「バカ」は定義できない 「キモい」と同じで第三者評価で決まる

以前書いた『「バカは死ななきゃ治らない」の理由は自覚が無いから』の記事に頂いたコメントに対する回答です。

記事はこちら

コメントはこちら

なるほど。何が「バカ」かわからなくなってきた。
いや、嫌味でなく本当に。自覚しているつもりで自覚が的外れとか、これも「バカ」だろうか?それとも無自覚よりマシということで「バカではない」のだろうか?
程度問題としてもその「程度」はどう測定すればよいか?
ますますわからなくなってきた。

https://note.com/flatthink/n/n68b10844d095

おっしゃる通り、少し考えると「バカとはなんだ?」という哲学的な疑問にたどり着く。

結論から言うと「バカを定義することは不可能だし、定義する意味はない」だ。

頂いたコメントについて補足説明をしてみる。

>なるほど。何が「バカ」かわからなくなってきた。

以前の記事にも書いてある通り、バカは定義できない。バカは絶対評価でなく相対評価されるものであるし、特定の言動などに対して限定的に使われる言葉でもあるからだ。

  • AさんよりBさんの方がバカだけど、CさんよりAさんの方がバカ

  • Dさんは頭がいいけどバカな行動をした

  • Eさん優秀だがおっぱいを見たときだけバカになる

などである。

ではこの定義することができない「バカ」という言葉をどのように考えたらいいのか?

例えば「キモい」とかと同じ使い方だと思えばいいのではないだろうか。

パット見キモい人もいるが、それは個人の主観によって異なるし、イケメン美女であっても「今の発言はキモい」とか言うだろう。アレと同じ系統の表現だ。

「バカ」も「キモい」も定義できないが、みんななんとなくコミュニケーションの道具として使い方はわかっているものだ。

>自覚しているつもりで自覚が的外れとか、これも「バカ」だろうか?それとも無自覚よりマシということで「バカではない」のだろうか?

これの回答としては、「バカ」とは第三者から評価されるものであり、特定の基準を使って自身を客観的にバカかどうか評価できるものではないと考えている。

例えば

AさんとBさんが議論をしている。この様子を見ていたCさんが「Bさんの方がバカだな」と評価することができる。これが第三者評価。

しかし、それを見ていたDさんが「Bさんをバカだと評価しているCがバカだ」と判断するかもしれない。DさんにとってはAさんとCさんがバカであり、Bさんはバカではない。

では実際のところABCDの誰がバカで誰がバカではないのか?を考えたところで結論はでない。

無理やり結論を出すとしたら最終的に「多数決」で決めることになってしまう。

僕は国民の税金を合理的に使えず少子化を加速させる政治家達のことを心底バカだと思っているが、彼らに投票している高齢者集団にとってはバカではない。むしろ、高齢者たちは僕のことをバカだと思っているだろう。

これを覆すために「本当はあなた方です」と丁寧に説明したところで無駄である。

だから「バカを定義する意味はない」という結論になる。やはり「キモい」と同じような感情表現くらいに考えておくと良いと思う。

ちなみに「バカは自覚がない」という話しは橘玲氏の書籍に詳しく説明されている。

僕が以前書いた記事僕が以前書いた記事の内容と同じようなことも書いてると思うけど、僕が前の記事書いたのが2021年7月で、「バカと無知」出版が2022年10月だからパクリじゃないよ。

>程度問題としてもその「程度」はどう測定すればよいか?

これも「バカは第三者評価」という理屈で説明つくと思う。

つまりは評価する側のものさし次第ということ。評価する側がバカかどうかは、また別の第三者からの評価で変わる。

ということでだいたい言いたいことは終わったのだが、なんかモヤッとしてる気がするので、最後に「バカかどうかを客観的に決めるとしたらどうするか」を書いておく。

上でも書いたがひとつは多数決

便宜的にIQで例えると、

Aさん(IQ100)がいるとする

  • Aさんが「平均IQ85株式会社」に入社すると、Aさんがどんなに合理的な提案をしても、他の社員誰にも理解されず「Aさんてバカだよね」と言われる

  • Aさんが「平均IQ100株式会社」に入社すると、まぁ普通に頑張ってるよねと言われる

  • Aさんが「平均IQ135のメンサ飲み会」に参加すると、「Aさんは(バカとは言わないけど)話しついてこれてないよね……」と言われる

という感じで、そのコミュニティや集団において多数決でバカかどうかが決まる。

もういっこの方法は実績で評価すること。

俺のほうがお前より結果を出した。だからお前は俺よりバカだ。という論調。

もちろん仕事でも何でも、結果というものは本人の能力だけでなく、置かれた環境だったり運だったりで左右される。

しかし、実績というものはわかりやすく結果として第三者からの票を集めることができる。

だから「お前は結果を出せていないからバカだ」と言われたら反論できない。

ということで、バカかどうかは定義できないし、定義する意味もないが、バカかどうかの評価をコントロールしたければ多数決か実績で決められるのでは?というまとめで終わります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?