見出し画像

画面の向こう側にふれてみた話

さて、安倍くんに会うことになったものの、どうすればいいんだろう?
とりあえず「付き合うことになりそうな人がいるんだよね」と母親に告げると一旦は喜んでくれたものの、『ネットで出会った人』だと言うと超大反対。
今思うと刺されただったか○されただったかという事件があった直近だったので「絶対会うな!!」とのこと。
安倍くんそんな人じゃないと思う、と言っても聞いてはもらえなかった。

で、それをまたバカ正直に安倍くんに言うものだから、『当たり前だと思います。ちょっと僕も母親に聞いてみます』との返事。
なんかやっぱり難色を示されたようで、『会うのやめましょうか』って返事があって。
それが来た時、友達と一緒に飲んでいて、「わざわざお母さんに相談してんのかよ笑。いい人じゃん」って笑われて、確かにそうだなと思って、しかも酔っ払ってた私は腹を括った。
『安倍くん、おいでー』
『いや、でも…』
『だって飛行機も取っちゃったんでしょ。おいで。会いましょう』
『いいんですか?』
『いいですよ』
『わかりました』
たぶん安倍くんも私の言葉に腹を括ったんだと思う。
こうして私たちは本当に会うことになった。

そうして当日。
8月3日。
仕事が終わった私はバスに乗って、駅前で待ち合わせをしていた。
少し手前のバス停で降りて、駅前まで向かう。
誰かと待ち合わせをしているような男の人がいて、(この人だ)と思ったのを覚えている。

──この人が私のことを好きな人。

第一印象が(若っ!!)だった。
誕生日の関係で私とタメか1個上で夜学に通う大学生だったと聞いてはいたのだけれど、どう見ても若すぎる。
身長が高いから、中学生ではないのだけれど、どう見積もっても高校1年生にしか見えないと思って私は真っ青になった。

──どうしよう。未成年を拐かしてしまった。

きっと歳をごまかして、お年玉を貯めて、わざわざ飛行機の距離の私に会いに来たに違いない。
マジでどうしよう。
私は悩んだ。
下手したら捕まるんじゃないかとか、アワアワしてしまい、逃げ出しそうになったのだけれど、ネットで出会うということはこういうことなのだと噛みしめ、あらかじめ教えてもらった電話をかける。
その子が何かに気付いて電話を取る。
電話を片手にした私が(なるべく)笑顔で手を振ると、察してくれた様に近付いてきた。
「へへ…藤枝です」
「安倍です」
「…近くにロッテリアがあるので、そこに行きませんか?」
安倍くんは了承してくれたので2人で歩く。
ロッテリアに行って、注文して、届いて。
片隅の席に2人で向い合わせで座った。
安倍くんはずっと下を向いていた。
緊張してるのかな、と思って、私は「ちょっといいですか」と言って、ポテトを持つ。
手が震えてポトンと落ちるポテト。
「…私もすごく緊張してます」
へへ、と出来るだけ笑顔を作る。
「はい」
安倍くんは頷いた。

「そういえば」
そう言って私は当時の職場のiDカードを差し出す。
「私はこういうもので、藤枝美冬っていいます」
あっ、って言って安倍くんも身分証明となるものを差し出す。
大学の学生証だった。
──あっ、マジで大学生だった。
高校生じゃなくてほっとしたものだ。
あっぶねぇ…!

安倍くんに見せたいものがあったので、「ちょっと歩くんですけれど、いいですか」と言うと、うんと頷いてくれた。
ホーガンとブロディが好きで、とか適当な話を(私が一方的に)しながら安倍くんは頷き、私たちは歩いていく。
川の堤防の辺り。
「お酒でも買いましょうか」
そういう私に付き添って、チューハイ2缶とビール1缶買って座る安倍くん。

「ちょっと待つんですけれど」
そう言って人がだんだん集まってきて辺りも段々と暗くなる中、私が適当な話をペラペラと喋って待っていたし、安倍くんはたまに相槌を打ったりしていた。

そうして待っていると、ドーンッ!と音がして、花火が上がる。
上を向く安倍くんに、「これを見せたかったんです」と私は微笑む。
「はい」と言って上を向く安倍くんをなんとなく「好きだな」と思った。

私は酔いもあって、安倍くんにニッコリ微笑んで手を差し出す。
この人と手を繋ぎたいなと思ったから。
安倍くんは恐る恐る手を取る。
ただ握るだけでも嫌だったので指を絡める繋ぎ方に変える。
ドクン、ドクンと心臓の音がダイレクトに伝わってきて、申し訳ない気持ちになってはいたけれど、ぎゅっと力を強めた。
私は思う。
──ああ、この人のことが好きだなと。
恋愛感情なのかは、まだよくわからなかったけれど、好きだなと思った。

花火が終わって、安倍くんがボソッと言った。
「東京では、お金取るんですよ」
「そうなんですか?」
「はい」
それっきり会話が止まる。
ふと安倍くんの顔を見ると真顔だった。
花火楽しくなかったかな。
歩きながらそんなことを考えているとバス停に着いた。
「じゃあ、よければまた明日ということで」
「はい」
そう言うと安倍くんは鞄からゴソゴソとお菓子を取り出す。
「これ、よければ、みなさんで」
「あ、ありがとうございます。…じゃあバス来たんで」
「はい」
バスに乗って安倍くんに手を振ると、安倍くんは小さく一礼をして私を見送っていた。

明日はどこに行こうかな…とバスの中でぼんやり考えていると、メールが届いた。
安倍くんからで、花火が最高だったことや会えてよかったこと、明日が楽しみだということが長文でずらーっと書かれていた。
あぁ、本当にしゃべらないけれど頭の中では色々考えている人なんだな、と思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?