廊下に立たせることの意味とは

次女が学校から帰ってきて、泣きながら訴えてきた。
聞くと、忘れ物をしたと先生に話したところ、廊下に立たされたとのこと。授業が終わり、休み時間が終わり、給食の準備が終わり、給食の終了5分前になって、『戻ってきていいよ』の合図があったとのこと。

令和の時代にこんな指導があるんだと、ハッとさせられた。次女にどうして立たされたのか、忘れ物をすることの何が悪くて、これからどうしたらいいのか聞いてみたところ、『先生に言われたから』と全く状況を理解していないことに驚いた。

学校教育がこれでいいのだろうか。

次女にはこう話した。

『大人も先生も、間違うことはあるよ。もしかしたら、先生のやり方も間違っていたかもしれない。でも、あなたによくなって欲しいと思ってやったことだから、嫌だなぁと思う気持ちもあるけれど、今回は許してあげてね』と。

よくなって欲しいと思って、先生も頑張って怒ってくれたから、ありがとうって思う気持ちが大事だよと付け加えた。

理解がどこまで進んだか、把握しづらいが、一つ言えることは、学校教育の中では、できる限り子供一人ひとりに向き合って、きちんと意味を伝え、自分の頭で考えさせる訓練をしてほしいということだ。

意味を与えずして、不快感のみを感じさせる行為は教育でもなく体罰だ。

これを機に学校が嫌になってしまったら、たまったもんじゃない。

親としてできる限りのフォローはしたつもりだが、今後も先生の動向を注視したい。

夏休みに入るまでは、一緒に明日の準備をしようねといって、ハグしたら落ち着いて眠ってくれた。

明日から元気に登校できますように。