令和6年司法試験 刑訴法 再現答案

設問1 本件鑑定書の証拠能力

1. 証拠収集手続に違法がある場合、収集手続の違法は証拠の性状等に影響を及ぼすわけではないから、実体的真実主義(刑訴法1条)の見地から、直ちに証拠能力を否定することはできない。もっとも、違法収集証拠の証拠能力を無制限に肯定すると、将来の違法捜査を招き、適正手続の保障(憲法31条)に反し、司法の廉潔性を害する恐れがある。よって、①証拠の収集過程に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、②将来の違法捜査の抑止の観点から、証拠を排除することが相当といえる場合に、違法収集証拠の証拠能力が否定される。

2. まず、本件鑑定書の作成に先立つ証拠収集に違法はあるか

(1) P は甲に対する職務質問(警職法2条1項)を実施している。職務質問は、「異常な挙動」等から、「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由」がある者に対して行える。

 P は、H 県I 市内の本件アパート2階の201号室を拠点とし、覚醒剤の密売が行われているとの情報を得て、本件アパートに赴いていた。その際、同室から出てきた人物は、I 市内の路上に向かい、そこで、左手に本件かばんを持っていた男性(甲)と接触し、本件封筒を甲に手渡し、甲はこれをかばんにしまった。このような行為は、違法薬物の取引においてよく見られる態様のものであり、P が事前に得ていた上記情報と併せて、甲が、覚醒剤の取引等の犯罪を犯したことを「疑うに足りる相当な理由」があるといえる。

(2)ア そして、P が、甲に対する職務質問を開始し、甲に対し「封筒の中を見せてもらえませんか」と述べたところ、甲はその場から逃げ、これを追いかけて前方に周りこんだP は、本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中を覗き込みながら在中物を手で探って注射器を発見している。これは、職務質問に付随する所持品検査として許されるか。

イ 警職法上、職務質問に際して所持品検査を行うことを認める明文の規定はないが、職務質問に付随する行為として所持品検査も認められると解する。これは、「その意に反して」されることはないという職務質問の性質(警職法2条3項)から、相手方の承諾あることが原則となる。承諾がない場合であっても、犯罪の予防・鎮圧等の所持品検査の目的の実現を実効的なものとする必要があるから、所持品検査が一切認められないわけではない。しかし、刑訴法が、捜索について厳格な手続を課した(刑訴法219条1項)ことから、所持品検査は、①捜索に至らない程度の行為であるといえ、かつ、②相手方の受ける不利益と、所持品検査の必要性とを較量して、相当と認められる限度にとどまるといえる場合に、認められる。

ウ 「捜索」(刑訴法219条1項)とは、相手方の意思に反し、証拠となる物・人等の発見を目的としてプライバシーを侵害する強制処分をいう。甲は、封筒の中を見せてほしいとのP の申し出を受け、逃走しているから、P の行為は、甲の意思に反するといえる。
 そして、甲は、プライバシー権(憲法13条)の一内容として、本件かばんの中身を把握されないという期待を有していた。本件かばんは、チャックで施錠されたものであり、そのような期待の要保護性は高い。それにもかかわらず、P は、本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中を覗き込みながら在中物を手で探っている。これは、覚醒剤取引の証拠物を発見することを目的とし、かばんの中身を視覚的にも触覚的にも明瞭に把握することのできる行為であり、甲のプライバシーを侵害する度合いが非常に高い。そうすると、P の上記行為は、甲の意思に反し、甲のプライバシーを高度に侵害するものとして、捜索に至ったものというべきである。

(3) 仮に、これが捜索にあたらないとしても、上記の通り、P の行為は甲のプライバシーを強度に制約するものである。甲は、覚醒剤取締法違反の前科があり、職務質問の際、甲が以上に汗をかき、目をキョロキョロさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示していたことから、甲が覚醒剤を所持しているという嫌疑が濃厚であったこと、甲が突然逃走するなど、不審な挙動を示していたことから、甲に対する一定の捜査を行う必要があったことを考慮しても、甲が受ける不利益が非常に大きく、P の上記行為が相当性を有するものであったとはいえない。

