25歳

窓から指す月の光が天井を照らす。その奇妙な薄白い何の変哲もない壁が、僕を飲みこもうとしている。
どくん、どくん、心臓が不規則なリズムで血液を送る。「お前は、これでいいのか?」目の奥で声が聞こえる。僕は抗うように顔をこすり、体を起こした。
東京の北にある街のアパートの一角に住んでいる。家賃は五万円。比較的首都圏にしては安いし、引っ越しの際に持ってきたベッドをおいたため、生活スペースの半分を損なったとしても、文句が言えるような収入は無かった。
蛇口を捻り、流れ落ちる水を両手ですくう。その水の温度が体を伝わるのを感じ、初めの冷たさから常温になったことを感じ取ると自分の顔に強く押し当てた。顔を上げると、鏡には水垢で、目元と口が歪んでおり、喧嘩に負けた中学生ような面が映っていた。そう、25歳にして自分は人生に負けてしまったのかも知れない。
大学2年生の時に、サークルにも入っていなかった。当時付き合ってた、彼女と遊ぶことに夢中だった。学校をサボって渋谷を意味もなく、なにか意味を見出そうとふらついていた頃、彼女に誘われて、地下に降る階段を降りた。入り口にはB級お化け屋敷のような和製ホラーの見た目をした血のついた鉈とさけた口から血を滴らせた女性が僕たちを出迎えた。
店内の壁はガラス張りのショーケースになっており、幼いころにみた特撮の戦隊ヒーローのフィギュアやその主役たちが操作するロボットから、父親世代の発行年が記載された年季の入った雑誌から、入口の規制のないまま成人向け雑誌がフェードインしてきた。
「智くんもこうゆう本を読むの?」
少しおどけた僕を彼女はすかさず、言葉で刺して笑った。
「まあ、いわゆる一般の男性だから、通っているけど、二次元の同人誌は読んだことはない。面白いの?」
「うん、面白いよ。」
「どのあたりが?まったくこういうことには触れてこなかったから、漫画も。黒澤明ならわかるんだけど。けど一度、映画化した作品をリメイクすることがあるけど、僕はあまり好きじゃない。」
そう、僕はまったくアニメや漫画を通ってこなかった。ちょうどスポーツ漫画が流行り出したのか、当時バスケットボール部だった僕も中学から高校に上がると漫画の影響で入部しましたという新入部員の多さに驚いた。
彼らの半数は練習に耐えたが、試合に出るまで上達した仲間はほとんどいなかった。「アニメや漫画のようにはいかないぞ」と監督は何かにつけて劇を飛ばしていたが、僕は何故かその言葉があまり好きではなかった。
好きなものを道具にして嘲笑するのは、どうであれ気持ちが良いものではない。ましてやそれが相手の好きなら尚のこと自分のことに思えてしかたなかった。
「私は腐女子じゃないけど、結構男性同士が愛撫してたり、あそこを愛でているのは一種のファンタジーなんだと思ったんだ。中学は女子としか絡まないグループで、男子たちとの距離も課題でない限り会話することはなかったから、何を感じ、考えているのか検討もつかなかった。バカだなって思う子もいたけど、全員がそういう子でクラスが構成されているわけじゃないじゃない?それだけ勉強に熱心な子や、授業を上の空で聞いている子もいたし。」
「そうだね。教師たちのクラス替えの時はそういうことも気を配って、うまくバランスを取っているていうから」




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