‘プロレス ’とは
既に色々な方が書いている様だが、私も一言言わせてほしい。
プロレスを例えに使う人とは、一体どれだけプロレスの事を知っているというのだろうか。
プロレスを好きになり、実際に観戦に行くようになって数年。
試合には「ブック」というものが存在する事も知っている。
だがそれは観客を楽しませる為のものであり、プロレスがスポーツとして成り立つための大切な要素であるだろうと思っている。
これがなければただの野蛮なショーにしか見えないのかもしれない。
だが、ブックがあるから見せ場があり、ストーリーがあり、それは勝負になり試合が成り立つ。
だから興奮が生まれ、歓喜に湧く。
この例えに使われた‘プロレス ’にはどういった意味合いが含まれていたのだろう。
「後輩の仕掛けた」とあるが、それがブックだったとしたなら、それをしっかりと受けてストーリーを完結させねばならなかっただろう。
だがそれができなかったから、この問題に発展したのではないのだろうか。
だとしたらそれを‘プロレス ’と例えたことは間違っている。
あのリング上で闘うレスラーたちは、試合を成立させるために日々トレーニングをしているのだ。
収拾できなかっただけだろう?
着地出来なかったからだろう?
自分を擁護するために、日々精進している選手たちを軽く見るような発言はしないでいだきたい。
彼ら、彼女たちは、時には怪我と直面し、命の危機すら感じながら試合をしているのだから。
感情のまま書きなぐったことをお許しください。
ただ、軽々しく例えに使われたくなかったのです。
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