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医療崩壊の危機/真実と打開策 ~専門家からの提言を比較考察した~

まえがき

 新型コロナ第3波の緊急事態宣言が延長された3月、感染者数は減少していますが、いまだ医療機関では新型コロナ患者治療に奮闘しています。また今回の第3波では、基礎疾患のある高齢者が感染した場合でも入院できない、自宅療養中に亡くなるという、あってはいけない事が実際に起こりました〔NHKニュース(15)〕。
 メディアは医療ひっ迫や医療崩壊を毎日のように報道し、病院職員が、懸命に治療している現場を背景に「これは医療崩壊です」と訴えました。医師会の権威ある方の口から「医療壊滅」の言葉さえ出ました。それを見聞きしていたら、とんでもなく大変な事態になってしまったと国民は思うでしょう。
 一方で、日本では病床等の医療資源が他国と比しても潤沢であるということから、医療崩壊に懐疑的な意見も出されています。どちらも、医療に携わるドクターや医学(関連)研究をされている先生方からの発信です。

 そうした報道に毎日接して、果たして今の日本はどういう状況にあるのだろう、私たちはこれをどう受け止めていいのだろうかと困惑しつつ、よくわからないまま過ごしている国民は私だけではないでしょう。
 そこで、第3波ピーク時前後に発信された、できるだけ異なるお立場におられる専門家の先生方からの記事や書籍等から、それぞれの見解及び提言について比較考察してみました。

注意
① 本記事は「医療崩壊」のみに論点を絞っています。各先生の「医療崩壊」に関するお考えのみを抽出しています。
② 医療崩壊については、今でも毎日メディアやネットで多くの先生方から発信されており、すべての先生のご意見を網羅することができなかったことをご了承下さい。
③ 一部書籍を購入しましたが、基本的に無料で入手できる資料を引用しました。
④ 引用した各先生のご発言は鍵括弧『』で示し、簡潔性のため「ですます」調を「である」調に変換したことをご了承ください。
⑤ 本文中の丸括弧()内の数字は引用資料の番号を示します。
⑥ 本文中にて引用させて頂いた専門家の呼称は「先生」で統一させて頂いております。
⑦ 熱意をもって日々発信されている先生方に心より敬意を表します。
⑧ 本記事作成のスタンスとして、私自身はどちら寄りにもならないように心がけました。
⑨ 折りたたまれている目次を展開して、興味を持たれて全体に目を通して頂ければ幸いです。
⑩ 長文ですので、お時間のない方は、各章各項目に都度まとめを入れていますので、ここだけでもご覧ください。

第1章
第3波ピーク時の医療ひっ迫の程度をどう捉えていたか

 年末年始からほぼ1ヵ月にわたり、テレビの映像とともに「これは医療崩壊です」などのナレーションが流れ、医療が逼迫している様子が毎日のように伝えられました。一方で、コロナ感染が怖くて通院を控える人も多く、暇になった医療機関もあったとも聞きます。 
 専門家の方々が医療制度の問題や解決策について真剣に話をされていますが、中には真逆と思われる主張があり、対立軸でディスカッションされている光景も多々ありました。
 ひとつずつ整理したいと思います。

 はじめに、直近の第3波ピーク時の医療ひっ迫の状況を、先生方はどの程度の危機だったと思われていたのでしょうか。

全国的に医療崩壊は既に進行している』としたうえで、「このままでは医療崩壊から医療壊滅へ」と、日本医師会会長 新さっぽろ脳神経外科病院理事長 中川俊男先生(7)が、医療提供体制に対して強い危機感を示し、警鐘を鳴らしました。

いわゆる医療崩壊は、一部の医療機関で(すでに)起こっている』と述べられたのは、東大教授 医療法専門家の米村滋人先生(1)です。
そう考えられる理由として主に次の2点を挙げられました。
・感染者を受け入れている病院がこれ以上受け入れると、感染対策が不十分となり他の疾患の患者を受け入れられなくなる。しかも病床を増やしたところで医療従事者が増えるわけではなく、やはりこれ以上は受け入れられない。
・感染者を受け入れている病院では、医療従事者の負担はすでに限界に達している。一方で、感染患者を受け入れない医療機関では患者数が減少し、医療従事者の人員が過剰になっている。

医療崩壊はしていない』と断言、『医療崩壊とは程遠い』としつつ、『局地的には医療崩壊寸前』と述べられたのは、慈恵医大教授 大木隆生先生(18)です。
以下をその理由として挙げられました。
『都内の大半の急性期病院は人間ドック(不急医療)をやめていない』
『新型コロナ対応をしている病院、診療科は医療崩壊間際』

