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甘いが苦い

 火曜日。風は強かったが思ったよりも天気が良かったので、厚手の衣類を洗濯した。午後から干しても乾いてくれるのが本当に有難い。夫の出張が近いので、色々と準備をしなければならない。

 夕方に商店街で買い物をした。八百屋の前を通りがかると、つい先日まで店頭の目立つ位置に並べてあった桃がなくなって、代わりに梨が並んでいた。実家からそのうちまた梨の便りが届くだろう。

 SNSにはあちこちのカフェが出す秋のスイーツの話題が目につく。今はとにかくさつま芋が目立つ。スタバはおさつバターのフラペチーノ、タリーズはさつま芋と紅茶のシェイク、コンビニもデパートもさつま芋の新作メニューだらけだ。

 さつま芋は昔から大好きだった。実家では毎年畑に植えていたので秋に収穫すると好きなだけ食べられた。ふかし芋、大学芋、素揚げにさつま芋のポテトサラダ。おやつにもおかずにもなるし、家族みんなが大好きだった。スイートポテトも好きなのだが手間がかかるのでそれほど頻繁ではなかったが、たまに弁当の片隅にアルミカップに小さく作ったものが入れてあると嬉しかった。

 スイートポテトは専ら作るばかりで、あまりケーキ屋などで買った事がない。ただ昔、1度だけ購入したことがあった。地元に小さいながらも人気の洋菓子店があり、親交はなかったが、高校の同級生の実家らしく、親友と高校の帰りに一度食べに行った。大通りから少し引っ込んだ目立たない場所にあったが、居心地がよくセンスのいい内装だった。店員さんの対応もよく、ケーキも美味しくて満足したことを覚えていた。

 社会人となって、仕事でそれなりに責任ある立場も任されるようになった頃。休日に、所用で職場に向かうことになった。とはいえ顔を出す程度なので私服だし、帰りに買い物でもして帰ろうかなという気楽さだった。行きがけに、差し入れでもしようかとふと思いつき、たまたま昔の同級生の実家のケーキ屋を思い出した。以前は目立ちにくい場所にあったのが、人気が出て最近移転して目立つ場所に綺麗でおしゃれな店を出していた。通りかがっても立ち寄ったことはなかったが、昔の良い印象に後押しされて、その店経由で職場に向かうことにした。

 カフェも併設している独立した広い店舗で、まだ建ってから間もなかった。ぴかぴかのガラスのドアを押して中に入ると、白を基調とした明るい店内に先客はおらず、ショーケースの奥に店員が2人見えた。1人はまだ若い女の子で、アルバイトかなと何となく思った。昼を回っており、ショーケースの中のケーキは売れたのか1/3ほどしか埋まっていなかった。

 今日の職場のスタッフは確か5人だ。ケーキを5個適当に買おうかと思っていたが、種類と数が微妙でどれにしようか決め手に欠けた。凝ったケーキは値も張るだけあって豪華だが、数が足りないのでただのシュークリームと並ぶと差がついてしまう。数だけ5個揃えても見た目に明らかに差がついていると手に取りにくいだろうか。暫く悩んでいると店員の1人が奥へ引っ込んだ。もう1人の若い女の子の店員がぶっきらぼうな感じで、どうなさいますかーと聞いてきた。

 違う店にしたほうがよかったかな……と感じながらショーケースの下段に目をやると、スイートポテトが目にはいった。かなり大きなスイートポテトで、見た目にもずっしりとしていた。芋の皮でできたボートに黄色いマッシュした芋がこんもりと盛られていて、ドリールが艶々と表面を覆ってその上から焼き色がついていた。芋の大きさにかなりばらつきがあったので、値段のプレートをみると量り売りになっていた。

 スイートポテトは並べられてすぐなのか、数は沢山あったのでこれを人数分買ってもいい。しかし1つ当たり幾らになるのか見当がつかない。店員に、これは1つ当たり幾らになりますか、と尋ねた。
 「量り売りなんで大きさで違います」
と返事が返ってきた。それはわかるけど、と内心で思いながら、じゃあ大体の価格だけでも……と聞くと、1個500円くらいですと返ってきた。

 500円ならまあ想定内だ。大体2000円以内くらいには収めたかったが、ケーキならそれくらいしても仕方がない。たまのことだしまあいいかと、それを5個包んでもらうよう頼んだ。店員がショーケースから5個のスイートポテトをケーキ箱に収め、会計を促された。会計は5000円に近かった。

 別に誰かの誕生日でもなく、ただ休みの日に顔を出す手土産のつもりだった。2000円超えでもやりすぎたかなと思う薄給の身に5000円近くをポンと出すのは辛い。
 「あの、1個500円くらいと言われましたよね……」
と恥を忍んで言うと、
 「量り売りなんで、大きさで値段は違うんで」
とぶっきらぼうに言われた。流石にその言い方はないだろうと思い、でも……と食い下がると奥から別の店員が出てきた。女の子の店員がこれこれこうで……とこちらを迷惑そうに見て説明する。いや別に払わないわけじゃないし量り売りなのは理解してるけど、そちらも説明不足じゃないか……と忸怩たる思いでじっと耐えていると、別の店員が、すみません、量り売りなんで仕方ないんです……どうなさいます?と聞いてきた。大きさが違うのはどうしようもないし、値段に多少のばらつきがあるのも理解していた。ただ1個当たり500円と1000円では流石に違うだろう。もう少し正確に値段か重さを伝えてくれたらこちらも考え直していたのに、適当に目視で金額を伝えられた。なによりもう少し親身になって買い物の相談に乗って欲しかっただけだったのだ。それがいつの間にか自分がただの迷惑なクレーマーになっているのだと気づいて愕然とした。なんだかもう馬鹿馬鹿しくなって、買いますとだけ告げてお金を出し、無言でそのまま店を出た。

 私が格好をつけて手土産なんて持っていこうと考えたのが悪かったのだ。そのへんのコンビニでシュークリームでも買っていけばよかったのかもしれない。店員が悪いわけではないが、迷惑な客だと思われてぞんざいに扱われた事が辛かった。昔の親友との思い出まで嫌なイメージで上書きされてしまった事が無性に悲しかった。

 職場について手土産を渡すと皆に大喜びされたことだけが救いだった。どこの店?と聞かれて適当にごにょごにょと誤魔化した。以来、私がケーキ屋でスイートポテトを買う事は2度となくなった。

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