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瀬戸内ハードコア自転車行⑤

 国道2号線を東へとひた走る。芦田川あしだがわを渡ると道の両側に商業施設があらわれはじめ、福山駅周辺にはさらに背の高いビルが林立し久々に都会の空気を感じた。人々の服装もどことなく洗練されている。

中心地からはずれたところに福山通運の巣を発見。圧巻の新緑色しんりょくしょく

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峠をひとつ越え、次なる県、岡山に入った。笠岡かさおか市。

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人通りの少ない味わい深い商店街を抜けて、駅前の広場にあるベンチに陣取る。ひとり分のスペースごとに鉄の手すりで分断する、いわゆる排除はいじょベンチである。ベンチ横にはいまだ野ざらしの喫煙所。そこで老人の吐く副流煙を浴びながら休憩をしていると、どことなく我が地元を思い出した。人口3万人ほどの絶妙に田舎とも呼べない町、その駅前には妙なオブジェ、そいつをぐるりと囲むロータリー、老人たちの社交、不釣り合いなほど新しいチェーン店。身捨みすつるほどの祖国はありや。

地元を離れて幾星霜いくせいそう。思えば遠くに来たものだ。流浪るろう漂白ひょうはくの十数年だった。大阪に住んだこともあった、神戸にも住んだ。そしてスリランカにも住んだし、その他さまざまな国をうろついた。そして現在。京都はそんなに住みやすいかと言われれば思案しあんしてしまうが、今のところ仲間たちと音楽を続けたいので盆地の底の底にへばりついて生きている。

昼食におばちゃんがひとりで切り盛りする鉄板焼き屋で広島風お好み焼きを食べ、また2号線を行く。容赦なく私を通り過ぎる車列。いたたまれなくなって時折歩道に逃げるが、これがまたアスファルトはひび割れて段差もそこかしこ、植物は健やかに太陽目指して大繁茂だいはんも

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「歩道」とは名ばかりの死道しどうである。現に自転車や歩行者の姿はまったく見当たらない。そもそも当初から歩行者の安全など考慮になく、「でっけえ道路作ったぜ! あ、そういえば歩道も作らねえとな」というやっつけ仕事でできたのではなかろうか。何が国土強靭化こくどきょうじんかだ。何が列島改造れっとうかいぞうだ。人間をないがしろにする国はほろびるぞ。国敗くにやぶれて車道あり。


浅口市、倉敷市を通り抜け岡山市に入ったのは午後4時ごろ。ここが伝説のバンド:ロンリー発祥の地。


道路が広い広い。そして自転車に優しくない左折専用レーンの応酬おうしゅう悪戦苦闘あくせんくとう。左折する車は、交差点の信号の手前で左折することができる。車道の左端を走っている私は、直進するには左折レーンが始まる前に意を決して第2レーンに移動しなければならない。後続車がビュンビュン来る。あきらめて歩道へ。ちくしょう。


道路の対岸に行きたい歩行者からしたら、まずは左折レーンをまたぐ横断歩道を気を付けて進む、そして三角形の飛び地、でやっと本物の横断歩道、という流れ。見よ、これが車社会の末路である。


連日の長距離移動による疲労から悪態がすぐに出てしまう。これではいけない、もっと岡山を愛そう。ほら、なにやらかわいらしい路面電車が! ちゃんと市民の足として機能しているようで、車内は学生やサラリーマンでいっぱい。その線路沿いに、今夜の宿、ザ・ワンファイブ岡山というビジネスホテルがあった。暗くなる前にチェックインできたので上出来である。部屋はなんと10階。さっきの路面電車があんなに小さく見える。

シャワーを浴び、手で洗濯をし、その後あわよくばライブハウスペパーランドなどに行ってみようかと考えていたが、ネットで今日の予定を見てみるとなんと休業。そりゃそうか、月曜日だ今日は。ラーメン屋で大してうまくもない醤油ラーメンを食べ、広い交差点のベンチに座りながら人の流れを見ていた。

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 なんだかセンチメンタルな気分だった。この旅で一体私は何語なんご発話しただろうか。絶景を見てひとり、美食してひとり。咳をしてもひとり。コロナウイルスのせいで、景勝地けいしょうちや宿での偶然の出会いも起こらない。人が恋しい、しかし人に煩わされたくない。だれかと一緒の旅の良さもわかるようになってきて、その反面ひとり旅が辛くなってきている。それでも、ひとりでしみじみと嚙みしめたあの景色やあの体験はやはり宝、というか養分となっている。旅は私を偏屈にしたが、その代わりにいろいろな観点を与えてくれたように思う。「いろんなところに変な場所があって変なやつがいて、じゃあおれ変な感じでもいいじゃん」と思えるようになったのはやはりひとり旅でないと得られない収穫だっただろう。いや、でも各地に友達がいて、そいつらを訪ねる旅とかだったらもっと夜は楽しいだろうなあ。夜はおそろしい……。


すると突然、スマートフォンが鳴った。知らない番号からの着信。


「あ、早田さんですか?」
 「はいそうです」
「よかったー。荷物がね、届いてるんですけど、昨日もご不在だったので。今もいらっしゃいませんね。ではいつ受け取り可能ですか?」
 「あー、今遠出しておりまして、あと2、3日は帰らない予定です」
「ええっ、でも、生ものなんですよ。新潟の、ご実家ですかね。ブドウです」
 「ブドウですか」
「持って帰ってこちらで冷蔵保管するようにしますが、なんとか早めにお受け取りしていただきたいです」
 「はあ。そうですね……」


「ブドウ、腐っちゃいますよ?」


その一言が決め手となった。ブドウが腐るのはダメだ。ブドウが腐ってはいけない。
頭をフル回転させ、残りの距離や付随する様々な要因を考慮に入れ、最速の京都帰還日をはじき出す。明日、気合を入れて漕げば岡山から神戸までは行けるだろう。三宮あたりの安い駐輪場にフジ子を置き、阪急電車で京都まで行く。そしてブドウは明日の朝一番に受け取るのだ。その後またフジ子を迎えに来ればいい。
 「……わかりました。では、あさって15日の朝イチで来てください」
「はい! あさってですね。了解しました(お母さんよろこびますね)」
 「おねがいします(うるせえ)」

というわけで明日は岡山市から神戸三宮まで150キロ漕ぎ、なおかつ阪急京都行の終電に間に合わなければならなくなった。

ブドウかわいや、かわいやブドウ。

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