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くしゃみの大きさはストレスに比例して大きくなる。


ハックション!!

東京の都心より少し離れた閑静とまではいかないが、かといって活気があるとも言いきれないそんな町にあるアパートの一室。

世のサラリーマンたちが汗水垂らして働いている平日木曜午後3時、ワイはといえば日がな一日壊れた座椅子に座り何をするわけでもなくぼんやりYouTubeのサムネを眺めていた。

そこに来て突然聞こえる大きなくしゃみ。
10月も半ばと心身共に健やかなるこの時期は窓を開け放しておる為にまるですぐ隣でがなられたような不愉快が不躾にもワイのうずまき管をドリフトしていく。

うぅむ、なぜにお前はこんな大きな音を出してクシャミをするのか。

例えばこれがそれこそ閑静な住宅地、そうだな自由が丘辺りであったならばこんな馬鹿でかいクシャミをするおっさんはいないはずである。
なぜなら自由が丘に住む人々はお上品だからである。
しかしながらお上品というだけで事は片付けられるものなのだろうか。
一抹の疑問が喉に刺さる。

お上品というのは躾が行き届いてると言い換えても良いだろう。ならば下町に生きる人々は躾が行き届いていないということか?いやそれは違う、断じてそんなことはない。下町の人達の気遣いは躾なしには語れない。

そうなると上等な人々と下等な人々(便宜上そう記すが深い意味は無い)は何が違うのか。

その時パッと閃いた。
2者の違いはストレス度合いなのではないか。
これならクシャミの説明がつく。

ストレス発散にカラオケに行くというのは良く聞く話である。しかしそう足繁くカラオケにも行けますまい。そこでだ、生理現象であるクシャミを盾に私の意思とは関係ありませんよを装い意図せず大きな声を出すというシチュエーションであれば正々堂々大手を振って大声を立てられるというわけだ。

非常に小癪だがストレスフルな一般市民のスケープゴートとも言える。

これぞ生活の知恵、アッパレである。


めでたしめでたし。

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