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今年の夏の味(Day1)

夏休みが今日で終わる。寂しさと満足感と明日が始まる憂鬱が一緒くたに交わり合い、夕方に溶けていく。

今年の夏はいつもと一味違う夏だったように思う。
あらゆる景色、会話、味、匂い、音、感情がチカチカと巡り、その波にゆったりと乗っている気分だった。そういったたくさんの要素に包まれた8日間だったからなのか、体感時間は実際のそれよりも長く感じる。

私の夏休みは、新神戸駅の新幹線ホームで流れるメロディから始まった。聞き慣れないそのメロディを耳にしながら、ああ、知らない地にやってきたなと思い、足をぐんぐん前に踏みしめた。新神戸駅を降りたところで待ち合わせしようと言っていた金髪のあの子を探していたらすぐに見つかった。大きい麦わら帽子にカゴバック。夏休みだよ!と全身で歓喜しているかのようなその出立に、少し笑いそうになった。私たちはもわっと暑い神戸駅の館内を歩き、電車に乗り換え、もう一人のあの子が待っている場所に向かった。その子は夏休みの始まりだというのに、既に猛烈に日焼けしていて、真夏の少年の様だった。私はまた少し笑いそうになった。

この日、私たち3人は金髪の女の子の実家に遊びに行くことになっていて、神戸で待ち合わせをしたのだった。友達の実家に遊びに行くなんて、まるで小学生や中学生に戻った気分でそれはそれは愉快だった。3人してもう立派な大人なのに。私たち3人はゲームボーイやサッカーボールを持参することとはもう無縁で、代わりに最寄り駅で「何本飲むかな?」など言いながらワインを数本買いんだ後にタクシーに乗り込み、それはそれは大人だった。

タクシーの窓の外に映る知らない土地の風景を見ると、心ぼそさと不安が交わったような気持ちになる。タクシーは私にとって、出張時の移動手段なのだ。その状況に、パブロフの犬のようにそわそわとした気持ちが湧き出たが、助手席と隣に座る二人の横顔、そして先ほど購入したワインの袋がカサカサと擦れる音が相まって、心が近くに戻ってきた。目的地に到着すると、海の近くに建てられることが宿命かのような、白くて可愛らしい家が現れた。ロハス!と心の中で小躍りした。扉を開けると、金髪のあの子のご両親がはにかんだ様な笑顔で迎えてくれた。きっとご両親はこの時、娘がまだ子供だった頃の夏休み、「いらっしゃい」と友達を迎え入れた様子を無意識に思い出したのかな。ドアの外に立っていたのは、ふっくらとした頬をしたあどけない子供では到底なかったのだけど。そして同じ様に、向かいに立っているご両親は、私たちが子供の頃「いらっしゃい」と迎え入れくれた、青さ残るはちきれんばかりのパパ・ママ像ではなかったのだけど、私にとってそれは、成熟した生命の色気を感じる瞬間だった。育てあげ自立した娘の友達を、家に招き入れる。気持ちは、親と子供たちという構図だけど、大人の女たちと男たちの宴が始まった。
色とりどりの壁に囲まれながら、私たちはウエスアンダーソンの登場人物の様に時には冷静に、時には喜劇的に、素敵な時間を過ごした。お母さんが準備してくれた鶏ハム・サーモン・イワシのサラダ・ミネストローネをパンに乗せたり付けたりしながら、それらを頬張り酒を飲んだ。ハムのしっとりとした優しい味、サーモンの海の味、イワシの香ばしい野生の味、時たまリコピンの爽やかな酸味を舌の上で感じながら、閉経の話やディープパープルの話をした。金髪の女の子が、若かりしころ酒を飲みすぎて救急車で運ばれたという昔話を聞いたりした。なんと2回も。その話に、招かれた私ともう一人の男の子はぶったまげながらも、その子らしいなと笑った。また本当に小さな時から、自分の判断基準で服を選んでいたという事実も聞き、やっぱりファッションの星の元に生まれた子なんだな、と妙に納得したりもした。
宴が後半に差し掛かった頃、5人で写真を撮った。現役シンガーのお母さんは写真を撮られるのに慣れていて、センターで堂々とポーズをとった。音楽脚本家のお父さんはセンターの座を妻に譲りながらも、独自のポーズをとったりしながら負けない存在感だった。ああ、クリエイター家族はやっぱユニークだなと思った。私たち3人も我ながら独特な風貌で、とても謎でチャーミングな集合写真が撮れた。

ご両親が第二の家へ帰宅した。「じゃ、三人で楽しんでね〜」と言い残して。
私たちは、枝豆とワインのボトルを抱え広々とした人工芝生が敷き詰められたベランダに繰り出し、宴第二弾を始めた。寝っ転がりながら酒を飲んだり、夜空を仰いだりしていると、突如あり得ないサイズの流れ星が流れた。私は「え、嘘でしょ」と唖然とし、隣にいた男の子も「え!!!!嘘でしょ」と叫んだ。金髪のあの子は惜しくも見逃した。あれは人生で一度遭遇できるかできないかくらいの流れ星だったと思う。流れ星というか、隕石が燃える炎を携えながら、地球に落下している様子をありありと肉眼で確認できるような。あまりのデカさ、非現実感に夢なんじゃないかと思った。

私たちは、いつも通り酒を飲みながら色んな話をした。人生の目的について。愛について。愛の分からなさについて。歪な愛について。酒が回ったのかいつも通り、男の子が寝落ちした。残された私たちは、彼をソファに置き去りにし、畳の部屋に布団を敷き詰め川の字で寝た。二人だから、「川」じゃないけど。
遠足みたいな気持ちになった私は、眠たげなあの子に色々話しかけた。どんどん反応が途切れ途切れになっていって間もなく眠ってしまった。私はちぇっと残念に思いながらも、すぐに暖かな睡魔に身体が包まれるのを感じた。睡魔に朦朧としながら、明日からしばらく続くあの子たちとの夏休みに胸が躍り「二人ともまた明日ね。おやすみ」と心の中で呟き、深い眠りに入ったのだった。

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