大バナナシェイク中サイズ

映画、ドラマ、お笑い、マンガ好きです。 人間の感情とか価値観とかの話も好きです。 ふ…

大バナナシェイク中サイズ

映画、ドラマ、お笑い、マンガ好きです。 人間の感情とか価値観とかの話も好きです。 ふと思ったこと、価値観、面白かったエンタメの感想など自由に投稿します。

最近の記事

【映画】「今が邦画の全盛期かって思っちゃう」話

ここ最近の邦画が面白すぎる。 邦画好きだからかもしれないが、にしてもだ。 『ナミビアの砂漠』、『ぼくのお日さま』、『侍タイムスリッパー』、『僕が生きてる、ふたつの世界』、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』、『HAPPYEND』。 ここ1ヶ月ちょいで、年間ベストに入ってきそうな、ひと作品ごとに語りたいような作品がこれだけある。 しかも、今年は若い監督の台頭が目覚ましい。 山中瑶子監督、奥山大史監督、空音央監督、阪元裕吾監督らは20代、30代である。とんでもない。 こ

    • 【エッセイ】「人の嫌いなところはあっても、嫌いな人はいない」話

      私には「嫌いな人」というものがいない。 人がどういう風に「嫌いな人」認定するのかはわからないが、私にもし「嫌いな人」がいるとしたら、それは理由のない、生理的に受け付けない人になると思う。 そんな人も別にいない。 別に、その人の「嫌いなところ」「好きではないところ」はある。 あと「苦手な人」はいる。 でも、それは「嫌いな人」には直結しない。 だって、人間はそこまで単純じゃないもの。 完璧な人間なんていないし、どんな人間だって必ず良いところと悪いところがある。性格も千差

      • 【エッセイ&お笑い】「バナナの皮を踏んで滑るのと、踏まないでスルーするのは、どちらが面白いのか」の話

        以前にAマッソの加納さんがラジオで話していた話で、非常に興味深く、お笑いの奥深さと難しさをわかりやすく学んだことを覚えている。 ラジオの内容もうろ覚えなので、以下の話は自分なりの解釈も多分に入っている。 まず、バナナの皮が道端に落ちていたとする。 これを踏まずにただ歩いて、過ぎる。 この場合、も起きていない。ただ歩いただけ。面白くない。 このバナナの皮を踏んでしまって、滑って転んだ場合はどうか。 よくある「面白い」光景である。 おそらく多くの人はこの認識を持っていて、テ

        • 【エッセイ】「先生はトイレじゃないことくらい知っている」話

          「先生トイレ!」 「先生はトイレじゃありません。」 学校でのあるあるワンフレーズとして最も有名なもののひとつ。 しかし、「先生がトイレだ」と思っている子どもは、これまでの歴史上存在したのだろうか。 「先生をトイレだと思っている」と思っている先生は、はたして、いただろうか。 よく日本語は、文脈の言語だと言われる。 文脈の中で言わなくても伝わるような情報はバンバン省略される。 毎回「I」も「You」もつけない。 学校という場所で生徒が先生に「先生、トイレ。」というとき

        【映画】「今が邦画の全盛期かって思っちゃう」話

          【エッセイ】「文章は2種類に分けられる」話

          これは私の勝手な考えだが、文章は大きく分けると2種類だと思っている。 ひとつは、その情報に価値がある文章。 もうひとつは、その言葉に価値がある文章。 前者は、書かれた文章そのものではなく、その内容が大事なもので、論文や教科書、How to本なんかがそうだ。 後者は、その言葉自体が大事で、小説やエッセイなんかだ。 私は前者が嫌いだ。冷たくて。形式的で。 論文が、もう少し表現が文学的で柔軟であれば、もっと面白くて読みやすいのに、なんて思う。 わかっている。前者にとって

