闇の向こう

下人はいたく餓えていた。勢い任せに老婆から衣を剝いだはいいが、明けてみれば染みだらけの襤褸は売れるようなものではない。檜皮色のそれを道端にうっちゃって都大路をとぼとぼと歩いていた。
まだ薄暗い道端ですれ違うのは同じ境遇のものたちだ。腰の太刀を効かそうにも盗るものを持っていない。篠突く雨に打たれるうち、羅生門で燃え上がった火は燻って消えた。
死人の毛を抜いてでも生き延びようとする者は強い。追い詰められ道徳や理性を無くせるものは本能のままごみ漁りも引剥ぎもできる。下手に矜持を手放せぬものたちが亡者として都を彷徨っている。
己を縛っているものはなにか。胃を締め付ける餓えではない。行き場のない身の上でもない。人から認められたいという欲だ。だから盛時の振る舞いを忘れられず栄光の残滓にしがみついている。
それもまた人らしさか。目に光をため、口を曲げた。男の行方は誰も知らない。