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内密出産は誰のための仕組みか

国内初の内密出産

 熊本市の慈恵病院が国内初の内密出産に踏み切った。「内密出産」とは、匿名を希望する女性が病院の担当者だけに身元を明かして出産し、後に子供が希望した場合に出自を知ることができる仕組みである。今回のケースでは、女性は新生児相談室長のみに身元を明かしたという。そして病院の院長は女性の意向を踏まえて母親の名前を記さずに出生届を提出した。
 「赤ちゃんの安全な出生と保護のため」を目的とするこの制度には、どのような課題があるのか。

病院側の課題

 慈恵病院がこの制度を導入した最大の理由は、孤独な女性を一人でも減らし、ひいては新生児の命を救うためだろう。この理由は非常にシンプルであるが、病院として、そして人間として非常に本質的な意識であると言える。
 しかし、制度的には乗り越えるべき課題も多い。何よりも病院側には利益はないにも関わらず大きな負担がかかる。母親のケアはソーシャルワーク的側面もあり、病院によっては専門外の問題をケアしきれないことが考えられる。また長期間のつながりが必要であるため、一般的な出産とは異なる長い支援が必要である。さらに前例がないために社会側も受け入れ体制が整っていない。そのため母親の名前を空欄にして届けを出した院長が罪に問われるのではないかという指摘もある。

社会が抱える課題

 社会が抱える問題は山積している。まずは赤ちゃんの戸籍問題である。母親不明の出生届をどう受理するのか。そしてそれを正式な証明書としてどう機能させていくのか。これは、一病院・一地方自治体のみの方針で決めることができる問題ではない。国全体の課題として議論され、制度を整えることが急がれる。この制度が整わない場合には、最悪無戸籍の子供が増えることになり、社会全体が混乱に陥る可能性もある。

孤独な女性をなくすためか、罪なき命を救うためか

 内密出産の制度を確立するにあたっては、この制度が安易な妊娠・出産を助長するのではないかという意見もある。しかし、そもそも内密出産を利用しようとする女性は悩み抜いた結果として出産を選択しているはずである。安易な気持ちで妊娠し、出産を決意したとは考えにくい。
 むしろこの制度の対象は、予期せぬ妊娠をし、様々な理由から誰にも言えず孤独を感じている女性ではないだろうか。そして彼女たちを救うことは、何の罪もない赤ちゃんの命を救い、彼らの未来をつないでいくことにもなる。
 制度的問題は山積しているものの、新しい枠組みを作ればきちんと社会で機能する制度になるだろう。
 長期的視点では、この仕組みで生まれた子供たちに対するケアも重要になると考えられる。内密出産を選んで産んだ母親との関係や、自分自身のアイデンティティ・生まれた意味に悩む子供が出てくるだろう。そういった課題に対応できる人材が子供たちの周囲にいることが必要だ。
 今後もこの問題について注目していきたい。

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