(4) よって、P の行為は、所持品検査として許されるものではなく、これを所持品検査として行っている点で違法である。

3.(1) もっとも、本件鑑定書は、上記所持品検査によって直接取得されたわけではなく、所持品検査の状況を記載した捜査報告書を疎明資料とし、本件かばんの捜索が実施され、そこから発見されたポリ袋入結晶を鑑定したことによって作成されたものである、このように、違法な手続と証拠の取得との間に複数の手続が介在している場合には、㋐先行手続の違法の重大性、㋑取得された証拠の重要性、㋒先行手続と証拠との関連性を考慮し、排除相当性を判断する。

(2) 確かに、本件鑑定書は、甲が覚醒剤取締法違反(所持)の罪を犯したことを立証し得る唯一の証拠であり、その重要性は非常に高く、実体的真実主義(法1条)から、これを容易に排除することはできない(㋑)。

 もっとも、上記の通り、本件所持品検査は、本来捜索である行為を所持品検査として行っている点で、それ自体、令状主義の精神を没却する重大な違法がある(㋐)。さらに、下記捜索を実施するにあたって、P は、所持品検査の実施経緯および、それによって本件かばんから注射器が発見されたことを報告する捜査報告書①②を裁判官に提出しているが、P は、P が本件かばんに手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことを記載していなかった。当該事実は、所持品検査の適法性を判断するにあたって非常に重要な事実であるにもかかわらず、これを記載していないのは、P が違法捜査の事実を糊塗しようとしている意図を有していると推認させる。このような場合には、将来の違法捜査を抑止する必要性が高く、証拠排除の必要性が高まる。

(3) また、本件所持品検査と鑑定書の間には、令状裁判官による審査を経た本件捜索が存在し、違法捜査と証拠との関連性(㋒)が薄いとも考えられる。しかし、上記の通りP は所持品検査における重要な事情を隠しており、令状裁判官がこの点について審理しておらず、令状審査による関連性の希釈があるとはいえない。さらに、本件捜索は、上記違法な所持品検査の内容を記載した捜査報告書を疎明資料として行われており、捜索によって得られた結晶を鑑定して本件鑑定書が作成された。そうすると、所持品検査、捜索、鑑定の手続は、共に、甲が覚醒剤所持の罪を犯したことを示し事実の発見という同一目的があり、違法な所持品検査の結果を直接利用したものといえ、違法な所持品検査と本件鑑定書とは密接な関連性がある。

4. 以上より、本件鑑定書に先行する手続に重大な違法があり、かつ、これと密接に関連する本件鑑定書の証拠能力を否定することが相当であるといえるから、本件鑑定書は証拠能力を有しない。

設問2

1. 捜査①の適法性

(1) 捜査①は、ビデオカメラを用いて、喫茶店において、乙が食事している様子を、約20秒程度撮影したものである。

(2)ア まず、これが「強制の処分」(197条1項但書)にあたるか。

イ 「強制の処分」は、強制処分法定主義及び令状主義の両面から厳格な規律に服するべきものに限定すべきであり、重要な権利利益に対する侵害が前提となる。また、相手方の意思に反しなければ侵害を観念できないから、「強制の処分」とは、①相手方の意思に反して、②重要な権利利益を実質的に侵害する処分をいう。

 そして、ビデオ撮影は、カメラを通して、撮影の対象の性状等を視覚的に把握することを内容とするものであり、五官の作用を用いて対象の性状等を把握する強制処分である「検証」(219条1項)としての性質を有し、ビデオ撮影が強制処分に当たる場合は検証令状が必要となる(219条1項)。

