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B'z『LOOSE』B'z最高のオリジナルアルバムはこれでしょう

B'z最高のオリジナルアルバムはどれか


今ではもはや信じられないような話だが、1990年代はCDが一番売れた時代で、街中にはCDショップが立ち並び、とにかく猫も杓子もCDを買いまくっていた(シングル・アルバムを合算した総売上額は1992年がピーク)。

B'zのオリジナルアルバム最高売り上げもこの頃で、1995年リリースの『LOOSE』が300万枚(オリコン調べ)を達成している。

なお、B'zの最高売り上げを記録したタイトルはもちろん『B'z The Best "Pleasure"』で、513.6万枚。これは当時歴代1位、現在でも2位の記録である(『B'z The Best "Treasure"』は443.9万枚)。

*音楽業界全体でのCDアルバムの売上はこのころ頂点に達しており、globe『globe』(1996年)が413.6万枚、GLAYのベストアルバム『REVIEW~BEST OF GLAY』(1997)が487.6万枚と記録を更新し、B'zへと続く。
このあと宇多田ヒカルがオリジナルアルバム『First Love』(1999年)で765.0万枚という不朽の記録を打ち立て、浜崎あゆみ『A BEST』(2001年)が447.2万枚をセールス。これ以後CDの売り上げ枚数は減少の一途をたどっていく。

さて、B'zのオリジナルアルバムで、どれがベストかということについてはファンの間でもほぼ意見が分かれないのではないかと思う。

『RUN』、『LOOSE』、『Survive』。

90年代にリリースされたこの3枚が候補と言えよう。中でも、アルバムとしての完成度の高さを考えたときには『LOOSE』に軍配が上がる。

『RUN』(1992年)はB'zが明確にハードロック路線に舵を切って初めてのアルバム。シングル曲は意外にも「ZERO」のみだが、「NATIVE DANCE」「RUN」とのちにLIVE-GYMで定番となる名曲を収録している。
だが、今聴いてみると平成初期の空気感がこびり付き過ぎている気がしないでもない。1992年はのちにバブル崩壊の年と言われることになるが、やはりここには、バブル的価値観の残滓がある。

『SURVIVE』(1997年)もさらにハードロック色を強めた名アルバムだが、全体的に暗く曲調もダークな感がありベストとしては推しにくい。
B'zのハード、メタルへの希求は『Brotherhood』(1999)、『ELEVEN』(2000)でその頂点を極めることになるが、すでに『SURVIVE』のハードさは、J-POPの売れ筋からは外れていっていたように思う。

1997年12月26日放送のミュージックステーションスーパーライブの出演時、「calling」のクライマックスで稲葉が明らかにテレビサイズではないシャウトを連発して次に控えていたGLAYとタモリをドン引きさせたシーンが、そのことを象徴する出来事だった。

というわけで、個人的な判断ながら、B'z最高のオリジナルアルバムは『LOOSE』とさせていただく。

その判断には根拠がある。

他の二枚のアルバムについても言えることだが、『LOOSE』には、いわゆる「捨て曲」がない。

全てにおいて全力を注いで制作しているのだから、「捨て曲」という呼称はほんらいアーティストに対して失礼である。しかしリスナーにとっては、アルバムを流していてスキップたくなる「捨て曲」は確かに存在する。

そもそも「捨て曲」のないフルアルバムを制作する事自体がアーティストにとっては至難の業なはずなので、それが達成できるとしたらそれは奇跡としか言いようがない。

『LOOSE』には3つのシングル曲が収録されているが、アルバム曲もこれらのメジャーシングルに負けず劣らずのクオリティを保っている。
ファン目線になるけれど、「『LOOSE』ってあの「LOVE PHANTOM」が入ってるアルバムだよね?」という会話にはならないのである。

