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秋の便り

 月曜日。三連休の最終日だったが、子供は大会前なので午前中部活に出かけていた。相変わらず暑い日が続き、少し冷たくなってきていた水道水もまたぬるくなっている。

 実家から松茸が届いた。毎年この時期になると母が送ってくれる。田舎のことで、毎年採りに行っては我が家に送ってくれたり、親戚やお世話になった人に配っている。

 子供の頃は好き嫌いが多く茸類全般が苦手で、当然松茸も食べなかった。運動会などに母が松茸ご飯のお握りを弁当に入れてくれるのだが、松茸を全部蓋の裏に出してご飯だけ食べて、友達に勿体無いと呆れられていた。今では美味しく食べられるようになったが、幼い頃は食感、味、匂い、何がいいのか全くわからなかった。

 松茸と言ってはいるが、所謂早松というものだ。本来の松茸とは生えている木の種類が違うので、厳密にこれを松茸と言っていいのかよくわからないが、見た目や味、香りなどは遜色ないし、採るにも苦労が必要なので、我が家ではこれを松茸と呼んでいる。お裾分けの際は「早松ですが……」と一言添えるが、それでもかなり喜ばれるようだ。

 父も生前、茸採りが大好きで、時期になるとよく母と山に入っていた。松茸、香茸、平茸……。私は茸に全く興味がなかったのでそれくらいしかわからないが、図鑑を見ながらあれこれ採集して、板張りの間に新聞紙を拡げてその上にずらりと様々な茸を並べて、写真を撮って嬉しそうにしていた。近年はスマホで撮影していたので、その時期の父母のカメラロールは茸一色になり、私には違いの全くわからない茸の写真が何枚もLINEに送られてきたものだった。

 父は田舎育ちで好奇心旺盛な方だったので、あちこちの山にも昔から入り込んでおり、茸の生える秘密の場所をいくつも知っていた。茸は毎年同じ場所に生えるものらしく、松茸はこの時期になるとあそこに生える、香茸はあそこだ……と、場所は母と二人だけの秘密にしており、他の家族ですら一切教えてもらえなかった。どこの家でも皆自分だけが知っている茸スポットがあるらしく、この時期山の辺りで軽トラックを見かけたら、誰かに先を越されたかもしれないとハラハラしていたようだ。誰よりも先にこっそり採りに行って、見事よい茸を採れたら皆に配る。私は内心何がそんなに楽しいのかわからなかったが、殆ど趣味のようなものだったらしい。

 父が亡くなって、秘密の茸の場所は母しか知らなくなった。私も遠方に住んでいるので付きそってあげることもできず、山は危ないので一人で入ってくれるなと毎年言っているのだが、父との思い出の茸採りはやめられないようだ。近くに住む弟が都合のつく時は付き合ってくれるらしい。松茸は有難いし、茸採りをしたい母の気持ちもわかるが、そろそろ無理はしないでほしいのだが……。

 松茸ご飯、天ぷら、吸い物。今年も家族皆で少し早い秋を楽しむことができた。来年また食べられる保証はない。子供の頃の罰当たりだった自分を思い出しながら、残った松茸ご飯をお握りにして最後まで美味しくいただいた。ご馳走様でした。

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