ウ 捜査①についてみると、人は、通常、捜査機関に無断で自己の容ぼう等を撮影されることを拒否すると考えられ、捜査①は、合理的に推認される乙の意思に反している。

 そして、乙は、プライバシー権の一内容として、みだりにその容ぼう等を撮影されない自由(憲法13条)を有しているところ、捜査①は、これを制約するものである。しかし、捜査①が行われたのは、多数の人が出入りする喫茶店であって、ある程度、自己の容ぼう等を他者に観察されることはやむを得ない場であるといえる。また、撮影されたのも乙が食事をしている場面であって、秘匿性が強く求められる場面であったということもない。よって、上記自由の要保護性は高くなく、捜査①は重要な権利利益に対する制約があるとまではいえないから、強制処分には該当しない。

(3)ア もっとも、強制処分にあたらないとしても、捜査①は、上記自由を一定程度制約するものであるから、これを無制限に行うことはできず、操作の必要性と、相手方の受ける不利益とを衡量し、具体的状況の下、相当と認められる限度で許される(法197条1項本文の「必要な」の文言)。

イ 先述の通り、P らは、本件アパート201号室を拠点に覚醒剤の密売が行われているとの情報を入手しており、同室から出てきた人物と接触した甲のかばんから覚せい剤が発見されていた。そして、同室の賃借人は乙名義であり、乙には覚醒剤所持の前科があったことから、乙が覚醒剤の取引に関与しているという一定の疑いがあった。そして、乙は、首右側に小さなヘビのタトゥーがあるという特徴を有しており、201号室から出てきた人物の顔が乙と酷似していたことから、当該人物が乙と同一人物であるのか特定するため、ビデオ撮影を用いて、上記タトゥーの存在を確認する必要が高かったといえる。

 そして、捜査①の態様は、上記の通り、喫茶店というある程度容ぼうの観察を受忍すべき場で行われ、その長さも20秒程度、椅子に座って食事している場面を撮影したにすぎず、捜査①によって受ける乙の不利益はさほど大きくないといえるし、201号室から出てきた人物と、乙の同一性を確認するために必要な限度で行われたものと認められる。

ウ 以上より、捜査①は、これを行う必要性と、それによって受ける乙の不利益との権衡を欠くものとはいえず、相当性を欠かないから、適法である。

2. 捜査②の適法性

(1) 捜査②は、本件アパート201号室の玄関ドアに向かい合っている3階建てのビルの2階の行動側の窓にビデオカメラを設置し、約2ヶ月間、毎日24時間、本件アパート201号室の玄関ドアやその付近の共用通路を撮影し続けるものである。

(2) 強制処分該当性

ア 捜査②の強制処分該当性について先述と同様の基準で判断する。

イ まず、通常、人は、自己が出入りするアパートの部屋の出入口等を捜査機関に監視されたくないと考えるのが通常であり、捜査②は、本件アパート201号室に出入りする者の合理的に推認される意思に反している。

ウ 捜査②が重要な権利利益を制約するかにつき、捜査②は、201号室の玄関ドアを正面から撮影するものであって、しかも、玄関ドアが開けられるたびに、玄関内側や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいたというのであり、これは、みだりに自己の住居等を監視されない自由(憲法13条)のみならず、住居という私的領域に侵入されない自由(憲法35条)をも制約するものであるから、重要な権利利益に対する制約があるといえる。

 これに対しては、本件アパート201号室の玄関ドアは公道に面しており、ある程度公道の通行人等から観察されることもあるから、上記自由の要保護性は低いとの反論も考えられる。しかし、本件アパート201号室は2階にあり、公道を通行する者から観察されることが通常であるとまでは言い難く、だからこそ、P らは、対面のビルの2階から撮影するという方法を採ったのである。よって、権利の重要性は否定できない。

 また、捜査②は、約2ヶ月間、毎日24時間撮影を継続するものであって、プライバシーに対する侵害の程度は非常に高く、上記自由に対する実質的な制約が認められる。

エ そうすると、捜査②は、201号室に出入りする者らの意思に反し、重要な権利利益を実質的に侵害するから、「強制の処分」にあたる。そして、これを行うに際しては検証令状を取得することが必要となるが、P らはこれを取得していないから、捜査②は法219条1項に反する。よって、捜査②は違法である。



文字数 5155字
本番だと8枚ピッタリ埋めたので、もう少し文字数あったかもしれません。


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