そして『LOOSE』のジャケットは、文句なくB'z最高の出来。

真っ新なホワイトバックに、松本孝弘と稲葉浩志。二人のメンバーが大写しになったこれ以上ないシンプルな構図。

90年に結成した音楽集団「B+U+M」を解体し、「B'zはふたり」という原点に立ち戻って制作されたこのアルバム。

「ねがい」「love me, l love you」「LOVE PHANTOM」とB'zのシングルでも屈指の名曲を取り揃え、さらにアルバム曲にも隙がない。

そして後半に入っていくにしたがってアメリカの片田舎を想起させるような楽曲が散りばめられていく。
90年代までのB'zのシングル曲の放つ香りは、その都会性に真髄があったのだが、この頃からB'zの楽曲はアコースティックな響きを生かしつつ、アメリカンな乾いた爽快さを感じさせるものが多くなっていく。

そのようなアコースティックな音作りが結実したのが「今夜月の見える丘に」(2000年)であるし、2000年代に突入するとB'zの音は松本・稲葉の追い求めるハードロックの分厚さが増していき、他の追随を許さない豊かな音像を形作っていくようになる。

アルバムタイトルになっている「LOOSE」とは、「解き放たれた/自由な」という意味を持つ。
『LOOSE』は、B'zがJ-POPのヒットチャートのメインストリームから飛躍を遂げ、孤高の存在のアーティストへと変貌するまでまでの過渡期にあって、通俗性と松本・稲葉のもつロックのコアな部分とが見事に昇華された作品だと言うことが出来るだろう。

『LOOSE』各曲解説


1.spirit loose


松本のエレキギターと稲葉のシャウトのみで構成されたオープニング。

「B'zはふたり」

そのことを確認し、リスナーに高らかに主張するような力強さがあるシンプルなトラック。そして間髪を置かず、次曲「ザ・ルーズ」になだれ込む。

2.ザ・ルーズ


「ルース」ではなく「ルーズ」。
大学時代アルバイトで家庭教師をやっていた稲葉の経験が反映された歌詞が聴きどころだが、よくよく聴き直してみると迫力あるブラスセクションに加えて明石昌夫のベースが輝いている。

みな就職活動そわそわはじめ僕はいまだに家庭教師
かわいい娘(コ)ひとり いかついヤツ1
問題のある態度こらえてレッスン

「ザ・ルーズ」

FIREBALL」(1997年)のジャケットで「No synthesizer & No computer used」(全部生音)と銘打ったように、これ以後B'zのサウンドからシンセサイザーやホーンセクションの響きは減少していくことになるが、「ザ・ルーズ」ではハードロックの根源的なバンドサウンドとブラスセクションとが絶妙なバランスで融合している。
是非とも音量のツマミをグッと上げて聴いてほしい一曲。

3.ねがい("BUZZ!!" STYLE)


16thシングル。
本作に収録されているバージョンは、シングル盤とは違い「LIVE-GYM 95 "BUZZ"」で披露されたものがもとになっている。
松本としては珍しくストラトキャスターによるカッティングのリフが特徴的。

「"BUZZ"」での「LOVE PHANTOM」終わりのダイブは衝撃的で、ビデオに吹き込まれた観客の甲高い悲鳴は真に迫るものがある。
あのダイブの後に稲葉がマラカスを振りながらせり上がってくる曲は「ねがい」でしかありえない。

4.夢見が丘


冒頭に放たれる「大地」という言葉と壮大なスケール感は、前作『The 7th Blues』収録の「Queen of Madrid」や「赤い河」と接続している。

純粋になればなってゆくほど
君を奪いたくなる
嘘のない言葉は誰かを深く
永遠に傷つけてゆくの

「夢見が丘」

忖度をせずに放った嘘のない言葉は、誰かを確かに傷つける。ただ、真実を映し出す言葉の価値を誰よりもわかっているのはこの歌い手のはずだ。
この歌詞からは、そんな二面性さえ伝わってくる。

5.BAD COMMUNICATION (000-18)


