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城への途上

 カルパチア通信の記者、エル・カタルジュが森の外れにある宿に辿り着いた時には既に太陽は沈んでいた。さほど珍しくもない石造りの古い建物は夜に溶け込み、暗い中に窓から見える暖炉の火だけが目印になっていた。

 本心ではもっと明るい時間帯に来たかったところだが、これから会いに行く相手を考えればやはり夜の方が望ましかっただろう。

 居城への道中は複雑な獣道を通る必要がある。この宿に迎えを送るから待っていてほしい。最後に受けた手紙にはそう記されていた。

 宿の中は狭い。いまは改築中らしく、増床の計画があるようだった。ホールには待合の椅子が何脚も用意されていた。椅子の形はさまざまで、いかにも急拵えで置いた印象があった。これは宿泊客のためのものとは思えない。宿の主人に訊いてみると、「城を訪れる方が増え始めていましてね。皆さんその椅子に座ってじっと待っているんですよ。ここで食事をしてから向かう方もいらっしゃいますよ。あの御方のお陰でうちも流行りはじめましてね。何が起こるかわからないものです」という。皆、旅の果てにこの宿に立ち寄り、静かに城からの迎えを待つのだろう。人生の終着点からの迎えを。……

 特に空腹というわけではなかったが、宿の主人がしつこく大蒜料理を勧めてきたため、やむなくそれを頼むことにした。確かにここで何か食べておかなければ、朝まで食事にはありつけそうもない。それにしても大蒜とはお誂えむきである。

 食堂は石造りそのままの壁に雑多な飾り物を施した殺風景なものだった。席数は多くない。この食堂もいずれは大きくするつもりだろうか。

 エルはナプキンを広げて料理を待つ間、城主からの手紙を読み返した。細く流麗な女性らしさの感じられる筆跡だった。


「親愛なるカタルジュ様

 わたしへの取材とのこと、大変驚きましたが、うれしく存じます。ですが、わたしの行いについてお答えできることはそれほど多くはありません。

 それでも差し支えないようであれば、取材をお受けいたします。

 生憎ながら、城にはあなた様の召し上がる食事の用意もない故、当日はワイン程度のディナーになることをお許しください。……」


 悪魔とまで呼ばれ恐れられた存在にしては、細やかな気配りの感じられる内容である。近頃世間で救世主と騒がれている人物、──正確には人ではない。相手は吸血鬼だった。

 死を望む人間に安寧の慈悲を与える。このような噂が世に流れるようになってから二か月ほどが過ぎていた。医師会の中には究極の医療行為と持て囃す者まで現れた。教会もさすがに見過ごすことはできず、ついに数日前、精鋭揃いの教皇騎士団を討伐に派遣するに至っていた。

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