【ラブライブ服飾史シリーズ】ラブライブとニュールック 解放された〝私〟の衣装 C・ディオールが描いた夢

似通った形の二つの衣装

 突然ですが、みなさんは今、何を着ていますか。
 入浴中の方は申し訳ない。家では裸族の方は風邪に気を付けて。
 ただまぁ、大概の人は何かしらの服を着ていることでしょう。
 スーツの方はきっとお仕事中ですね。私服の方は恐らく、プライベートの時間のために好きな服を選んで着ていることでしょう。
 着る服は、その人の気持ち、思想、立場、趣味、状態、あらゆることを視覚化します。
 「ファッションとは一種の言語である」とする心理学・哲学的なファッション研究は枚挙に暇がありません。
 その中でも最たるものの一つがアイドルの衣装でしょう。アイドルの原義は〝偶像〟ですから、アイドルの衣装は自然と象徴的で記号的な意味を帯びていくことになります。それが、アニメの世界から生まれたスクールアイドルなら、なおさらにデフォルメされた存在と化すわけです。
 さて、もう数えきれないほどの衣装が登場しているラブライブシリーズには、当然ながら「ちょっとこれとこれ似てんな」という衣装もいくつかあります。その中でも今回、あたしは以下の二つの似通った衣装に注目しました。
・桜内梨子 『PURE PHRASE』
・三船栞子 『EMOTION』
 これらの衣装の共通項は、そのシルエットにあります。ウエストの高い位置をタイトに絞って、下半身に向かってフレアを出して広げていく。いわゆる砂時計型の形。
 〝女性的〟、〝お姫様〟、〝レトロ〟、〝上品〟といった感想を抱かせる、この形には一つの歴史的な出発点があります。
 それが戦後間もないパリで誕生したスタイル「ニュールック」です。
 生み出したデザイナーは、言わずと知れた伝説のデザイナー、クリスチャン・ディオール(以下ディオール)。
 そう、今日も一流ブランドとしてファッション業界に輝くあの「ディオール」の創始者です。
 このニュールックの誕生は歓喜をもって迎えられ、一方で恨まれ、世界中を震撼させた服飾史の大事件となりました。
 そして、このスタイルに込められたディオールの想いは、不思議とこの三人の想いと重なるところがあるのです。
 これからお話するのは、服飾好きの与太話。
 それでもよろしければちょっとだけ、まずは大昔のパリまでお付き合いください。

『その時、歴史が動いた』のファッション版 ディオール、現る

 1947年2月12日。
 2年前まで続いていた第二次世界大戦の余波は、世界中に残り、戦勝国フランスの首都パリも例外ではありませんでした。
 未だ配給制が布かれ、物資は不足し、贅沢なんて概念は遥か昔に忘れてきた、陰鬱な毎日。
 そんな日に、ファッションの歴史を大きく変えてしまうコレクションが発表されました。
 場所はモンテーニュ通り30番地のサロン。デザイナーはクリスチャン・ディオール、当時42歳。なんと初コレクション。遅咲きの天才が見せたルックは、集まったセレブや記者を震撼させます。
 タイトに締め付けたウエスト、贅沢な生地使いで描かれる優美なフレアボトム、仕立てのいい優雅な帽子。

ニュールックは忘れかけていた優雅なクチュールを復活させた


 先の見えない暗い日々を生きていたパリの人たちにとって、忘れかけていた贅沢で美しく心躍るファッションの姿がそこにはありました。中には感極まって泣き出す客もいるほどの異様な興奮。
 そして、とある記者が叫びます。
 「この服は〝ニュールック〟だわ!」


ニュールックの受容とディオールの想い

 後悔したのはフランスの記者達でしょう。実はこの時、彼らは1ヵ月のストライキ中。取材に行った者は誰もおらず、第一報はアメリカ人たちによって世界へ発信されました。反応の多くはもちろん、大好評。しかし、怒り狂う人間も出てきます。
「この苦しい時期に贅沢な服なんて!」 
 そして
「再び女性を束縛しようとしている!」
 一つ目はわかります。
 しかし、二つ目は?
 これは、洋服史に悪名高いコルセットと関係しています。
 19世紀、女性の服はウエストをきつく締めるコルセットが必須でした。まぁ、着心地はもうク●です。

