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ナイスエイジングのすすめ(3)

映画 ぼけますから、よろしくお願いします。見てきました!

私が住む町の町民ホールで、上記映画の第1部の上映会が開かれたので妻と共に見に行ってきました。
今まで 自分の身近にはっきりと認知症と診断されるような人がいなかったし、自分たちの将来のための勉強という意識もあって、とても興味深く見せて頂きました。

映画は主人公ご夫妻の娘さんが撮影し制作されたもので、ご両親の感情の揺らぎや激しい嘆きの場面も含むやり取りが生々しく撮られており、私自身がご家族の一員になったような気持ちで感情移入して見ることが出来ました。

感想1認知症が避けられなくても、受け止め方は変えらっれる。
この映画を見てまず思ったことは、いくら生涯健幸を目指し、老化しにくい生き方を目指していても、やはり徐々にボケが進んだりアルツハイマーにかかる可能性は否定できないなあ、ということでした。

しかし、認知症やアルツハイマーが避けられない場合でも、それを本人や周りの人たちがどう受け止め、どう付き合うかは選べるし、ナイスエイジングという観点からは、そこがポイントになるなと思いました。

例えば・・・
いつも几帳面に料理を作り、洗濯もすすぎは全部自分の手でもむなどルーチン通りにきっちりきっちりやり続けてきた主人公のお母さんは、認知症でそれをやれなくなった自分に怒り、嘆き、人に迷惑をかける自分が許せない!自殺するから包丁を貸せと泣き崩れます。

長年自分の生き方を支えて来た正しさや あるべき自分という基準をいつまでも頑固に持ち続けていると、そうでない部分が増えるにつれ、生きることが辛くなり、やがて人に迷惑をかけ続けるダメな自分を見続けるくらいなら死んだ方がましだと思いだします。そしてやがては、潜在意識のサポートで、その思いを死ぬことか、より完璧な認知症になることで果たすようになって行くのではないでしょうか。

感想2 心身の機能は 使い続ければ錆びない。
夫婦ともに90歳代でありながらも、お父さんは認知症ではありません。
なぜお母さんと大きな差が出たのか、映画から推察してみました。
お母さんは、暮らしのルーチンを忠実にこなし、人に迷惑をかけないことを良しとして生きてきました。言うならば、マイペース。毎日、型通りで生きられる堅実な生き方を長年守って来ておられます。

一方映画の中のお父さんは、いつ見ても新聞や本を熱心に読んだり、赤線を引いたりしておられます。95歳になっても、新しい情報を吸収したり、考えたりしておられるようで、ボケを感じさせない言動が印象的でした。


このお父さんの事例から推定すると、毎日何か新しい情報や考え方を受け取り、それにどう対応するのが良いのか考えて置こうとすると、脳は「毎日新しい情報が入って来るなあ。ボーッとしていると着いて行けなくなるぞ!」とばかり、思考能力を目覚めさせておこうと努力し始めると考えられます。
若い時から、ずーと毎日読書や新聞のチェックをやり続けて来たお父さんの脳は、老化の速度が極めて遅くなり、認知症にもなっていないのではないでしょうか。

そしてこのお父さんの場合は、お母さんの認知症の介護をする中で、「お母さんを見守り介護し続けるのは自分の役割だから、自分がぼけている暇なんかないんだ。」という思いが強いように見えました。この思いも、お父さんの心身の老化を食い止める意識として働いているに違いないと思います。

ナイス・エイジングのポイントの一つは、脳も体も使わないと錆びるし、反対に、新しいことやハードなテーマにチャレンジするようなことをやろうとすると、心身共にそれに対応しようと無意識レベルでも準備し始め、若返りホルモンを分泌したりするので、若さが持続するということなのです。

このように、無意識(潜在意識)が心身の活性化や若返りの必要性を受け止めると、あなたの心身はそれを現象化してくれるのです。
あなたが、このような意識と心身の関連を受け入れ、信じさえすれば・・・まさに「念ずれば花開く!」なのです。


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