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AI企業としてのAdobeの戦略 (本編)

隠れAIプレイヤーだったAdobeが、今回のMAXでいよいよ表舞台に立った。
前記事では、Adobeの構造と収益体制について解説した。今回は本編として、AdobeがAI戦略で、何を狙っているのかを考察する。

*注
筆者はAdobe社から、Adobe MAX 2017への招待を受けて参加しています。…が、それはそれとして中立で書きます。Adobeさん、都合の悪いこと書いてたらごめんなさい!


Adobeが学習しているモノは何か?

AdobeのAIプレイヤーとしては、特殊性なポジショニングを持つ。その特殊性を理解するには、まずAdobeが何を学習しているのか?を理解しなければならない。多くの人々は、「AdobeのAIは画像認識」だと考えている。だが、それは大きな間違いだ。画像認識は、AdobeのAI群のわずか一部分にすぎない。

では、AdobeのAIの本質は何か?

Adobe Senseiの本質は、プロの「意思決定」と「作業プロセス」の学習である。クリエイターが、どう作品を作るか?それを定量的に学習するのが、AdobeのAIの本質である。

・AdobeのAIは、単なる画像認識のためのものではない。
・Adobeの本質は、制作における意思決定と作業プロセスを収集できること


Senseiは、プロの意思決定と作業プロセスを学ぶ

具体的に、作業プロセスや意思決定の学習とは、どのようなものだろうか?

Adobe Senseiは、クラウド上の数百万人の写真家のデータを通じて、「優秀なプロは、色補正と露出補正のどちらを先に行うか?」といったことを、定量的に収集している。

この傾向は、今年のAdobe MAXの発表に色濃く現れている。発表された多くの機能が、クラウドでのデータ管理の推進や、作業プロセスの記録、デザインデータの抽象化といった方向を向いていたのだ。

MAXでみられる、クラウド化とプロセスの記録
・Light Roomはクラウドに移行
・Adobe Sketchは、ドローイング過程を記録するように
・非破壊の加工(元画像を残し、作業プロセスを記録する)の推進
・テキスト周りのスタイリングはスタイルとしてシンボル化されるように


クラウドの画像でAIを育てようとした場合、Google PhotoやFacebookが学習対象にするのは、基本的にアップロードされた写真だけである。ところがAdobeは、クリエイティブの制作ツールを寡占している。このため、クラウドを通じて、作業プロセスそのものを学習できるのである。これが、AdobeのAIの根本的な強みとなる。

同時に通常の画像認識についても、Adobeはストックフォトという特殊な学習データを持っている。数千万枚の商業用ストックフォトにつけられた、無数のタグを、画像認識の学習データとして活用できるのである。

Adobeが優位に収集できるデータ
・作業プロセス
・作業における意思決定
・画像のレイヤー構造
・元データと完成データの比較
・人やモノの輪郭データ(切り取りデータ)
・ストックフォトのタグ情報

これらのAdobeしか持たないデータを用いて作られるのが、次に説明するクリエイティブ・グラフという概念だ。


MAXの発表の本命はクリエイティブ・グラフ

クリエイティブ・グラフの概念と可能性を正しく認識している人は少ない。これは、メディアがほとんど、クリエイティブ・グラフを扱わなかったためでもある。

クリエイティブ・グラフをシンプルに説明すると、「作品にまつわる全ての素材と情報、作業のログ」を1つに統合したモノである。作者の脳内イメージを記録したもの・・・といっても良い。


基調講演で発表された、クリエイティブ・グラフの映像。女性の顔から伸びてるのは、性別や顔の構成要素などAIが判別したグラフィックの属性データ。あらゆる制作プロセスと画像属性が、このようなグラフ構造で記録されていく。


ポスターのクリエイティブグラフ。あらゆる制作プロセスと素材データの属性が、このようなグラフ構造で記録されていく。


例えば、クリエイティブ・グラフを編集し「人物」ノードの属性を、「女性」から「男性」に変更するだけで…


自動で「あの時、男性を選んで作業をしていたバージョン」を作成することができる。広告クリエイティブの「女の子と、男の子両バージョンみたいのだよねぇ」とか、「赤いのと青いの比較したい」などは一瞬で解決する。比較検証は、もはや作業ではなくなるのである。

このクリエイティブ・グラフこそが、Adobeの追求するAIの(クリエイティブサイド)の本質だと考えて良い。現状、このコンセプトを実現できるプレイヤーは、Adobeだけであると考えられる。

MAXで発表された、新機能やAI群は、このクリエイティブ・グラフの一側面を切り出したものに過ぎないのである。

・今年の発表で、注目すべきはクリエイティブ・グラフの概念
・作業プロセスや画像属性を記録した、ネットワーク構造の情報
・記録されたクリエイティブ・グラフのパラメータを変更するだけで、「このバナーの女の人を、男に差し替える」などが実現できる。

ここまでがAdobe MAXの発表から考察できる、クリエイティブ向けAIの戦略である。ところが、前編で解説したようにAdobeのビジネスは、クリエイティブだけではない。ここから先は、イベントでは語られなかったマーケティング部分まで含めて推察しなければならない。


Senseiとマーケティングの融合がもたらす未来

Adobeの守備範囲をマーケティングまで拡大すると、Adobe Senseiの意味は大きく変わってくる。マーケティングを含めて俯瞰してくる絵図は、以下のようになる。

まず、Adobeは元素材データを持っている(Lightroom Cloud、ストックフォト)。そして、素材データにどのような意思決定がかけられ、最終的な作品になるかを持っている(Photoshop他)。完成後は、作品の発表の場とそこでのユーザーの評判データを持つ(Behence)。

そしてここに、マーケティングクラウドが加わると、「どのクリエイティブが、どのような売り上げやコンバージョン成績を出すのか」というデータまで手に入る。つまり、入り口から出口まで、クリエイティブに関する全ビッグデータを、一気通貫で収集できるのだ。これはAdobeだけの特権である。

クリエイティブ・グラフにより、作品の文脈や構造を理解し、マーケティングクラウドで解析をする。この2つが組み合わさると、何ができるか?

例えば、バナー用PSDを1つアップロードするだけで、無限のバリエーションを自動で生成できる。背景を5種類バリエーションや、人物5人バリエーションをマーケティングツールが自動で作成し、効果測定をして最適なものを配信する。たとえば、そのようなことも可能となるだろう。

・Adobeは素材、作業、アウトプット、効果測定を全て学習できる。
・クリエイティブAIと、マーケティングAIを組み合わせて運用できる。
・効果測定を行いながら、バリエーションの自動生成などが可能となる。

究極的には、制作途中のクリエイティブのコンバージョンが予想され、想定されるバリエーションや修正案が提示される…そんなことも可能となっていくだろう。


過去のMAXのスニーク発表と実戦投入のサイクルを見る限り、おそらく3〜5年程度で、このようなテクノロジーは完成するだろう。

この戦略が、絵に描いた餅にすぎないか…それともAdobeの悲願がついに達成されるのか…それが判明するには、あと数年の時間が必要となる。

イラスト協力 @kobaka7 さん




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