていることは、やりたくないという態度を常に持つようにしていた。Christoph De Babalonの言葉を引用すると、「もし人がそれに夢中になったら、僕はそれから離れるよ」。多くの人々が無数のアーメンだけの曲を作ってるから、僕はそれに対抗したんだ。僕は多分、当時のノンストップ・アーメンについてちょっと反抗的で、不満を口にしていて、他のブレイクを使うべきだって主張してたんだ。だけど明らかに僕はアーメンを愛していて、それを取り入れている多くのジャングルをプレイしたよ。現在でさえも、オールドスクールなジャングルのセットをプレイするとき、僕はアーメンのトラックと、アーメンじゃないトラックを注意深くミックスするんだ。もっと多くの楽曲で聴けたらいいのになと思う、アーメンよりクールで、使われていないブレイクビーツがたくさんあるんだ。
(Dev/Null 『ブレイクコア・ガイドブック 上巻』)
ElectromecaやDev/Nullに少なからず影響を与えたと思しきアーティストがドイツのNoize Creatorである。テックステップ/ドラムンベースやIDMをインダストリアルとハードコアとミックスさせたノイジーでリズミカルなブレイクコアには、国内外の多くのアーティスト達が影響を受けたと公言している。
エクスペリメンタルな方向では、XanopticonやTerminal 11のスタイルが象徴的だろう。彼等も一部の曲ではアーメン・ブレイクを使用しているが、基本的にはエレクトロニックなビートを多用している。
2000年代前半から中頃にはIDMやグリッチ・シーンにブレイクコアと共鳴する尖ったアーティストやレーベルが多く存在していたのもあり、Peace OffはMutant Sniperというサブレーベルでその方向性を追求しようとしていた。
カットアップ文脈でも、Venetian SnaresやMochipet、Jason Forrest(Donna Summer)、Electric Kettleといったアーティストがディスコ、ジャズ、レゲエ、ロックなどを素材に継ぎ接ぎの歪なグルーブとサウンドを奏でており、アーメン・ブレイク以外の素材が多用されている。
2000年代中頃になるとIDM/グリッチとブレイクコアの融合に加えて、グラインドコアとも接近。当初はグリッチホップをメインにクリエイトしていたアメリカのEustachianはブレイクコアにグラインドコアを取り入れた衝撃作を次々と連発。アーメン・ブレイクを殆ど使わずに、ドラムマシーン的なビートやガバキックをメインとしたバンド的な構成による楽曲は、ブレイクコアとグラインドコア双方のファンを射止める。
EustachianはIDM/グリッチのルーツを活かしたサウンドデザインをグラインドコアと合体させた前人未踏のエクストリーム・ミュージックを完成させ、ブレイクコアをアップデートさせた。
Eutachianと同時期に、フランスからはMulk、オランダのBong-Raと日本のMaruosaのユニットDeathstormも登場し、サイバーグラインドとも違った新しい何かを生み出していた。
そして、現在。ベルギーのMathlovskyやイギリスのShitwife/Petbrick、アメリカのMachine Girlなどがライブではドラムによるビートを主体に、人力ブレイクコア的な方向を広げている。
ブレイクコア=アーメン・ブレイクというイメージが定着しているが、それに対して反発をしているアーティストは今もおり、それら少数派が今後どういった道を切り開いていくのか、一ファンとして楽しみにしたい。こうやって振り返ると、アーメン・ブレイクの魅力は深く、ときに重すぎる程であるのを実感する。
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