Flat Share Magazine
新居に、こんな名前をつけた。
家賃は2,200円。
たった今、初めて中に入った。
まだ何もない部屋の中央でこれを書いている。
この部屋は、住むためではなく寄るためにある。
知りたい、聞きたい、話したい、好奇なのか探究なのか定かでない自分の心をゆるせる場。自分をひらくために、とじられるスペース。
気にしなくて良いことを気にしないでいられる空間を、ずっと欲していた。理由はひとつ。気になる人や物や事、それらをもっと気にしたいからだ。
「機会がない」「時間がない」「経験がない」「力がない」「どう思われるか自信がない」気にしなくて良いのに気にしていることは、言葉にすればそれだけのことだ。
それなのに可能な限りの言い訳を並べ、いつまでも相手を訪ねず、こちらに招きもせず、そのままでいる。そういう自分をやめたかった。
人がつくるもの、ものをつくる人
この世の全ての人は、“物“と共に生きている。それは誰かがつくったからそこにある。“物“があれば“人“がいるのだ。周りを見渡してみてほしい。目に映る全てがそうではないだろうか。私たちはいつだって誰かの仕事に囲まれて生きている。
先述の“気になる人や物や事“は正にこれだ。
物にはつくられた理由がある。人にはつくった理由がある。理由なんてないこともある。しかし、そこには必ず辿ってきた道があり、景色がある。ぜひその話がしたい。はじまりから聞いてみたいのだ。
人がつくるのは手で触れられる物だけではない。空間もそう。データもそう。そして、どれもこれもただつくられただけでは届かない。届けるため、そこにまた誰かの仕事がある。もはやキリがないが、その数だけ知らない景色がある。そして同じ数だけ、それを知れるきっかけがあるはずだ。
この世は誰かがつくった何かと、何かをつくった誰かで溢れている。見渡す限り、自分以外の人生を生きている人しかいない。自分が歩めない人生、自分が知らない景色、その話はどんな小説よりおもしろい。
私はそれを聞くことが好きだ。それについて話し込んでしまう人が好きだ。人がつくるもの、ものをつくる人、それらが心から好きでたまらないのだ。
ただ、話を聞いてみたい。
それをあなたにも渡してみたい。
機会がない、時間がない、経験がない、力がない、どう思われるか自信がない、そんなことはきっといつまでもやらないでいるから気にしてしまうままなのだ。機会と時間はつくれば良い。その他はその後だ。
機会と時間、必要なのはそのための場だ。
知りたい、聞きたい、話したい、好奇なのか探究なのか定かでない自分の心をゆるせる場。自分をひらくために、とじられるスペース。気にしなくて良いことを気にしないでいられる、その空間だ。
合鍵を渡す人
この部屋の鍵は4つある。
1つは私の。残りは3人の友人に渡した。
私と彼らは似ている。気になる人や物や事があって、人がつくるもの、ものをつくる人、それらが心から好きでたまらない人たちだ。
私たち4人は“気になる人“をここに招くことにした。そして、相手がゆるす限り話し込む。それ以外のことは特にしない。ただ自分の話をする。人がつくるものの話、ものをつくる人の話、それをとことん、気が済むまで。
家なのに“マガジン“
この新居に「Flat Share Magazine」と名付けたことには、いくつか理由がある。
まず、Flat Shareには“アパートの共同使用“という意味がある。数年前に海外で住居を探していた時、ルームシェアと言ってもうまく伝わらないことがあり、その時に出会ったのがこの言葉だった。同じアパートで暮らすことになった若者が教えてくれたのだ。
彼女は現地のファッションデザイナーで、服や仕事にまつわる話をよく聞かせてくれた。場所は決まって私の部屋。外ではあまり仕事の話をしたがらないのに、部屋だといつまでも語ってくれる。
隣の部屋の彼もまたデザイナーで、私たちの話す声はいつも彼に丸聞こえだった。彼は「うちのフラットメイトたちがラジオをやってるみたいだな」と言い、いつも笑ってくれた。そして気が向いた時にふらっと入ってきて、彼の見た様々な景色を惜しみなくシェアしてくれる。私たちは毎日のように気が済むまで話し込んだ。
このあたたかい体験こそが、名前の由来だ。
私たちもこの新居で“Flat Share“を始めること、隣に伝わっていく話し声、“ふらっと“部屋に入ってくる彼らの気軽さ、“フラット“に自分の景色をシェアしてくれるあの感覚。
この空間にフィットする言葉だ。
オンラインサロンでも、コミュニティでもない
さらに、Flatとは“半音下げる“という音楽記号でもある。
少し下がってしまう話も気兼ねなくできる部屋にしたい、落ち着いて”フラット”にゆっくりと話しがしたい、そんな私たちへの合図である。
それから、私たち4人が“フラット“な気持ちで様々な景色をシェアできる場であること、好きなものや良いものを“フラット“にシェアしてみようと思えるスペースであること、訪れる人にとってもそんな空間であること、それを願う私たちにもマッチする。
そして、最後のMagazineは言葉のとおり“マガジン“だ。これをつけることで、気になる人をお招きしやすく、聴きたい・読みたい人が訪れやすくなっている。オンラインサロンでも、コミュニティでもなく、コワーキングスペースでもないことが、この言葉を加えることで分かりやすくなるのだ。
それでは 皆さん御一緒に
「Flat Share Magazine」は集まることを主の目的としていない。聞こえる話し声に耳を傾け、各々が受け取り、おもしろがり、それぞれの世界を広げていく、そのきっかけがある。ここは、ただそこにあるだけなのだ。
部屋で話すことは全てここに置いていく。話し声も、それを文字にした編集記事も。過去の会話もそこに残っていれば受け取れる。“家賃“は一律2,200円だ。あなたもそれで、いつでも入れる。
趣味部屋のような、書斎のような、隠れ家のような、基地のような、ただのアパートの一室。この部屋は、知りたい、聞きたい、話したい、好奇なのか探究なのか定かでない自分の心をゆるせる場。自分をひらくために、とじられるスペース。住むためではなく寄るためにある。
この部屋は誰でも入れる。でも誰にも邪魔されない。
気になる人や物や事、それらにもっと夢中でいられる。
ここでの話を、あなたも“フラット“に受け取ってほしい。
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