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【温故知新】創業者の遺した言葉を咀嚼・吸収してみる♪(13/30)

縁あってこの会社に入って、創業者が遺した多くの(多すぎるかも 🤔)言葉に触れた。私自身はそうでもないが、社員の多くの方はその言葉に心から共感していて驚いた。
折角なので、これらの言葉を私なりに&今の時代に照らすとどういう事なのかを考えてみる。それは私がずっと日系企業かついわゆる大企業と仕事をしている理由かも知れないが、日本はもともと創業者含めイノベーティブな起業家や企業が多く存在し、世界の生活を豊かにすることでさらに成長してきたのに今はそうできていないのはなぜか?もっとできるのではないか?に挑戦し続けているから。

ネタはここから。では、13個目。

「見えざる契約」
今日、何千万人という需要者の方がたは、生活を豊かにしていくために物が欲しいというとき、それが現実に手に入らなければ、非常に不自由な思いをせざるを得ないでしょう。私たちはあらかじめそういうことを予期して、万般の用意をしておかねばなりません。それはいわば、私たちと大衆との見えざる契約だと思うのです。

別に契約書があるわけではありませんが、私たちはこの見えざる契約、声なき契約をよく自覚する必要があります。そして、その契約を遂行していくために、常日ごろから万全の用意をしておくことが、私たち産業人に課せられた、きわめて大きな義務であり責任だと思うのです。

松下幸之助 30の言葉

ここ数年私が所属する企業も含め日本企業で過去に類を見ないような不祥事、特に品質や消費者との信頼関係を損なう事件が起きてますね。いろいろな法令や倫理などがとかく声高に言われるようになったと言われてますね。「不適切にも・・・」のドラマでも昭和時代の当たり前と今の当たり前のGAPを面白く見せているみたいですね(←見てませんがw)
創業者はそんな事は強制されてやるものではなく、産業人たるもの当たり前に万全の用意をしておく義務と責任があると言っています。ここで重要ではないかと思うのが、この「用意」ということです。

どんな事業にもリスクや不確実性はあります。それに対してベストを尽くして対処・準備しているか?ということです。リスクが大きいから必ずしもやらないという事ではありません。逆にそんなことでは新たな価値を世の中に提供する事なんてできないですし、企業や事業として成長することもできないでしょう。

法令や倫理などが制定されると、人はそれに従っていれば、その範囲内に入っていれば問題ないと思考停止しがちです。特に日本企業や日本人はよく「法令や倫理のグレーゾーン=やってはいけない領域=黒と考える保守的な人たち」なんて言われます。逆に言えば、白の領域は思考停止してもやれる領域であり、そこしかやったことのない人は「用意」できなくなってしまうかも知れません。なぜなら、「用意」しなくてもうまくいくことが多いし、「用意」しても使わないことが多いと形骸化しがちです。皆さんも日々の生活、企業活動のみならず普通の日常においても、改めて考えてみると「なんでこういうルールなんだ?」とか「この手続きは何のために必要なんだ?」って思う事あるのではないでしょうか?

良い悪いではなくあくまでも事実として少し事例を。
日本のように高度に交通ルールが用意され、優れたインフラが存在している状況においては、「青信号になったら全速発進」していいわけです。もちろん程度問題はありますが、許されてます。一方でまだまだ交通ルールもインフラも未熟なインドで同じことをやるとどうなるか?まぁかなりの確率で事故すると思います。一方で彼らはある意味で調和交通をしてるんですね。交通ルールを遵守してるか?と言えばしてないですね。でも、いろいろな状況に「用意」しながら判断・行動している。前者の場合、例えば信号が故障してしまうと一気に混乱が起きるでしょう。法令が「信号が故障した時」についてどう規定しているか?熟知している人は少ないと思います。

道路交通法36条(交差点における他の車両等との関係等)車両等は、交通整理の行なわれていない交差点においては、次項の規定が適用される場合を除き、次の各号に掲げる区分に従い、当該各号に掲げる車両等の進行妨害をしてはならない。
一 車両である場合 その通行している道路と交差する道路(以下「交差道路」という)を左方から進行してくる車両及び交差道路を通行する路面電車
二 路面電車である場合 交差道路を左方から進行してくる路面電車
車両等は、交通整理の行なわれていない交差点においては、その通行している道路が優先道路(道路標識等により優先道路として指定されているもの及び当該交差点において当該道路における車両の通行を規制する道路標識等による中央線又は車両通行帯が設けられている道路をいう)である場合を除き、交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、当該交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない。
車両等(優先道路を通行している車両等を除く)は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、徐行しなければならない。
車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。

道路交通法

もちろん、インドにも類する法律はあるはずですし、それを皆が守っているなんて思っていません。ポイントはそこではなく、法令や倫理が明確になればなるほど、そしてそれが日常的に当たり前になっていると人は考えなくなる、ということです。考えなくなると、少しの変化や異変に対して鈍感になり、「用意」しなくなるのです。創業者はその事を懸念して法令や倫理などのいわば「見える契約」を超えてお客様との間に「見えざる契約」があると説いたのではないでしょうか?

ってここまで書いてこんな逸話を見つけました(笑)

"見えざる契約"について、幸之助は「峠の茶屋」の話もよく例として話している。

人里離れた、ある峠の茶屋にひとり暮らしをしている老女がいた。いつも朝は早くから起きて、毎日きちんと店を開け、いつでもお茶が出せるように準備している。

旅人が来る来ないに関係なく、老女は必ず店を開けていたので、この峠を越える旅人たちは、いつとはなしに、この茶店で一服するのを一つの習慣とするようになり、老女もまた、茶店の存在が旅人たちに安心と喜びを与えていることを、この上もない喜びとするようになった。

幸之助は一人の老女と多くの旅人たちとの間に、あたたかい"見えざる契約"がとりかわされているというのだ。

契約とは言いながら、この問題の本質は、自分の事業や仕事のやりがいは、私心に依った欲望ではなく、社会における存在意義を高めることにある。

銀行重役を絶句させた松下幸之助の「分かりません」の意味@The 21 ONLINE

次回は、「共存共栄」を消化してみます♪
では、また~

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