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Twisted Steppersの裏側①

Murder Channelから2月4日にリリースするコンピレーション『Twisted Steppers』の発表に合わせて、今作が生まれるまでの背景についての記録を残すべく、個人的な見解を交えた記事の置き場所としてnoteを始めることにした。以前からGHz Blog/Murder Channelで公開するのに少し抵抗のあった記事などもあり、そういった寝かせていた記事も今後はここで活用出来ればと考えている。

『Twisted Steppers』については、色々と書き残しておきたい事があった。
今作は2013年に制作を始めて2014年に一旦完成していたのだが、諸事情によってお蔵入りとなり、この度やっとデジタル・フォーマットとして発表出来るようになった。収録曲は一番古いので2011年か2012年のものがあり、それ以外は2013年に作られたものが大半であったはずだ。作られた時期は古いが、収録曲の全てが高いクオリティとオリジナリティがあるので、今聴いてもまったく古さを感じさせないし、ここ数年のトレンドとも合致している部分もあってタイムリーでもある。ENA君のマスタリングのお陰もあって2021年にリリースされた曲と並べて聴いても音の鳴りも違和感が無いだろう。

『Twisted Steppers』のテーマは「ディストーション・ベース」というスタイルをパッケージングする事と、2013年にアルバムをリリースしたDevilmanのメンバーとその周辺アーティストにフォーカスし、彼等を日本に紹介する事を前提として作っていた。ディストーション・ベースというのは完全に僕等の身内言葉で、2000年代後半にイギリスの3BY3というレーベルがダブステップとインダストリアル/ノイズを融合させたアナログ感のある歪んだ楽曲に由来しており、彼等を中心に派生していった俗語という認識である。実際にディストーション・ベースのムーブメントがあったかと言えば、ほとんど無かったと思う。完全に身内でのみ流行っていたのだが、ヨーロッパの一部では確実にこういった手法のサウンドがアンダーグラウンド・シーンで注目されていた時期があった。

今回から『Twisted Steppers』が生まれる背景について、寄り道をしながら当時のディストーション・ムーブメントとレフトフィールドなベースミュージックについてまとめてみる。


ディストーション・ベース以前

ディストーション・ベースを形成する要素はインダストリアル、ノイズ、ダブステップ/ダブが欠かせず、特にダブステップのスタイルとメンタリティが当初は軸となっていた。
元々、ダブステップ創世記から他ジャンルの要素を持ち込んだ異色なダブステップは存在しており、ダブステップ(後にベースミュージックというカテゴリーに集約される近辺ジャンルも含め)にはインダストリアルやノイズとの親和性が非常に強い。今作にも参加してくれている100madoさんはBusRatchとしてノイズミュージックを制作されており、Back To ChillのGoth-Tradもノイズのアルバム制作やライブパフォーマンスも行っている。サイケアウツGの大橋アキラ氏は80年代に「殺倶」としてノイズ・ミュージックを制作され、「殺倶」にはクレイジーSKB氏や山塚EYE氏も一時期メンバーとして参加されていた。

海外では、初期ダブステップ・シーンで活躍し、Planet-MuやSubtextからクラシックを残しているVex’dはMerzbowからの影響を公言しており、その結果、グライム~ダブステップ~UKガラージ~ジャングルにノイズをミックスさせたレフトフィールドなベースミュージックの傑作『Degenerate』を完成させた。『Degenerate』以降も、彼等はさらにノイズやドローンの要素を多く取り込んでいき、現在に続くダークでエクスペリメンタルなベースミュージックの土台を作り上げた。Vex'dについては次回また詳しく触れていく。


「このアルバム(『Degenerate』)は実験的な意図で作った。リリースされてない初期のVex'dは、ノイズ要素は少なかった。でも、当時のロンドンのダンス系クラブがあまりにつまらなかったから、2004年頃はノイズ。メタルバーやクラブに2人で通ってたから、メタルノイズの影響を受けたんだ。その頃、Planet-Muと契約した。Planet-Muのことは知らなかったけど、僕等をクレイジーな世界に導いてくれた。以前は知らなかった、ノイジーエレクトリックミュージックとか、その面白さとか。
あと、『Degenerate』を作ってた当時、僕はちょうど短期間のサウンドデザイン学校を修了したばかりだったんだけど、学校の生徒からMerzbowとかのすごいノイズものも教えて貰った。だから、ちょうどインスパイヤされたばかりのノイズ要素を取り入れて、純粋なUK Raveアルバムを作るのが面白いだろうってことになった。みんなは僕等をゴスでノイズな連中だと思っているけど、実際は僕等はそういう音楽のことを全然知らなかったんだ。今思い出しても、面白いな…。だけど、今や、ゴスノイズが僕等の定義だもんね。(Jamie Teasdale/Vex'd/Kuedo)」

