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彼岸過ぎに

 九月も半ばを過ぎたが、大神村にはまだ夏の気配が漂っていた。秋神花楓は冷たく澄んだ川の水で足の痛みを和らげていた。川底の砂礫の感触はときに痛々しくも快くもある。腰を掛けている桟橋からは、古い木材の頼りない音が響いていた。

 昼間、村の者から投げつけられた数個の石は、花楓の足と頭に強く当たった。右のこめかみ辺りがまだ腫れていた。

 花楓は、ふいに桟橋に立ち上がり、勢いをつけて川の中に飛び込んだ。大きな水音は岸壁に跳ね返り、空の中へと吸い込まれていった。

 浅い場所であったため、頭を川底に打ち付けたが、投石に比べれば、痛みはさほど感じなかった。少しふらつきながらも起き上がり、水の中に佇む。頭上の雲は青空の高いところを棚引いていた。花楓の起こした波紋はすぐに消え、川の水は流れを変えず続く。

 生暖かい風が花楓の茶色い髪になびいた。土の香りがまとわりつく。砂利道に照りつける陽射しはその奥の景色を揺らめかせていた。村と外界を隔てる門が陽炎の中に浮かぶ。

 花楓はぼんやりとこれからのことを考えていた。水面に映る顔は少しも笑っていない。

 何ができるのか、何をしなければならないのか。

 川は浅く深く蛇行しながら、いくつかの橋を越えて、やがては海へと辿り着く。唯、流れているだけ、流されていくだけの川は、なにか花楓には自身と同じ様なものに思えてきた。


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