令和6年司法試験 民法 再現答案

設問1 小問(1)

1.小問アについて

(1)A は、甲土地の所有権(民法204条)に基づき、C に対し、甲土地上の乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを請求する。A は、甲土地の所有者であり、C は乙建物を所有して甲土地を占有しているため請求原因はある。

(2)ア 反論㋐は、B C 間で締結された甲土地の賃貸借(601条)である契約①に基づき、甲土地の占有権原を主張するものである。

イ まず、契約①は、甲土地の所有者A に無断で、B が、甲土地をB C 間で締結されたものであり、他人物賃貸借である。このような契約も当事者間においては有効であるが(561条参照)、土地所有者であるA を拘束するものではない。
 なお、契約①は建物所有目的の土地賃貸借契約であり、借地契約(借地借家法1条1号)である。そして、C は、甲土地上に乙建物を築造し、建物について所有権保存登記を備えており、借地権の対抗要件がある(借借10条1項)ものの、対抗要件は、土地所有者にすら対抗できない借地権を有効ならしめるものではない。

(3)ア もっとも、他人物賃貸人であるB は死亡している(882条)。そして、A は、B の親(889条)であって唯一の相続人であり、B の地位を包括承継している(896条)。そうすると、A は、B の契約①に基づく賃貸人としての義務を承継しているのではないか。

イ B は、A の代理人として行動したわけではないが、権利のない者が他人の財産を処分しようとする点で、無権代理人と類似し、本人が無権代理人を相続したのと同様の状況にある。そうすると、A は、無断で締結された契約①の追認拒絶権(116条類推)を有する。そして、本人が無権代理人を相続した場合、無権代理人と本人の地位は併存し、本人固有の地位に基づいて追認拒絶権を行使できる。本人は無権代理人の責任(117条)も相続するのであるが、追認拒絶を認めた以上、契約の履行責任を負うことはない。

 したがって、A は、契約①の追認を拒絶でき、C は、契約①の効力をA に主張できないから、反論㋐は認められない。

2. 小問㋑

(1) 下線部㋑の主張は、甲土地について留置権(295条)を主張するものであると考えられる。

(2)ア 甲土地はA の所有物であり、「他人の物」である。そして、C は、甲土地を占有する「占有者」である。

イ 留置権は、目的物を留置することによって心理的圧迫を加え、債務者の弁済を促す点にその本質があるから、「その物に関して生じた債権」というためには、目的物と関連し、債権発生時の債務者と明渡し請求権者が同一でなければならない。

 本件では、契約①において、甲土地の使用収益が不可能になった場合の損害賠償額を300万円と予定する旨の特約が付されていた。そして、甲土地はの使用収益は、A が明渡しを請求したことにより不能となっているから、C は、本件契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条1項)を取得することになり、甲土地と関連する債権を有している。

 そして、当該債権は、A がC に甲土地の明渡しを請求したことによって生じており、A は、B の賃貸人としての地位をも相続しているのであるから、当該履行不能による損害賠償の債務者はA である。A は、本人として契約①の追認を拒絶することができるのであるが、契約から生じる損害賠償責任を免れることはできない。

 したがって、明渡し請求権者も債務者もA であるから、「その物に関して生じた債権」がある。

ウ そして、当該債権は期限の定めのない債務として履行請求時から遅滞に陥る(412条3項)。C は、留置権を主張しているから、「債権が弁済期にある」。

エ また、契約①もB C 間では有効なものであるから、「占有が不法行為によって始まった」(295条2項)ともいえない。

(3) したがって、留置権が成立し、反論㋑は認められる。

設問1 小問(2)

1. 小問ア 請求2の成否

(1) 請求2は、D が、A に対し、不当利得返還請求権(民法703条)に基づき、令和4年8月31日に支払った9月分の賃料の一部の返還を求めるものである。

(2) D は、9月分の賃料を支払い、「損失」がある。そして、これによって、A はそれに対応する額の「利得」を得ている。それでは、これに「法律上の原因」がないといえるか。

(3) DA 間では、乙建物を賃料月額12万円で賃借する契約②が締結されており、上記支払は当該契約の賃料債務の履行としてされたものである。もっとも、賃貸借契約においては、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用収益できなかったときは、不能の割合に応じて賃料が当然減額される(611条1項)。

 本件では、令和4年9月11日、乙建物の一室である丙室で雨漏りが発生し、同日以後丙室は使用不能となっていた。そして、当該雨漏りは、契約②が締結される前から存在した原因によるもので、「賃借人の責めに帰することのできない事由」によるものである。したがって、同項により、契約②の賃料は、使用不能の割合に応じて当然減額される。そうすると、9月分の賃料のうち、減額部分については、対応する債務が存在しないから、この部分については「法律上の原因」がない。