3BY3の功績
このように、ダブステップとノイズ/インダストリアルをミックスするスタイルの下地は2000年後半には出来上がっていたが、3BY3の登場によってさらに過激で実験的なベースミュージックのスタイルが生まれ始める。
3BY3のオーナーでもあったユニット「Cloaks」はJah Shakaにインスピレーションを受けていると発言していたのもあって、レゲエ/ダブの凶暴性とイギリスの土地に根深く残っているインダストリアルな質感を組み合わせ、それをダブステップのフォーマットに反映させていた。Cloaksは2007年にActressのレーベルであるWerk Discsから『Hi Tek EP』というデビュー作の12"レコードをリリースしており、この頃はVex'dやCombat Recordings、Hekate周辺からの影響も感じられるブレイクス要素のあるノイジーなダブステップであったが、アナログ感のある突き刺さる様な鋭くて表現力豊かなノイズは既に完成されている。そして、2009年に3BY3からリリースした1stアルバム『Versus Grain』で彼等独自の歪みの美学を開拓した。

2010年に3BY3からデビューしたDead Faderは、元々John Cohen名義でエレクトロニカやブレインダンスといった伝統的なイギリスのメロディアスな電子音楽を制作していたが、ある時を境にディストーション・サウンドにフォーカスしていき、ディストーション・ヒップホップまたはインダストリアル・ファンクと称されるスタイルに変化。2010年にリリースされたDead Faderの1stアルバム『Corrupt My Examiner』はCloaksよりもダンサブルなグルーブがあり、最初に聴いた時はノイズで歪ませまくったDJ Shadowみたいだと思った。Cloaksよりも表面的な攻撃性も浮き出ていて、メタルやハードコアといった音楽にも近いと感じた。Dead FaderはCloaksとは違ったディストーション・サウンドを展開し、3BY3の方向性を広げ、新たなリスナーを獲得出来たと思う。
ノイズやインダストリアル成分のあるダンスミュージック(リズミックノイズやインダストリアル・テクノなど)には、ゴシックなビジュアルイメージやそれらの様式美を受け継いでいる事もあると思われるが、そういった部分が当時の3BY3の作品からは感じられないのも、重要なポイントであった。CloaksとDead FaderからはWordSoundやDef Jux(Definitive Jux)、DHRやAmbushに通じる歪んだヒップホップとダブの美学がダブステップと出会いアップデートされた印象を受け、まさに自分の聴きたい音楽そのものであった。


「これといって音楽性には関係ないんだけど、Dead Faderは、『ミキサーのフェィダーが壊れてる』って意味。Dead Faderの最初の曲は「Bitchface」 って曲だった。その曲以前は、ノイズやダンスミュージックを作ったりしてた。でもある日、良さげなダブステップをでっかいシステムで聴いてたら、それをもうちょっとノイジーにして荒らしてみたいと思った。背景はエレクトロニックだけども、今まで聴いたやつよりも、敢えてもっと重たい音で作りたかった。(Dead Fader)」


そして、2011年頃に3BY3がプロモーションで制作したミックスCD(限定30枚前後の超少ロット)を運よく入手する事に成功し、そこでOyaarssと出会う。当時Oyaarssは3BY3のディストーション・ベースと同じビジョンを持っていたが、リズミックノイズ寄りであり、ブラックメタルやスラッジコア、ダークアンビエント的な要素も持ち込んでいた。後に、OyaarssはAd Noiseamを拠点に3枚のアルバムをリリースし、バンド編成でのライブ・パフォーマンスも始め、ポスト・メタル的な要素も増していった。
Cloaksもアイルランドのポスト・ブラックメタル・バンド「Altar Of Plagues」のリミックスを制作し、3BY3はJustin K Broadrick(Godflesh)のJK Flesh名義のアルバムもリリースするなど、ポスト・メタル的なシーンとの繋がりも見出していた。余談だが、Cloaksは未発表ながらもBen Frostのリミックスも制作しており、Cloaksのリミックス・アルバム『Versions Grain』にはAncient Methodsが参加するなど、その後に巻き起こるインダストリアル・テクノも先取りしていた。

