ぼくと痔の四半世紀冷戦

(序)
先日、トイレで大きい方をしたあと驚いた。トイレットペーパーに多量の鮮血が付着していたからだ。
ぐおお、また来たか、という感があった。
発症しては寛解し、寛解してはまた発症し、を延々と繰り返すぼくの痔。
思えばその闘いは実に四半世紀にも及ぶのだった。

(ファーストインパクト)
高校一年の春だった。
教室に先生が入ってきて、ぼくたち生徒は「きりーつ」の号令で一斉に立ち上がる。
「れーい」
「ちゃくせーき」
ぐあああああああああああああああ!!!!!!!
椅子へと腰を降ろした瞬間、ぼくは跳び上がった。
臀部、いや、ぶっちゃけたいい方をすれば、肛門に激痛が走ったのである。
間違いない。痔だ。
あまりの痛みにぼくは冷や汗をかいたが、そこは思春期真っただ中の十五歳、周囲に痔を悟られてはならない。からかわれるに決まっているではないか。
しかし座ると肛門が痛い。
仕方なくぼくはその日を空気イス状態で過ごし、足早に帰宅した。
自宅のトイレで脱糞し、拭いてみると、思いっきり出血していた。大出血である。
病院へいかねば、とも考えたが、やはりそこは思春期真っただ中の十五歳。人に肛門を見られなんて恥ずかしくて耐えられない。病院になどいけるものか。よし、放っておこう。ごはんを食べてよく寝ていれば自然に治癒するだろう、とぼくは楽観的に構えていた。
実際、その頃に肛門から出血したのはその日だけであり、ぼくはてっきり本当に自然治癒したものだと思い込んでいた。
その考えは甘すぎたのだが。
そう、痔とは恐ろしい病なのである。

(謎の呪文チャイナガール)
時は流れて七年後、ぼくはすでに上京し、池袋の辺りにある風呂なしトイレ共同の四畳半というボロアパートで神田川みたいな暮らしをしていた。
ある夜のこと、酔っ払って池袋駅東口の辺りをフラフラと歩いていると、何やら白装束に身を包んだメガネの女の子が街路樹にお札のような何かを貼り、そのお札に向かって手の平を向け、念仏か呪文か知らないが、何かを唱えているのである。
一体なんだろう、何かのパフォーマンスかな、それにしては誰も見ていないな、などと思いつつ観察していると、念仏か呪文か知らないが、唱えるその調子がヒートアップしてくる。
「臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!」
九字護身法か何か知らないが、とにかくヒートアップしてくるその口調。
そしてついに女の子が手の平をなぜかぼくに向けて声を放った。
「派―――――――――――――――――あ!!!!!」
ガチョーンである。
一体どんな呪いとかをかけられたのだろうか。
よくわからんが歩いて帰宅し、翌朝共同トイレで脱糞すると、
またもや大出血だったのである。

(乃木坂トンネル肛門クラッシュ)
それから四年ほど経った頃だろうか。
またも肛門科の門を叩くことなく自然治癒に任せて事なきを得たぼくだったが、肛門に抱えた爆弾はその炸薬を秘匿し、炸裂するその日を静かに待っていたのである。
膝に爆弾をかかえたサッカー選手とか、足首に爆弾をかかえた格闘家とかだったらまだ格好がつくものの、ぼくの場合は肛門に爆弾をかかえたサラリーマンだった。かっこわるすぎて泣けてくるな。
閑話休題。
当時ぼくは六本木に勤めるサラリーマンであり、住居のある吉祥寺から職場のある六本木まで900㏄のカワサキで通勤していた。
日中、都内の一般道はどこも大渋滞である。しかし渋滞に巻き込まれるままジワジワと徐行していたのでは遅刻確定であり、ぼくは車と車の間をすり抜けつつ青山墓地の辺りを快走していた。
まだ若く、倫理観も希薄で交通道徳もクソもないバカ野郎である。延々と続く渋滞に焦れたぼくは空いていた反対車線を逆走しつつ乃木坂トンネルへと進入した。
ところがトンネルの半ばで対向車が現れ、仕方なく走行車線へと戻ったのだが、これがいけなかった。走行車線と対向車線を隔てるセンターラインがなぜか小山のように盛り上がっており、要するにぼくみたいな無法者による無謀な運転を妨げる構造となっていたのである。そこを大型バイクでモトクロスのようにムリヤリ乗り越えたものだから、肛門への衝撃は相当なものであった。問題の箇所に激痛が走り、車体を路肩に寄せてバイクから降りてしまったほどだった。
再び跨って職場まで走り、ぼくはトイレに駆け込んだ。
パンツを脱ぐと、やはり大出血であった。
「またか、ちっ。古傷がよ・・・」
などと呟いてみたが、かっこ悪いことこの上ないのだった。

(肛門ロストヴァージン)
それから二年ほどが経ち、またも病院へはいかず痔を放っておいたのだが、放置しておいて完治するほど痔はイージーな病ではない。
ある夜、古い友人と池袋で飲んでいた。友人は草加の辺りで暮らしており、ぼくはとうに池袋から他の街へと居を移していたが、双方の中間地点にあたるのが池袋だったためにそこで集合し、酒を飲んでいたのである。
十日ほどを通しで働き、互いに疲れていた。そこで友人が、
「マッサージ屋で疲れを癒そう!」
などと提案するのだった。
ぼくも肩や腰が凝り固まっており、賛成した。
そうと決まればダラダラと酒を飲んでいるわけにはいかない。さっさとマッサージ屋へ移動して施術を受けなけば終電が走り去ってしまうのだ。
その友人にいざなわれるままぼくは池袋駅東口方面にあるビルの一室に店を構えるマッサージ屋へと移動したのだが、そのマッサージ屋というのが、その、まあ、ちょっといかがわしい店であった。
マッサージ店になどいったことのなかったぼくは「こんなものか」と思いつつマッサージ嬢にいわれるがままシャワーを浴び、パーティションで区切られた簡易的な個室で横になった。いくらか酔いが回っていたのもあり、このまま少し眠ってしまおうかとも思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
うつ伏せになったぼくの体をマッサージ嬢(中国人)の両手がまさぐってゆく。
そしてその手が下半身へと至り、なぜかぼくの股間から肛門にかけての辺りを愛撫するのだった。
「???」
マッサージ嬢の手はやがてピンポイントでぼくの肛門を刺激するようになり、そしてついに、ぼくは指で肛門を掘られてしまった。
「グエエエエエエ――――――――――――――!!!!」
激痛である。断末魔の叫びと思って頂きたい。
もちろん大出血であった。
マッサージ嬢がドン引きしていたのはいうまでもない。

という具合で、ぼくの痔は一進一退を繰り返している。
病院へいけ、という意見もあるのだが、うーん、肛門科って、なんかこう、恥ずかしいではないか。
あれはきっと肛門を見せなければならないのだろう、と想像する。
そんな趣味はない。
そして肛門科医のぶっとい指で・・・、
冗談じゃねーよ。

(了)

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