見出し画像

半社会人

 パートで働き初めて一年以上が経つ。一応、「短期契約社員」という括りになっているものの、実際これはただのアルバイトと呼んで遜色ない。しかし会社の中には短時間労働者を「アルバイト」と呼んではいけない決まりがあるのか、店長さんや係長さんはおれたちのことを頑なに「アソシエイト」と呼ぶ。そうかと思ったら、一緒に働く同フロアの契約社員の方に突然「Suzukiさんはこのバイト楽しいですか?」と聞かれたりもする。普通にバイトって言っていいのかよ、と心の中で毒づいてみるが、誰がどう見てもアルバイトなのだから当然である。

 聞いたところによると、この「アソシエイト」にも区分があって、「アソシエイトなんとか」であるおれは、数年以上の勤続で「アソシエイトなんたらかんたら」へと昇格するらしい。ほう〜である。へ〜である。

 シフトは、週の所定労働時間20時間を超えないようにうまいこと調整されている。そうすれば、会社は社会保険料を負担しなくて済むからだ。そのギリギリのラインで飼い殺しにされているおれは、契約社員と言うにはあまりにフリーターで、フリーターと言うにはあまりに不自由すぎる。誰が社会をこんな風にした?いったい、誰が悪い?誰も悪くない。強いていえば、おれが悪いだろう。いや、それはどう考えたって。

✱     ✱     ✱

 ところで、アソシエイト、つまり短期契約社員、つまりアルバイトは、「社会人」と自称していいんだろうか。おれがプラプラしながら(文字通り平日の昼間からプラプラして)いい歳をこいている間に、同級生は真っ当に社会で働き始めている。それは一年浪人したり、一年留年したりして、少し長いモラトリアムを与えられた友人たちも同じである。就職活動を経て、大学卒業後の4月から、企業で社員として働く。彼らはまず間違いなく「社会人」であるだろうが、おれはどうだろう。おれはなんだろう。おれはなんなんだろう。

 「社会人」とは、そのまま社会の構成員を意味するのではない。事実、学生は社会人ではないし、パート主婦/主婦もなんとなく社会人ではない。誰しも社会の一員であることには変わりないが、引きこもりやニートなどもっと社会人ではない。なんだかおかしな言葉である。悲しくも、「社会人」が「フルタイムで働く正社員」の言い換えでしかないとしたら、週4日間、一日5時間未満しか働かないおれは、「半社会人」といったところだろうか。



「Suzukiさんは就職しないんですか?」




 おれは普段、仕事場でほとんど誰とも話さない。それは孤高のローンウルフだからではなく、ふいに生じる二択のコミュニケーションを尽く悪い方へと外していった結果、話しかけてくれる人が誰もいなくなったからだ。でもたまに、こうして鋭い質問を投げかけられることがある。そんな時は、「あはぁっ、へぇえ……」といった気持ち悪い声を出して気持ち悪がられているのだが、就職しないのか?という問いは、常に自分でも抱えているものである。

 競争や資本といったものを敵対視し、半分だけ社会に入ったり出たりしているうちに、いつの間にかおれはその資本主義社会にとって一番扱いやすく、一番都合がいい感じの労働者になっていた。いまや新卒でも就職浪人でもなくなって、就活に向き合う機会も完全に逸している。そう考えると、新卒一括採用というのは、企業にとっても学生にとってもよくできているのかもしれない。きっと、わけもわからず飛び込んでしまう方がいいこともあるのだ。

 小学生の頃、一時期長縄を使った8の字跳びという遊びが流行った。あれは縄をじっとみてタイミングをはかっていると、ずっと入れないままで時間が過ぎてしまう。おれは縄にひっかかるのがイヤで、恥をかくのが怖くて、休み時間にまでそんなことやりたくないよと、いつしかその遊びを避けるようになった。その頃から何にも成長していないじゃないか。この期に及んで、「やっぱりおれも就職しようかな(笑)」なんておどけてみせても、自分からくだらないと抜けたあの8の字の輪に、いまさら戻る場所もない。



- - - - - - - - - - - - - - - - -


【去年の記事】

ここから先は

1字

総合的な探求の時間

¥100 / 月
このメンバーシップの詳細

最後までありがとうございます。