3BY3への注目が高まる最中、特にDead FaderはClark(Warp)やAaron Turner(Isis)からも絶賛され、様々なジャンルのリスナーからも支持され始める。Tigerbeat6からリリースした『Luckeeey EP』も高い評価を受け、Bo NingenやKing Cannibalなどへのリミックス提供も行っていた。初期Dead FaderのメンバーであったBarry PrendergastもNGRRR名義で活動をスタートさせ、Necro Deathmort、K(no o)、DJ Scotch Bonnet、C_Cといった類似性のあるアーティスト達が集い、ディストーション・ベースのリリースも増えていた。

「かなりの人が、これを言うと驚くけどトラックは全部デジタル。Reasonっていうソフトで制作してる。俺は、皆みたいにクールなソフトを使ってないし、自分自身でReasonだけを使うことを制限してる。大多数のノイズミュージシャンはデジタル技術を使うのに抵抗を感じてるらしいけど、そんなの馬鹿げてると思うんだ。何を使ったって自由だろ。(Dead Fader)」


そして、その流れに合流したのがイギリスで活動していたDevilmanの二人。彼等は元々90年代のメタルやミクスチャーを聴いていた世代でもあり、ノイズミュージックとダブにも精通していたのでディストーション・ベースとは切り離せない関係でもあったと思われる。Devilmanは3BY3からアルバムを出す予定であったが、紆余曲折あってShigeru Ishihara(DJ Scotch Egg)のレーベルであるSmall But HardとMurder Channelとの共同でアルバムをリリースする事になった。
同時期、日本でも『Twisted Steppers』に参加してくれているDrastik Adhesive Forceはノイズミュージシャンの黒電話666とのユニット「tesco sucide」としても作品をリリースしており、国内でもベースミュージックとノイズミュージックのクロスオーバーな展開が進んでいた。

「当時シゲ君が住んでたブライトンの家にPCとアナログデスク持って行ってジャムして遊んでて。それが始まりですね。シゲ君が5弦ベースとMARKBASSのサブがかなり出るベーアンを持っていて。そこで俺がベースの上にビート作ってダブしたりして、爆音で2時間位セッションして。それを録音したものを聴き返して、良い所を切り出したりしていく形で曲を作ってたかな。基礎はセッションで作っていってました。
あの時はCloaksをよくシゲ君と聴いてて。これは凄いね、匠の歪みだわって(笑)。そういうディストーションにはまってましたね。後Dead Faderのジョンの影響も大きい。そん時彼もブライトン住んでたし。
DOKKEBI Qでもデジタルディストーションは使っていたけど、どっちかっつうとミックスダウン的な馴染ませ用途の使い方だったんです。Dead FaderやCloaksを聴いて、こういう使い方すげーいいなーって。ぶっかけてる感じ?何か忘れてたものを思い出した感じで(笑)。ビートとかベースを全部ディストーションに突っ込むと、入ってくる音のインタラクションで他の音が自動的に変化するから、面白いですよ。あとは、スラッジやドゥームも好きでした。ブライトンにはそういうバンドが結構いて、Drum SyesのギターがやっていたSloathってバンドとか。そういう空気感の影響もあったと思います。(Ghengis a.k.a. Gorgonn)」

3BY3はメディアや同業者達からも正当な評価を受けていたが、必要以上なプロモーションをしない硬派な姿勢は魅力的な反面、大きく展開する事が無かったのが悔やまれる。2012年以降3BY3は止まってしまい、Cloaksとしての活動も行われていない。そして、ベースミュージック・シーンは徐々にマイルドな方向に加速していた為、彼等の功績を知る人は少ないかもしれない。だが、確実に3BY3の影響を受けたアーティストやレーベルは存在する。『Twisted Steppers』も3BY3が無ければ生まれなかっただろうし、現行のレフトフィールドなベースミュージックも今とは違った形となっていたはずだ。CloaksのメンバーはSubmechanical名義で素晴らしい歪みのある作品を作り続けているので、是非チェックして欲しい。

引用元


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