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ロボット職人の朝は早い

※この話はフィクションです。

はじまり

東京都千代田区
人の往来もまばらなオフィス街の一画
ここに職人が勤めるカフェがある
ロボット職人Tの作業場である日本有数の丸の内カフェ
彼の仕事は決して世間に知らされるものではない

我々はロボット職人Tの一日を追った

朝、5時30分

大手町駅の改札を颯爽と抜けるTの姿を発見した。
綿パンに焦げ茶色のTシャツのTに、気づく人はいない。
今日は、6時30分から、ロボット1号機の確認だ。

Q「おはようございます 朝、早いですね?」
T「ええ。もう少し早くから動かないといけない時は、田町のオフィスで寝泊まりですかね。余裕をもった行動、これが大切なんです。」

何も考えず、Tは会社に向けて歩き出す。
手に持つ栄養ドリンクが、途中、3回変わった。

T「僕なんかが仕事やれてるのは、所長とパイロットたちの支えがあるからなんです。支えられてばかりじゃなく、こうやって早く動き出さないとね。」

そう語るTの目に迷いはない。

Q いつも、この道なんですか?

T「いや、カフェへの道は、いつも変えています。
毎日、新しい発見がほしいっていうか。
ほら、この道でもカフェに行けると思うと楽しいじゃないですか。」

ただ、歩くわけではない。
遊びを忘れないTの姿勢に、プロフェッショナルの気概を感じた。

T「・・・あぁ、行き止まりかぁ。この地下道は駄目だなぁ。」
結局、この日は6時35分にカフェに着いた。


7時

ロボット1号機のチェックを終えたTは、休む事無くキッチンと売店と体験コーナーの周りの掃除をはじめた。

Q 「掃除ですか?」

T「カフェの汚れは心の汚れ。来る人に気持ちよく使ってもらいたいじゃないですか。」

そう言ってTは、ホースから水を出す。

卓上に水をかける手つきは手慣れたものだ。
入社4年ともなると、水をかけ、自然に乾くスピードが分かるのだという。
真剣な目つきから、その凄さが伝わる。

8時

我々は、所長の椅子に座るTの姿を発見した。
リラックスしつつも、足で器用に回転させるその姿が、他者が近づく事を許さないように見えた。
我々は、その姿を遠巻きに30分見続けた


8時30分

段々とスタッフが出勤してきた。
カフェの窓越しにそれを察知したTは、
所長の椅子から離れ、自分の持ち場に戻った。

Q 「所長の椅子に座っていたのは?」

T「あぁ、あれ?所長が座った時に、感触おかしいと駄目じゃない。
そう言う所、繊細だから、うちのボス」

上司への気遣いを忘れない。
Tの一言一言に、ただただ圧倒されるばかりであった。

「おはようございまーす」

カフェ一帯に響くその声に、我々は駆け寄った。
Tが同僚にあいさつをしている姿だった。
普段の優男の風体からは想像できない姿に、プロフェッナルの気概を見た。一通りあいさつが済むと、突然Tがフロアの端に駆け出した。
我々も、後に続いた。

Q どうしたんですか?

T「・・・・・・しっ。静かに。」

無言で目の前の機械にカードを近づけるT。
甲高い電子音とともに、Tがカードを離す。どうやら終わったようだ。

T「あぁ、この時間になったら、こうやってカードを近づけないと駄目なんですよ。
年功序列っていうのかな?僕、こう見えても一番の下っ端でさ。
みんな来てからじゃないと出来ないからさ。
早くても駄目、遅くても駄目。そういうところ、わかる?」

軽い笑みとともに、Tがその場を離れる。
目の前の機械には、『9時30分入社』とだけ映し出されていた。

10時

ブリーフィングも一通り終わり、Tの仕事に同行することになった。キッチンとフロアの間で、担当エリアに腰を下ろすそうだ。ロボットに名札をセッティングする事30分、突然Tが我々に口を開いた。
T「ごめん、ちょっといい?」