(4) したがって、請求2は認められる。

2. 小問イ(請求3)

(1) 請求3は、D が、本件雨漏りを修理するために支出した費用30万円につき、必要費償還請求(608条1項)をすることになる。

(2)ア まず、A としては、本件修繕工事について、賃借人による修繕(607条の2)の要件を満たさず、必要費償還請求は認められないとの反論が考えられる。

イ 確かに、本件修繕に際し、D は、A に対して何らの通知もしておらず(1号不充足)、また、当該修繕をする急迫の事情もなかった(2号不充足)。したがって、607条の2の要件は満たさない。

ウ もっとも、必要費償還請求は、不当利得の特則として、修繕等による費用を賃貸人に負担させるものであるのに対し、607条の2は、賃借人の用法遵守義務(616条、594条1項)を具体化するものであって、別個の制度である。これに違反しても、債務不履行として、解除原因を基礎づけるにとどまり(民法541条)、607条の2の要件を満たさなければ必要費償還請求ができないものではない。

 したがって、A の反論は失当である。

(3) 次に、A は、本件修繕の適正な報酬額は20万円であり、30万円の請求は過大であると反論する。

 民法608条1項が不当利得の特則として認められたことからすれば、その額は賃貸人が利益を受ける限度にとどめるべきだから、「必要費」とは、賃借物の使用収益を継続するために必要な限りの費用を言うものと解する。

 本件30万円の支出は、D が、E に雨漏りを修繕する本件工事を行わせたことの報酬として支払われたものであるが、本件工事を行うについて適正な報酬額は20万円であった。そうすると、使用収益継続に必要なのは20万円に限るというべきであり、残りの10万円については「必要費」にあたらない。

(3) したがって、請求3は、20万円の限りで認められる。

設問2

1. 請求4は、I が、丁土地の所有権に基づき、同土地を占有するF に対し、明渡しを求めるものである。

2.(1) まず、I は丁土地の所有権を取得しているか。

(2) 丁土地は、当初は、G が所有するものであったところ、令和5年12月5日、G は、離婚に伴う財産分与として、本件土地をH に譲渡している(契約③)。そして、I は、令和6年1月10日、H から、丁土地を2000万円で買い受けている(契約④)。もっとも、契約③は、令和6年1月15日、課税について誤解があったとして、G は、H に対し、これを取り消す旨の意思表示をしているから、I は所有権を取得できないのではないか。

(3) まず、契約③の錯誤取消(民法95条1項)が認められるかにつき、G は、本件土地の贈与にあたり、G ではなくH に課税されると考えていたが、実際にはG に課税されるものであったから、「基礎とした事情」についての「錯誤」(95条1項2号)がある。そして、公租公課の負担についての錯誤は、「社会通念に照らして重要」(95条1項)である。

 2号の錯誤については、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」ときに限り取り消せる(2項)。G は、G ではなくH に課税されることを心配してそのことを気遣う発言をし、錯誤について表示があった。また、H は、「税金はなんとかするから大丈夫」と返しているから、当該事情は法律行為の基礎となっていたといえ、2項も満たす。当該錯誤が「重大な過失」に基づくとも言えない(3項)。よって、錯誤取消の要件は満たす。

(4) もっとも、I は「第三者」(95条4項)にあたらないか。

 同項は、取消の遡及効によって損害を被る者を保護したものであり、「第三者」とは、取消前の第三者をいうと解される。

 本件では、D は、令和6年1月10日に契約③を結び、取消前に丁土地を取得した。そして、I は、契約③についての錯誤があったことを知らず、そのことに過失がなかったから、「善意でかつ過失がない」といえ、95条4項の「第三者」にあたる。よって、G は、錯誤取消の効力をI に対抗できないから、I は丁土地の所有権を取得できる。

3. 錯誤取消の効力をI に主張できない結果、丁土地について、G からI に直接譲渡がなされたことと扱われる。そして、丁土地は、契約③の取消後にG から、F にも譲渡されているところ、これは、G を中心とした二重譲渡関係が生じたのと同視できる。よって、I F 間の優劣は、登記の先後によって決すべきである(177条)。

 本件では、I もF も丁土地の登記を備えていない。よって、F は、I の請求に対し、I が登記を具備するまではF を所有者と認めない旨の抗弁を提出し、請求を拒むことができる。

4. よって、請求4は認められない。

 


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