「000-18」とは、松本孝弘の所有するマーティン・ギターのシリアルナンバー。1989年にミニアルバムで発表されたB'zの初期の代表曲「BAD COMMUNICATION」のリメイクとなる。
アコースティックギターの激しいパワーコードのリフが、ディスコ調のアレンジだった原曲に込められた激しさを引き出している。このリフを原型にして、以降のLIVE-GYMでの「BAD COMMUNICATION」が形づくられることになった。それが最も顕著なのは、「LIVE GYM'99 "Brotherhood"」で披露されたバージョンだろうか。

6.消えない虹


ファンの間で人気の高い楽曲で、バラードベスト『The Ballads 〜Love & B'z〜』、二度目のベスト盤『B'z The Best "ULTRA Treasure"』にも収録された。

雨がやんだら風が君の髪を乾かすだろう
静かに動く空はどんな色で その瞳に今映ってるの

「消えない虹」

情感豊かなピアノを弾いているのは長らくB'zのレコーディングを支えたDIMENSIONの小野塚晃。2000年リリースの「今夜月の見える丘に」で大いに活躍した小野塚は、ここでも安定感のあるプレイで楽曲を引き立てている。


7.love me, l love you (with G Bass)


17thシングル。シングル盤では打ち込みだったベースが、明石昌夫によるものに差し替えられている。“G”とは「Golden Hair」の意であり、もちろん「Great」の意味でもあり、明石への敬意が込められている。

ノリのいい三連シャッフルビートで、演奏の難度の高い曲だが、LIVE-GYMで披露されると間違いなく盛り上がる人気曲である。

札幌の市街地で撮影されたPVは出色の出来。
ネクタイを締めたスーツ姿の稲葉は街を練り歩き、松本はキャバレーのステージ上でダンサーたちに囲まれながらギター・ソロを奏でる。
B'zは未だにフルバージョンのPVを動画共有サービスで公開するに至っていないが、この曲だけは誰の目にも触れられるようにしてほしいものだ。

ススキノのど真ん中にある「元祖さっぽろラーメン横丁」。深夜まで営業している店舗が多く、雰囲気も素敵です。


8.LOVE PHANTOM


18thシングル。
テレビ朝日系で放送された海外ドラマ『Xーファイル』のテーマソングとして起用されたこともあり、B'zの中でも一、二を争う有名曲となった。
壮大なストリングスによる1分40秒を超えるイントロでおなじみ。
大ヒットしたベストアルバム『B'z The Best "Pleasure"』の一曲目だったことから、多くの人の耳に焼き付いているだろう。

ところで本作には3曲のシングル曲が収録されたが、この期間からは「MOTEL」のみ未収録。
アルバムの世界観を考えれば「MOTEL」こそ相応しい感じもするが、それを補うようにバラード曲は充実している。

アルバムの中腹にある強力なシングル曲ふたつ、「love me, l love you」と「LOVE PHANTOM」が『LOOSE』全体の構成を引締めていると言えなくもない。

9.敵がいなけりゃ


マーチングバンド調のスネアドラムの連打から始まる。
歌詞の内容は、「銀の翼で翔べ」(『Brotherhood』)や「ケムリの世界」(『MONSTER』)へとつながる社会風刺が主題となっている。

敵がいなけりゃ手もふるえる
他人(ひと)のふしあわせも探してる
どんな奴でもとりあえず叩く
あのコもきっとソコにまいってるはず

「敵がいなけりゃ」

風刺の対象は政治家や芸能人のスキャンダルを暴きたてるマスコミだが、「敵がやってられない」というワードは、そんな状況がだれにとっても共通なのだということをこの曲は気付かせてくれる。


10.砂の花びら


砂で出来た花びらをモチーフに、ままならない感情が表現されている。

冷たく優しく 振り回しといて
どういうつもり
何時になったら ご褒美をくれるの

いでよ 光る砂の花びら yeah,
咲いてみせておくれ baby,
いじくればこなごなに 崩れ落ちてゆくよ

「砂の花びら」

触れればもろく崩れてしまう砂の花びらは、砂漠地帯で稀に見られる結晶、砂漠の薔薇(デザート・ローズ)をモチーフにしていると思われるが、儚く零れ落ちる砂のイメージは、その後「RING」(2001年)でも歌われている。

