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場末裁定

その日、おれはとある雑居ビルの前に立っていた。

スナック街のハズレにひっそりと佇む場末雀荘。

レートも客層もよくわからない。卓が立っているのかも怪しい。
どうせ地元の老人どもが夜な夜な暇をつぶしているだけの雀荘だ。

おれより強いやつはここにはいないだろうな…
今日はここで勝たせてもらおう

そう心でつぶやきながら、半開きのドアに手を伸ばした。



店に入ると1卓立っていた。

天井はタバコの煙で黄ばんでいて、床のタイルが剥げて歩きにくい。ソファではホームレスみたいなおじさんが寝ていて、汚い座布団が積みあがっている。壁がとても薄く、近くのスナックのカラオケの音がだだ漏れだ。

カウンターに座っていたママさんと目が合った。

「あら?あんた若いネ!ココ初めて?じゃあこれ見ておいて」

そういうと古文書のような手書きのルール表を渡してきた。

1-1-3の門祝500。赤3枚のテンパイ連。
よくあるピン雀だ。このルールで負けるのは逆に難しい。

待ち席に座って熱茶を頼む。普段はビールを飲むところだが、流石に新規なので控えめに。ゆっくり湯呑を啜っていると、すぐにご案内となった。

「あんた若いから麻雀強いでしょ。こんなオジサンたちやっつけちゃいなよハハハ。じゃみんな新規さんだからヨロシクね。」

そりゃおれが一番強いだろうよ。さあ、いくら勝てるかな。


先ヅモ


同卓者は「舘ひろし似の渋オジ(メンバー)」「歌丸師匠似」「メガネの中年リーマン」。平均年齢は軽く60以上だろう。いかにも場末という顔ぶれだ。

この雀荘では先ヅモが推奨されている。先先ヅモまでOKだ。
みんな当然のようにスッスッと牌を持って行ってバシバシ切っていく。慣れてしまえば快適。

しばらくすると対面の歌丸師匠が露骨に先ヅモを止めた。役牌が重なったか、しれっと黙聴しているか…。わかりやすくて本当に助かる。案の定、数巡後にツモ切りでリーチをかけて役ありカンチャンをツモりあげた。師匠、それは即リーの手だよ。

手始めに2着-2着-3着で3半荘。やはりトップを取らないと全然浮かないな。


そして4半荘目。東一局、起家・渋オジ。

北家のおれはこんな配牌だった。

相変わらずの先ヅモだ。みんなよっぽど手が悪いのだろう。先先ヅモまでして回りがとても速い。

3巡目。

渋オジ、打中。おれポン。
南家は先ヅモしていた牌を戻す… 

渋オジ、戻された發をツモ切り。ポン。
まためんどくさそうに南家が牌を戻す…

親番なのに全然手が入らずイライラしていたのだろう。「ちょこまか鳴きやがって…」とでも言いたそうな表情を浮かべていた。

戻された牌をまたツモる。これで3回目だ。
渋オジは一瞬の盲牌で勢いよくツモ切った。

バシッ!!




…なんだ?


その瞬間、卓の空気が一変した。

南家の歌丸師匠は目をまるくして固まっている。
西家のメガネリーマンはキョロキョロして手をあげている。

ソファで寝ていたマスターがのそのそと起き上がってきた。お前ホームレスじゃなかったのか。

メガネリーマンが嬉しそうに状況を説明する。
「マスター!これあれだよね?ダメな奴だよね!」

渋オジは顔を歪めて自分の捨てた「白」に視線を送っていた。


緊張感


古い雀荘にはいまだにメンバーの打牌に制約があったりする。その中の一つがこれだ。

「パオになり得る打牌はしてはならない」

これは通称”パオ牌打ち”という行為で、メンバーは大三元や四喜和のパオ牌を打つことは出来ない。実際に鳴かれなくても、パオ牌を切ること自体が禁止されているのだ。現代麻雀では赤ドラでインフレ化しているが、昔は役満の価値が非常に高かったんだろう。


渋オジが静かに尋ねる。

「マスター…オレはどうすればいい」


マスターはあきれた表情で裁定を下した。

「どうしたらいいってそりゃアンタ…ダメなもんはダメだからねぇ。とりあえずこれは一旦アガリ放棄でしょうよ。流局後チョンボで満貫払いだね」


こんなの現代麻雀では当たり前のように行われる行為だ。
それがここでは満貫払いの重罪となってしまう。


本来フリー雀荘ではそれくらい一打一打に緊張感を持つべきなのだろう。

巷のチェーン店では見せ牌・腰牌しても何も悪びれる様子もない奴がいる。嶺上牌こぼしてへらへらしてる奴。「安牌ないよ」とか「ポッチがいそう!」とか平気で発言する奴。リーチ発声前に横向きに置く奴。ポン優先なのに高速チーする奴。

最近の雀荘は客側に甘過ぎる。パオ牌打ちやモロヒ禁止は流石に時代遅れだが、根本的にゲーム性を損なう行為にはもっと制約があってもいい。一挙一動に緊張感が足りな過ぎる。


結果的に渋オジはおれに満貫を差し込んだ。
流石に読みの技術は確かなようだ。テンパイを察知してスグに差し込みしてくれた。あの時、渋オジはもしかしたら一向聴だったのかもしれない。メンバー制約なんて時代遅れだと思うけど、それでもダメなものはダメなんだ。

結局少し浮いたところで店を出た。
コンビニでビールを買って川沿いを歩く。
今後この店に再び来ることがあるだろうか?

振り返ると賭場の灯りは怪しくゆらめいていた。
そうか、おれはあの緊張感を味わいたくて雀荘に通っているんだ。

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