 


19世紀のコルセット

しかし、ポール・ポワレという革新的なデザイナーによってオリエンタリズムが服に持ち込まれるとコルセットは段々と姿を消していきます。
 決定的だったのはシャネルの登場です。彼女が提案した直線的で丈が短く、活動的な服は女性の装いを大きく変えました。そして始まった世界大戦。女性も工場で働き、ワークウェアや質素な服へと着るものを変えていきます。社会参画という動きと共に。
 ウエストを絞ったニュールックは過去の象徴でもあったのです。
 ただ、あたしはディオールがそういった差別的な意図を持っていたとは思えません。これは彼の出自に端を発するクリエイションでした。裕福な実業家の家に生まれたディオールにとって、優雅な服を着た有閑階級の女性、つまり彼の母との思い出はかけがえのない大切なものだったのです。
 もう一度、女性に美しいクチュールファッションを提供したい。
 戦争の抑圧を吹き飛ばす、ファッションの夢を見せたい。
 むしろ、ニュールックは止まっていた時を動かし、抑圧から解き放つ新しい風でした。
 現に、物資不足が解消されるとニュールックへのバッシングは止み、50年代前半のモードを象徴するスタイルとなっていきます。



ニュールックとラブライブ


 さて、やっとラブライブの話です。
 まずは梨子のソロ曲『PURE PHRASE』の衣装を見ていきましょう。リアルライブで披露されたこの衣装は、ピンクのショートジャケットに、ドットをあしらった共布で仕立てたフレアスカート、レースの手袋とソックス、構築的な帽子はいかにもクチュールの影響を感じさせるニュールックらしいスタイルです。
 これを、梨子というキャラクターと曲の歌詞と重ねてみましょう。
 ピアノを弾けなくなってしまった焦り、閉塞感。そんなものを抱えて沼津へ越してきた彼女は、かけがえのない出会いと経験を通して、もう一度、音楽を愛するようになっていきます。ピアノと音楽は彼女が彼女自身を解放するためのツールになりました。
 そんな梨子が歌うこの曲にも、出会いに感謝して、これから自分を解き放って生きていこうという想いが込められています。
 「知らない世界は独り殻にこもるよりも楽しそうだね」
 抑圧を打ち破る象徴だったニュールックは、閉ざされた気持ちを脱ぎ捨てて、新しく纏う衣装にふさわしかった。
 あたしはそんな気がするのです。

 EMOTIONの衣装も見ていきましょう。
アニメ本編で登場したこの衣装は、レトロ感のある大ぶりのハットから始まり、スパイラルさせたリボン、高い位置で急激に絞ったウエストから大きく丸く膨らませる裾のワンピースという構成。丈はかなり短く現代的にアレンジされていますが、裾の立体的な構造は往時のパリモードのクチュールの要素を拾った、やはりニュールック的な衣装です。
 象徴的に使われる時計のモチーフは言うまでもなく、抑圧していた栞子自身の夢と憧れが動き出した時計の針に喩えられていることを意味します。
 あたしがこのお話をしようと思ったきっかけは、梨子よりも栞子でした。ニュールックをデフォルメした栞子が、止まっていた夢の時計を動かす。それが、47年のパリで美しいファッションの夢の時計を再び動かしたディオールと重なって見えてならなかったのです。

おわりに

 衣装をデザインしたスタッフさんが、こんなことを考えていたかなんて知る由もありません。これはあたしのちょっとした与太話です。
 ただ、あたしは冒頭にこう言いました。
 
「ファッションとは一種の言語である」とする心理学・哲学的なファッション研究は枚挙に暇がありません。

 アイドルの衣装は象徴的で記号的なものです。それは体系的な言語のように多くを語らない分、想像の余地の中では雄弁なのかもしれません。
 「新しい衣装可愛いな」
 そう思った時に、ついでにそれを言語として捉えて衣装と会話してみる。
 そんな楽しみ方もまたいいんじゃないかなと、あたしは思っています。

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