超霊媒師

 夏は嫌な夢を見る。これは毎年毎年毎年毎年、同じことで。夏の間、もうちょい正確には7月の頭から9月の2週目くらいまでは、ほぼ毎日うなされるような悪夢を見る。
「いやになっちゃうよ、ホント……」
「なにがですかー?」
 休憩に入ってきた後輩の山口が、ひとりごとを聞いて声をかけてくる。溜まったストレスから、無意識に声が出ていたらしい。
「悪夢だよ、悪夢」
「ああ、例のアレですか」
「そう、今日も起きたら汗だくでさ。全然疲れとれないのよ」
「大変っすねえ。お祓いでも行ってきたらどうですか」
「お祓いねえ……そういうの、なんかなんとなく信じられなくてさ」
「まあそうですよね。今の時代、お祓いなんて時代錯誤だって思いますよね、普通」
 そう言うと山口は、スマホの画面をこちらに向けてきた。画面には、黒く爛れた皮膚らしきものが映っている。
「なんだこれ?」
「俺の背中です、去年の」
「これ火傷か?結構重度だろこれ」
「いやこれ、火傷じゃないんですよ。なんか痒いなあと思って妹に見せたらこうなってて」
 やばかったんすよねえ、とつぶやくと、山口は缶コーヒーを一口飲んだ。
「なんか祟られちゃったらしくて。妹の友達がいい霊媒師知ってるっていうからなんとなく見てもらいに行ったら」
「行ったら?」
「なんか変なお経唱えられて、それで消えたんですよ。この火傷みたいなやつ」
「嘘くさいなあ」
「嘘みたいだけど、嘘じゃないんですよ」
「なんか雑じゃない?展開が」
「そんなもんすよ、人生なんて」
「畳み方も雑だなあ」
「でもマジで良かったですよ、消えて。僕も背中にこれが出る前よく悪夢見ましたし、先輩もどっかにこういうの出てるんじゃないんですか?」
「でも別に痒くないしなあ……見る?」
「見ますよー、見てみたい」
「多分何もないよ。あってもニキビくらい」
 ワイシャツを脱ぎ、山口に背中を見せる。
「あの……先輩」
「うん」
「こんなんなんですけど……」
 差し出されたスマホの画面には、赤く爛れた背中が映っていた。

「で、私のところに来たってわけか」
「はい、山口から聞きまして……」
「随分軽そうな霊障だけど……客は客だしな。まあ任せとけ、治してやるよ」
 超霊媒師を名乗る女は、だるそうにタバコを吸いながらそう言った。
「で、具体的にはどのような治療を……」
「あいつの場合は黒くなってたからお経にしたけど、お前はまだ赤だからな。この部屋で私と適当にお喋りしとけば消えるよ」
「ええ……そんなんでいいんですか?」
「私の霊力は相当強いからな。なんなら喋らなくてもいい。私の副流煙を吸ってるだけで、雑魚な霊なんて成仏しちまうよ」
「特別な煙草なんですか?」
「いや、ただのマルボロだけど」
「ええ……相当強いんですね、霊力」
「マジで強いよ、私は」

 それから30分ほど喋りながらチェーンスモークを続けた女は、急に黙ると、横になった。
「どうしたんですか?」
「いや……吸いすぎて気持ち悪くなった」
「そりゃそうでしょ……」
「もういいよ、終わり。除霊終わり。帰ってください、もう終わったから」
「本当に終わったんですか?」
「終わったっつってんだろめんどくせえな。じゃあ上脱げよ上。背中撮るから」
「ちょ、やめてくださいよ!」
「おら!……はい。消えてるでしょ?2000円でいいからそこ置いて帰れ。おつかれ」
「はあ……まあいいですけど。ありがとうございました」

 その晩、変な夢を見た。あの霊媒師が死ぬ夢だ。燃え盛る山の中腹に、遠くて顔は見えないが、確かにあの霊媒師が立っている。音を立てて山が浮き上がり、爆発する。その光景を見て、ああ、あの人は死んだんだと。そう思った。

 翌日、昼に山口とラーメンを食べながら、昨日の話をした。あのおかしな霊媒師の話を。
 すると山口は怪訝な顔をして、
「タバコ?あのおばあさんがですか?」
と言った。
「おばあさん?いって30くらいに見えたけど」
「30?いやいや、妹くらいの孫がいる人ですから、そんな若いわけないですよ」
「じゃあ昨日の女は誰なんだ?」
「さあ?先輩が道間違えて別の家行っちゃったんじゃないんですか?」
「まあいいか。別に重くないアレだったみたいだしな」
「いや、先輩のはだいぶ行ってましたよ」
「え?」
「良かったですね、身代わりになってもらえて」

 結局、それから夏に悪夢にうなされることはなくなった。

 今でもマルボロの箱を見ると、彼女を思い出す。

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