11.キレイな愛じゃなくても


きわめてシンプルな編成によるバラードナンバー。

激しい恋で手に入るのは
日持ちの悪いミルクなの
相手を全部欲しがることは
パーフェクトな愛じゃないって
本には書いてる

「キレイな愛じゃなくても」

クライマックスで提示される「キレイな愛は綺麗なの?」というアホみたいなトートロジーが、なぜか胸に沁みる。
そう、人は本当に愛に彷徨ったときこういう物言いをするものなんだ。
取り上げられることは少ないが、作詞家稲葉浩志のベストフレーズのひとつ。

12.BIG


アコースティックギターのイントロから始まる、シンプルなセットのナンバー。
大ヒットしたライブビデオ「LIVE-GYM 95 "BUZZ"」の幕間、稲葉がリハーサル会場から出て青々とした芝生に寝転ぶシーンに流れていた。

人の好いマスターとママが営む酒場に集う人々を描き、安い金で毎夜歌い、付き合っていた尻軽な女には裏切られる情けない境遇を嘆く。
「明日の俺は今日よりもビッグ絶対にビッグ」というポジティブな歌詞に励まされる。ストーリー性のある歌詞は、稲葉の得意とするところである。

2023年のPleasureツアーのBARコーナーで披露されたことに胸を熱くしたファンは多かっただろう。

13.drive to MY WORLD


アルバムの終幕を飾るナンバー。
稲葉はこの曲が本アルバムでいちばんのお気に入りだという。

ドライヴしよう知らない世界へ
道路地図なんかは見ないで
家(うち)へと曲がる角を反対に曲がったらいいよ
夕暮れのセブンイレブンから
神社をすぎ深い森まで
気持ちの続く限り oh, さみしくない
道も続く

「drive to MY WORLD」

J-POPのスタイルにあって固有名詞を埋め込むことは、かなりの冒険となる。

「夕暮れのセブンイレブンから神社をすぎ深い森まで」

という歌詞は並みの人間からは出て来ない。
『LOOSE』のサウンドやアルバムに付属したブックレットのアートワークはアメリカを想起させるが、B'zの楽曲はしっかりと日本の地に根付いていたものであることを、このフレーズが証明している。
そういえばB'zは2017年、「champ」でセブンイレブンとタイアップした。担当者はこの曲の存在を意識していたのだろうか…?

14.spirit loose II(Secret Track)


いわゆる「隠しトラック」扱いで、ギターとハンドクラップのみで構成される1. のリプライズ。
残念ながら現在の音楽配信サービスではカットされてしまっているようだ。

おわりにかえて


これまで22枚リリースされているB'zのオリジナルアルバムの中で、『LOOSE』がベストだと断じるのは、B'zファンとしてもかなりの思い切りが要る。

でもそのことを覚悟で、今回のレビューを書いてみた。

ストリーミングサービスが普及し、アーティストの作品をアルバム単位で聴く機会は減っていると思う。とくにJ-POPであればなおさらだろう。

しかし、アーティストはその全てを賭けて、アルバムという作品を創っている。
それを正面から受け止めるため、自分の中の最高のアルバムとして『LOOSE』を選んだ。

本項でも「捨て曲」というワードを使ったときにも書いたが、アーティストは常に全力で作品に取り組んでいるのだから、音楽リスナーとしてもそれを全力で受け止めなければならないだろう。
アーティストをチェックするのに、どうしてもベストアルバムを聴いただけで満足していることが多いのだけど、もっともっとオリジナルアルバムを聴き込まないといけないな、探し出していかなければならないな、と思う。


◆松本孝弘『Rock'n Roll Standard Club』の記事はこちらからどうぞ


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