【寄稿】パブリックチェーンでセキュリティトークンを発行してみた(大和証券の中の人)
はじめまして。大和証券グループ本社 デジタルアセット推進室長の斉藤貴裕と申します。
大和証券グループで、暗号資産やセキュリティトークン(以下、ST)といったデジタルアセット関連ビジネスを担当しています。また、Fintertech社の取締役でもあります。
先日、大和証券、Fintertech及び株式会社Ginco様の協働で、国内初のパブリックチェーンにおけるSTの発行の概念実証(以下、POC)を行いましたので、その概要についてご説明しようと思います。
詳細は、以下のプレスリリースをご確認ください。
【プレスリリース】
大和証券グループと株式会社 Ginco による、 国内初のパブリックチェーンにおけるセキュリティトークンの発行及び 発行プラットフォーム開発に向けた概念実証の検証結果について
なお、本記事の内容は、あくまで私個人の意見であり、大和証券グループを代表した見解ではないことにご留意ください。
1. 国内のST市場について
まず、話の大前提として、国内のST市場についてお話ししたいと思います。
STとは、ブロックチェーン技術を用いて権利の移転・記録が行なわれる「デジタル化された証券」のことを指します。国内では2020 年 5 月に金融商品取引法が改正されたことで、証券管理にブロックチェーンを活用した有価証券=STが登場しました。
Web3の世界では、何らかの実物資産の裏付けがあるトークンをRWA(リアルワールドアセット)トークンといいますが、実物資産の裏付けがあり、証券法制にのっとった有価証券となっている場合、国内ではSTまたはデジタル証券と呼ぶことが一般的です。
これまで国内では、主に不動産を裏付けとしたST(以下、不動産ST)や、社債のSTなどが発行されていますが、特に不動産STの発行は活発で、公募された不動産STは、すでに累計35本、1,000億円超(発行決議日ベース、2024年2月末現在)存在し、市場が急成長しています。
大和証券も2022年2月に事業化を開始し、これまで338億円の不動産STを引受けており、国内の証券会社では事業の一つになっている状況と言えます。
こうしたSTは、これまで主にパーミッションドチェーンと呼ばれる、限定したメンバー(主に金融機関やその関連会社)が管理するブロックチェーン上で発行されてきました。
その理由としては、限定されたメンバーでチェーンを管理することで、①本人確認(以下、KYC)済みの投資家のみが参加するチェーンにすることが容易であること、②仮に何らかの理由でハッキングを受けて不正な移転が発生しても元の状況に戻しやすいこと、が挙げられます。
しかしながら、パーミッションドチェーン上で発行されたSTは、ビットコインやイーサリアムといったパブリックチェーンで発行されている暗号資産の世界とは切り離されてしまっているとも言えます。
グローバルでは、パブリックチェーンで発行されているSTもある中で、国内でどのようにすれば、パブリックチェーンでSTを発行できるかという問題意識がありました。
2.今回のPOCについて
パブリックチェーンを活用する際の問題点は前述のように2点あります。①KYCされていない投資家が参加すること、②何らかの理由でハッキングを受けた場合に元に戻すのが困難であること、です。
今回のPOCでは、ソウルバウンドトークン(以下、SBT)と呼ばれる、一度付与されると譲渡が不可能なトークンをKYC済みの投資家に付与したうえで、STを、SBTを有する投資家間でしか譲渡できない設計としました。これにより、①の問題点を解消しています(下記、実験1)。
また、仮にSBTを保有する投資家間で不正な移転が起きたとしても、STのスマートコントラクトにおいて、オーナー権限で強制的に保有者の移転が可能な設計とすることで、②の問題点を解消しています(下記、実験3)。
さらに、STやSBTのスマートコントラクトのオーナーの秘密鍵が盗まれてしまったケースを考え、これらのST、SBTを無効化したうえで、新たなSTやSBTを付与しなおすフローについても構築しました(下記、実験2,4)。
これらの対応により、どの秘密鍵が流出したとしても、元の状況に回復することができることを確認しました。
なお、概念実証で開発したスマートコントラクトのアドレスについては以下となっており、スマートコントラクトの中身を誰でも見ることができます。
3.Code is Law? Law is Law?