          【エッセイ】「文章は2種類に分けられる」話

          【映画】「『リトル・ダンサー』と『ぼくのお日さま』」話

          先日、復刻上映している『リトル・ダンサー』を観てきた。 初めて劇場で今作品を見たが、こんなにもすばらしい作品だったのかと感動した。 余談だが、最近復刻上映している映画を劇場で初めて観ることが多いのだが、総じてサブスクで見た印象の何倍も素晴らしくて、同じ作品だからこそ身を染みて感じる「映画体験」の段違いさに圧倒されている。 サブスクが便利なのは間違いないが、便利だからこそ、その映画の魅力が相当削がれてしまっているのも事実だ。 さて、『リトル・ダンサー』を観て、私は『ぼくの

          【映画】「『リトル・ダンサー』と『ぼくのお日さま』」話

          【エッセイ】「お金と幸せが比例しないことをかつやで学んだ」話

          高校生の頃、かつやが大好きだった。 高校1年生で初めてかつやを食べて、この値段でこのクオリティのトンカツやカツ丼が食べられるのかと本当に驚いた。 安さ以上にその美味しさが印象的だった。 高校時代は何度も何度も通い、その度にその美味しさを噛み締めていた。 大学生になると、少しずつ、評価の高いような飲食店に行くようになった。 けっこう良いお値段のトンカツ屋さんで食べて、その美味しさを知ってしまった。 かつやが近くになかったこともあり、大学時代はほとんど行かなかった。

          【エッセイ】「お金と幸せが比例しないことをかつやで学んだ」話

          【エッセイ】「楽するために苦労してたのに、いつまで経っても楽にならなかった」話

          「楽するために苦労する」 これは学生時代の私のモットーだった。 たしか中学1年生の頃から、この考え方で生活していた。 学生の頃は、後から苦労しないためにいい高校、いい大学に入ろうと思って、勉強していた。 受験で苦労しないために定期試験を頑張って、定期試験で苦労しないために日々の勉強を頑張った。 正直、それなりに忙しい日々を送ってきたと思う。 学生時代は部活も勉強もどちらも捨てたくなかった。 中学時代、部活の後には週に数回クラブチームに通い、夜10時頃家に帰る日もある

          【エッセイ】「楽するために苦労してたのに、いつまで経っても楽にならなかった」話

          【エンタメ】「『ベイビーわるきゅーれ』『ルリドラゴン』に見る、『×日常ゆる』の良さ」の話

          『ベイビーわるきゅーれ』は、2人の若い女性殺し屋のゆるめの会話とアクションが特徴的な映画。 『ルリドラゴン』は週刊少年ジャンプ、ジャンプ+で連載中の、人間と竜のハーフの女子高生が送る日常を描く漫画。 私はこの2作品もファンでもあるが、その共通点は、ゆるさである。 ジャンルとしては、『ベイビーわるきゅーれ』は「アクション×日常×ゆる」、『ルリドラゴン』は「SF×日常×ゆる」。 主人公は殺し屋と、人間と竜のハーフで、全くもって現実からかけ離れているのに、なぜだか私たちの現

          【エンタメ】「『ベイビーわるきゅーれ』『ルリドラゴン』に見る、『×日常ゆる』の良さ」の話

          【エッセイ】「『ひま』『やることがない』という感覚がわからない」話

          「今日はやることがなくて暇だ。」 なんて言う人を時々見かける。私の友達もそうだ。 私はその感覚がわからない。 「やることがない」と感じたことがない。 理由は明確。 もっと、映画を見たい。ドラマを見たい。お笑いを見たい。漫画を読みたい。 旅行に行きたい。美味しいものが食べたい。スポーツがしたい。 もちろん仕事も大事にしたい。 もっと、見たことがないものを見たい、行ったことがないところにいきたい、考えたことのない価値観を知りたい、感じたことのない感情を感じたい。 やり

          【エッセイ】「『ひま』『やることがない』という感覚がわからない」話

          【ドラマ】「『恋せぬふたり』は、名言の宝庫」な話

          『虎に翼』の吉田恵里香さん脚本の『恋せぬふたり』が先日再放送されていたが、今作品も『虎に翼』に負けず劣らず、多くの人々の根っこの価値観を変えうる、非常に重要で面白い、誰もが考えさせられる大傑作であった。 以下、印象に残ったセリフをあげたいと思う。 特に、第2話は最初から最後まで高橋さんの、世の中の価値観に対する皮肉やぼやきが満載で、30分とは思えない濃密さだった。 高橋さんの発する言葉に何度心動かされたかわからない。 そして、彼の発言や考え方は吉田恵里香さんの世の中に対

