授かった発露

20年に及ぶ苦難をもってしても、解決の糸口など見つからない。そこに残ったものは空虚と、一握りの苦しさ。そして摩耗した精神と、若くして作り上げられた、シワだらけの老獪めいた顔だけである。

「バカだなあ」と私は鏡をみて呟く。

やさぐれた、惨めで無力な自分に辟易した私は、裂けた胸から垂れ出た重い心をひきずって病院に行く。

数十年にも感じる手術を終え、私はなるべき姿になっている。今までの陰鬱で小汚く、余裕のない私の姿は面影もない。新生児のようなハリのある肌にシミや毛穴は一切なく、全身に汚れというものがない。高貴な服と麝香を身に纏い、人が考えうる、あらゆる社交を実行する。

記憶と感情を手放すことで苦しみから解放された私はまるで動物のようだ。本能の赴くままに盃を交わし、際限のない愛想を振り撒き、ある時は振られ、ある時は実る。そしてある時は激しく求愛されるが、それも"全てはどうでもいい"のだ。

例えるならば私は指定されたプログラムを実行するようで、そこに私の自由意志や思考はほぼ介在していない。

しかし同時に、私はこの擬似的な高揚を感じ続け、今までの打ちひしがれるような悲しみを忘れない為に、過去の不幸とその発露を少量入れたカプセル状の瓶を首からぶら下げている。

ある日、「その首につけているアクセサリー」と女は私に尋ねる。

「あなたはとても綺麗で美しいのに、なぜそんなに醜くくて、汚いものをつけてらっしゃるの」

「ああこれは」と私は平板に言う。
「これは、今の私が私であるためのものです」

女はなんとでも解釈できる沈黙を作る。しばらくして、「それって何か」と尋ねる。

「それって何か、恋に関係あることかしら」

私は少しばかり微笑む。しかしそれは彼女ではなく、私に向けたものだ。段々と私はおかしな気分になって、その非の打ちどころのない外見にそぐわない、ヒステリックな笑い声をあげる。

女は猫を被ったように私と同じく笑みを浮かべ、私を理解するための糸口を虚しく探している。

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