今回のSTの設計はWeb3・クリプト業界から見ると、少し異質かもしれません。というのは、発行会社が投資家からトークンを取り上げ、別の投資家に付与できる設計となっているからです。
クリプトの設計思想にはCode is Lawの精神があると思っています。コードで書かれたことこそが「法」であり、コード上でAさんからBさんにトークンが移転されたらそれが正しいし、秘密鍵が盗まれたらそれはお前の管理が悪いし、DeFiがハッキングされたらコードを読まなかったお前が悪い。Don't Trust. Verify.の精神です。
しかしながら、金融の観点から言えば、最も重要なことは「適切な方法で、必要なところに必要な金が融通されること」であり、そのためには、コードが読めようが読めまいが、誰もが安心して投資を行える環境の構築が重要です。その時に重要なのが法です。
コードと法を比較すると、法は圧倒的にフレキシブルです。
大和証券で他社と契約書を結ぶときに、「重大な過失があったら損害賠償を行う」といった文言を書くのですが、コードの観点でいえば、この文章は「重大」の定義がないので、ナンセンスです。しかし、法の観点でいえば、何かが起きたときに、その過失が「重大」かどうかはあとで裁判所が決めればいいので、これで十分です。この、コードにはない良い意味でのいい加減さ、あとで状況に応じて適切に判断すればよい、というのが法の強みです。
すでに法が整備されている証券、STの世界で、この力を使わない手はないと考えており、本POCでも不正に移転された場合には、法的にそれを認めず、STを元の状況に戻すようにしています。もしも、その発行体の行為に不満があるのであれば、それもまた裁判所に訴えるなどして、法の力で戦えばよい、というわけです。
あくまで重要なのは、安心して投資を行える環境の構築であり、法が主で、コードはその記録を残すための手段に他ならないという考えを本POCでは採用しています。ここにクリプトと証券の発想の違いが表れていると言えます。
4. パブリックチェーンSTはプライベートビーチ??
今回のPOCを、とある記者の方に説明したところ、「要は、パブリックチェーンが海で、パーミッションドチェーンがプール、今回のPOCはプライベートビーチなわけですね?」と言われて、さすが記者は表現がうまいなと思ったのですが、まさに、今回のPOCはそういう話です。
海にはつながっているが、サメは来ないし、溺れたらセーフガードが来てくれるというプライベートビーチ。では、海につながる意味はどこにあるか?
パーミッションドチェーンとパブリックチェーンの比較は以下になります。
これを見ると、スケーラビリティ、ガス代、プライバシーなどパーミッションドチェーンには利点が多く、パブリックチェーンの意義は小さいようにも見えます。
しかしながら、パブリックチェーンには、暗号資産やNFTといった既存のパブリックチェーン上に存在するトークンとの相互運用性という最大のメリットがあります。
これによって、パブリックチェーンにおいて日々進化するエコシステムと、そのダイナミズムを取りこみやすいという点が大きいと、私は考えています。
プレスリリースにも記載しましたが、例えば、パブリックチェーン上に発行されたSTの保有者に対し、利払いや優待としてパブリックチェーン上で発行されたステーブルコインやNFTを付与することは簡単にできます。しかし、これをパーミッションドチェーンで行うと、付与されたステーブルコインやNFTはパーミッションドチェーン内のものであるため、利用のためにはパーミッションドチェーンに接続できる専用のアプリケーションを準備しなくてはいけません(クロスチェーン技術を活用してもいいですが、ちょっと大変)。
今は法律が追い付いていないので、既存のDeFiで今回のSTを取引するのは難しいですが、将来的には暗号資産もSTも同じDeFiで取引ができるようになるかもしれません。
もっと奇妙なアイディアだと、保有しているSTに応じてキャラクターの強さが変わるブロックチェーンゲームを誰かが勝手に作ることもできます。
私がこのゲームの例えが好きなのは、STの発行体も、それを販売した証券会社も、そんなことを望んでいないのに、勝手にゲームに利用されてしまう点がWeb3的だなと感じるからです。Web3の世界では、データベース作成者が望んでいないのに、トークン保有者が望めば、勝手にそれを参照されて利用されてしまう。これこそが既存の企業にとってのWeb3の怖さであり、同時に面白さであると思っています。
5.残された課題と今後の展望
法的な課題はプレスリリースに記載しましたので、そちらを参照いただくとして、技術的には、パブリックチェーンのスケーラビリティ、ガス代、プライバシーは、やはり問題です。
最近では、イーサリアム以外の選択肢やLayer2などの技術発展もあり、スケーラビリティ、ガス代については、徐々に問題が解消されそうに見えますが、実用の観点からは、まだまだです。既存の有価証券の世界では、保管振替機構や東京証券取引所がサービスを提供しており、コストはかなり低く抑えられています。これらと比較すると、パブリックチェーンは相当見劣りします。
また、プライバシーについても、既存の有価証券取引では、投資家は自分の手の内を明かしたくないのが普通であり、この点についてもパブリックチェーンは論点が残ります。
とはいえ、証券会社に身を置くものとしては、Web3という大海の荒々しさと豊かさに恐怖と共に魅力を感じていまして、沖を見ながら砂浜でプライベートビーチの整備に勤しんでいます。
今後も、大和証券とFintertechは協働しながら、Web3と有価証券の融合、いいとこどりを目指していこうと思っておりますので、ご期待いただければと思います!