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『絶滅について』

絶滅してしまった動物が好きだ。
見た目や生態や性格が好きで、名前も気になって、好きだと思ったのに既にこの世にはいなくて、もう会えなくてどうしようもなくて、ただあなたは図鑑となって。その落胆と、でも完全な喪失にはならない安全な喪失感。少し離れたところから「好き」をみている時の隙間が、好きだ。全てを知り尽くさないほうが、人は何かと適切な距離感でずっといられる。
 生きていると、生物は変わってしまう。進化してしまう。やめてよと思っても、そう思うこちらの細胞も数日あるいは数週間後には置き換わってしまう。それでもわたしは記憶を保ったままで。昨日から引き継いだ記憶でたぶん今日をやっています。進化、やめたいよ。注がれた炭酸、抜けきってしまいたいよ。後ろを振り返ったら街並み、ダウンロードされてないかもしれないよ?
 わたし、動物が好きだ。濃縮された黒い瞳が動かないとき、種族の決まりきった名前でなくて、あなたの名前が知りたいと思った。絵本で夜毎、絶滅してしまった動物だけが描かれている書物を開きたい。ピンク色に、あるいは水色に塗られたカラフルな皮膚の色に何の疑問も持たずに眺めていたい。環境の変化に耐えきれなくて、その動物が持っていた優しさゆえに絶滅した、それになんでって言いながら泣きたい。夜の底でじっと。どんな鳴き声ですか、食べ物は何を食べて暮らしていましたか。今日はいい天気ですね、雨だから。
 モノクロのモノローグ、人の耳には聞こえない悲鳴は螺旋状、摂氏零度鋭射角で地球を取り囲む。わたし、絶滅してしまった動物だけが好きだ。

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