そう言って、Tは地下街のコンビニエンスストアに足を運んだ。

プロの仕事が光る。向かったのはファミリーマート。
ここで我々と一緒に見たいものがあるそうだ。

T「ここで、研究させてもらってるんですよ。
お客様が、今、どんなものに興味があるか。
あるのならば、どういった点に食指が動くのか。
毎日が勉強の世界なんだよね。」

そう話すTの顔は真剣である。

T「ハードウェアエンジニアってのは、絶えずニーズを掴まなきゃならないからな。
見極められない人はやっていけないからね。
っと、皆これを選ぶな。じゃあ、僕もこれにしようかな。」

そう言ってTは、雑誌コーナーからおもむろにスキンケアに詳しいコスメ雑誌を手に取り、レジの方へと消えていった。我々は、外で待つ事にした。

15時30分

コンビニから出て来たTと再会した。
ローズマリーの香りが、
ファービュラスにTを包んでいた。

帰りしなの道中、Tはファブリーズを服に吹きかけていた。

T「仕事の汚れは、カフェに持ち込まない。
願掛けじゃないけど、こうすれば仕事が上手くいく気がするんだ。」

些細な気遣いに、プロフェッショナルたる所以を見た気がした。

17時

カフェに戻ってきた。
Tの、「レンチは売れなかったが、書籍は売れた」の一言に、
只ならぬセンスを感じた。

18時

空が暗くなり出して来た
カードを近づけ、『18時退社』の電子音を聞く

18時30分

Tは、パソコンのメールに目を通している

Q 仕事のメールですか?

「えぇ、午前午後とたまったメールをね。
田町オフィスなんかとは、これ使わないと連絡取れないからさ」

言い終わった後、机の上の缶コーヒーを飲み干す。
そう言いながらTは、所長の方を見る。

T「所長、まだ帰らんのか。」

我々がなんとか聞こえる声で、Tはそう言った。
自分の仕事で大変な時も、所長を気遣う。

プロフェッショナルの鑑としての姿を、ここに見ることができた。

22時

ここでTの目つきが鋭くなる。
視線の先を見ると、所長がパソコンを畳んでいた。
声のトーンを落としてTが我々に語りかけてくる。

T「所長が帰らないと、僕ら帰りにくいしね。今日は22時、いつもより早い。アマチュアは場合によっちゃ帰るからね。僕は、そう言う所では妥協しないし。」

声とあわせて、自分の周りを片付け出すT。
我々は目を見張った。

そんなTに予想外の事態が起こる。
所長「おい、Tくん。今からええ肉食いに行かないか」

途端に、周囲が慌ただしくなった。

しかし、ここでプロの業に、我々は目を見張ることとなる。
Tと同じ持ち場のSである。「Tさん、所長さんをいつもの所に連れてってくださいよ。
僕ら、工場長と明日のシフト今日中に仕上げないといけないので。」
言い終わった後、Sと工場長は、再びパソコンに向かった。工場長から後で聞いたが、これもまた、効率の果てだという。
仕事と職場の雰囲気を考えた、ギリギリの業だそうだ。所長に見つからないようSがTに渡したウコンの力が、Tに明日の開発を思い出させた。

Tと所長がカフェを出た後、ふとビルを振り返ると、
フロアの電気が落ちるのが見えた。

23時

我々は所長に同行を許され、大手町の地下街にある、
行きつけの焼肉屋へ入った。

学生や20代が入る様な場所ではない。
一見の客には読めない店の看板が、実はスナックだということを教えてくれた。

Q 「辛くないんですか?」

T「まぁ、ね。でも、僕が所長と来たから、工場長らも仕事ができたわけで。
それを考えると、家と反対に来た甲斐があるってもんかな。はは。」

一切の妥協を許さないTの姿勢は、真剣そのものだった。

所長の話はとりとめのないものだった。
モーションのこと、アトリエのこと、サバゲーや屋久島のこと。
おおよそ、所長がいつも話すフレーズ。
オンスケかオンスケでないかは人間によって変わるが、
あまり都合のいい感じではない事は、Tの顔色から窺い知る事ができた。
特に、新モーションと代休のキーワードが、Tに焦りの色を見せた。