          【ドラマ】「『恋せぬふたり』は、名言の宝庫」な話

          【エッセイ】「これからは人と違うことがいいこと」な話

          これは、映画『ヘアスプレー』の主人公のセリフ。 高校生の頃に見たこの映画の序盤で出てきた何気ないこのセリフ。 頭の中にずっと残っていて離れない。 そして、これは今でも自分にとって一つの大きな指針となっている。 高校生の頃まで、自分は「人と同じ」になろうともがいていた。 なるべく外れないように、なるべく普通でいるように。 「普通」なんてないのに、周りの価値観が正しくて、親や友達の考え方に自分を合わせて。 自分が美味しいと思っても、友達が微妙だと言ったら、微妙な顔をして。

          【エッセイ】「これからは人と違うことがいいこと」な話

          【エッセイ】「おばあちゃんは孫を太らせたい」話

          おばあちゃんの口から発せられた言葉で私が最も多く耳にしているのは、 「けえ」 である。「けえ」とはつまり、「食え」ということだ。 実家では、食事のとき、毎回毎回「もっとけえ」とおっしゃる。 時には笑顔で、時には真剣に。 補足しておくが、私は太りやすい。一族として、太りやすい。 そして、太りたくない。むしろ痩せたい。一族の血に反抗したい。 その願いを阻む大ボスが、おばあちゃんなのである。 ちなみに、私は適量は食べている。 しかし、おばあちゃんにとって「適量」などとい

          【エッセイ】「おばあちゃんは孫を太らせたい」話

          【ドラマ】「『虎に翼』を見て、悪は存在しないと思った」話

          「悪は存在しない」と聞くと今年公開された濱口監督の傑作も思い出すが、その話でない。 こんな題名だが、尊属殺人の重罰規定が違憲となるきっかけとなった事件のあの父親は間違いなく悪だ。あいつは許せない。 おそらく法学に触れたことのある人なら誰もが学んだであろう衝撃的な事件だ。 どうしようもないクズは存在するとヨネさんも言っていたが、 それでも基本的には根っからの「悪人」はいないのだろうと思った。 もちろん見ていて苛立つ人間はたくさん出てくる。 原爆裁判の相手などそうだ。

          【ドラマ】「『虎に翼』を見て、悪は存在しないと思った」話

          【ドラマ】「『虎に翼』がついに終わってしまった」話

          私の人生ベストドラマになった『虎に翼』がついに終わってしまった。 本当に素晴らしい作品だった。 「常識」「普通」という名の形なき多数派の圧力や社会的強者の暴力と、自分の価値観との乖離に思い悩み、苦しむ人々に、このドラマは欲しかった言葉をくれ、肯定してくれた。 社会はその差異を「間違い」かのように扱うけど、それは単なる違いでしかなくて、否定されるべきものではない。 このドラマは一貫して「何が起こるか」より「何を考えるか」に焦点を当て、その時代に生きた人、今を生きる人の想い

          【ドラマ】「『虎に翼』がついに終わってしまった」話

          【エッセイ】「『寂しさ』を感じないのは変なんだろうか」の話

          私は、「ひとりの寂しさ」というものがあまりピンと来ない。 人間は誰かとかかわらずには生きられない。 それはわかる。 自分が生きている社会、自分が食べているものなど、すべては誰かのおかげで今存在する。 人間は社会的動物と言われているし、確かにそうだと思う。 しかし、私は基本的に連絡を取る人はいない。 親とも友達とも、だいたいは数ヶ月に1回ほどしか連絡を取らない。 今年誰かと一緒に食事をした回数も数えられるほど。 休みの日はひとりで映画館に行くか、家で過ごすことがほ

          【エッセイ】「『寂しさ』を感じないのは変なんだろうか」の話