しかし、ここでもTの判断は早かった。

どちらのキーワードも、上手くいっていないで躱し、
所長の黒い白衣に繋げる。

波がこちらに戻る前に、黒い白衣の次回作の話に持ち込んだ。

お手洗いへ席を外したTに話を聞く事にした。

Q 「焦り、ありましたよね?」

T「絶対言っちゃいけないのは、このあとの予定はないってことだね。
孤独扱いされるし、下手すると、このまま徹夜コースもあるからね。それだけは避けないと。」

ここに、熟練の技を見た。

席に戻ろうとするTに、更に不測の事態が押し寄せる。
Fだ。どうやら所長が呼んだらしい。慌てて、Tがこちらへ向かってくる。
T「これはまずいわ。ここ、カラオケあるでしょ?
Fカラオケ好きだからな。下手したら2時コースもありえるかも。」焦りの表情が伺える。

長い沈黙が辺りを包む。
しかし、これ以上ここに留まるのは危険だ。
意を決し、Tが口を開いた。

T「Fがカラオケ好きってのは知ってる。
でも、上手いかとか、どんな曲が好みかとか分からないしな。」

Q 「どうします?」

T「セオリー通りの曲で行くしかないわ。スナックのカラオケだし、
90年代以降は地雷の可能性もある。そもそも置いてないかもしれないし。」

冷静な分析が続く。
これも、プロフェッショナルへの過程で身に付いたものらしい。

Tが席に戻ると、所長がカラオケを入れていた。
中島みゆきである。しかも、時代。
すかさずTが、合いの手を入れる。
スナックなので、カラオケよりは静かにだが。
同時に、所長が時代を歌い出した事で、
Tに更なる課題が伸し掛る。

再び我々の所にきたTが、口を開く。

Q 「所長、上手いですね」

T「所長が中島みゆきを歌い出したせいで、ハードルがあがっちゃったな。
しかも、完全にF置いてけぼりだし。」

そう一言話し、席に戻った。

所長の歌が終わり、
Tがママにリクエストを入れる。
所長の中島みゆき → 自分 →Fと、
上手く渡すための、ギリギリの計算が求められた。
そして、Tが選曲したものは・・・

考慮に考慮を重ね、Tが選曲したのは、TOKIOの「宙船」だった。
中島みゆきカバーをジャニーズにつなぐ、ベターな選択だったと思う。
周りのお客の事を考えても、「糸」や「ファイト」に、
安易に手を出すべきではなかったと、後でTから教えられた。

Q 「古いの知ってますね?」

T「宙船か、空と君とのあいだにのどっちかしかないじゃん。あの流れだとさ。
あれなら、あの年代に対応できるし、周りも味方に出来る。
変な選曲で、絡んでくるのもいるしさ。」

一仕事終えたTの顔は、今日一番の笑みであった。

その後、Fの「浪漫飛行」を聞いた後、
所長とTはバーに向かった。

T「次の日の仕事より、今日の関係が大切なんだよ。
明日も大事なカフェだし、味方の所長を敵にすることができる?
できないでしょ?」

鞄から出した水を飲みながら、Tは答えた。

バーに入ったTは、
我々スタッフの中で、一番若い社員の所に向かって来た。
どうやら、バーに不得手な社員を気遣ってくれたようだ。自社だけでなく、他社の社員と言えども助け合う。
ここに、プロフェッショナルの流儀が見えた。

午前2時

所長とバーを出て、
大手町駅に消えようとするTに、我々は最後の取材を求めた。
しかし、手で拒否される。
後で聞いた話だが、吐くか吐かないかの瀬戸際だったらしい。
こういう気遣いに、改めてプロフェッショナルの姿を見た。

プロのロボット職人T。
彼は明日の朝もまた、5時には起きるという。

おわり

※この話はフィクションです。

追伸

この話をここのところ忙しい半兵衛氏に捧げる

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