医療崩壊に向かっている』と述べられたのは、名大病院 救急・集中治療専門医 山本尚範先生(10)です。
「コロナ禍で医療崩壊に向かう日本を救う打開策、集中治療・救急専門医が提言」と題して記事を執筆されています。

国立国際医療研究センター 感染症専門医 忽那賢志先生(9)の記事には医療崩壊という表現はありませんでしたが
『新型コロナを診療している医療機関が通常医療を縮小して対応せざるを得ない状況』
『重症化リスクの高い新型コロナ患者も入院できていない』
『救急車を呼んでも搬送先が見つからない。もはや救急車を呼べば病院が見つかるとは限らない』
と厳しい状況を説明されています。

第1章【第3波ピーク時の医療ひっ迫の程度をどう捉えていたか】まとめ
中川先生:全国的に医療崩壊は既に進行している。
米村先生:一部医療崩壊している。感染者を受け入れている医療機関の医療従事者の負担は既に限界。受け入れていないところでは医療従事者の人員が過剰。
大木先生:局地的には医療崩壊寸前。そうでないところは医療崩壊とは程遠い。
山本先生:医療崩壊に向かっている。
忽那先生:非常に厳しい医療ひっ迫(重症化リスクの高い新型コロナ患者も入院できていない、救急車を呼んでも搬送先が見つからない)。

第2章 
医療崩壊の定義

 医療崩壊に関する記事を集めて気づいたのが、「医療崩壊」という用語の定義が定まっていないことです。それぞれ違う意味で使用されているのです。
 そこで、先生方が医療崩壊をそれぞれどのような状況であるとお考えなのかをまとめました。

「必要な時に適切な医療を提供できない。適切な医療を受けられない」のが医療崩壊
中川俊男先生(7)(8)

『コロナ患者であろうと他の患者であろうと「救える命が救えなかった」というのが医療崩壊、命の選別をせざるを得なくなった状況こそが「医療崩壊」』大木先生(8)(18)

『死者数の最小化が医療の目的だとすると、新型コロナウイルスパンデミックにおける医療崩壊の本質は重症患者(人工呼吸器またはECMO(体外式膜型人工肺)が装着されている患者を「狭義の重症患者」とする)の数が集中治療室(ICU)のキャパシティを超えること』山本先生(10)

第2章【医療崩壊の定義】まとめ
定義が統一されていない。以下、使用されている医療崩壊の定義の例。
・「必要な時に適切な医療を提供できない。適切な医療を受けられない」のが医療崩壊
・「救える命が救えなかった」というのが医療崩壊
・医療崩壊の本質は重症患者の数が集中治療室(ICU)のキャパシティを超えること

第3章
日本がこんなにも脆く医療崩壊へと向かうのはなぜなのか

 つい最近まで医療崩壊に向かっていた日本。海外で、そこまで医療崩壊していると報道がないのに、なぜ医療先進国であるはずの日本で、あっというまに医療崩壊が叫ばれるようになるのでしょうか?
 第3章ではその理由を探ってみました。

理由その1.医療機関は感染症患者を受け入れる法的な義務がない

<法的な義務がないため、病床確保が進まない>
 米村先生(1)の記事では、
医療機関には感染症患者を受け入れる法的な義務はない。医療体制を規制する医療法では、どういう診療科で、どんな患者を受け入れるかはそれぞれの医療機関が決められることになっている』と説明されています。
 確かに今、「熱のある患者さんは診ません」と玄関に表示している医療機関もあるようです。
 さらには、『病院に対する監督権限のある都道府県が病院に対し、「こういう病床を用意してください」と指示・命令できない』とのことです。
 そして、こうなります。
『新型コロナの感染患者を受け入れるかどうかも、各医療機関の病院長が決めている。地域全体で必要な病床が確保できなくても、行政ができるのは、あくまで病院に対する「協力要請」にとどまる』

<法的な義務がないため、感染者の民間病院での受け入れが進まない>
 病院に対して行政が弱いことを示しましたが、病院といっても公立病院や民間病院などがあり、行政からの指示は、やはり公立病院に強めに出せるようです。

 引き続き米村先生(1)からの引用です。
『公立病院の場合、都道府県知事などからほぼ命令に近い形で要請されている。しかし、民間病院に対しては強制力がないため、「うちは診ません」という病院が大半だと手の打ちようがない』
 なぜ大半の民間病院に拒否されたら手の打ちようがなくなるのかというと、
『日本の医療機関のうち民間病院は約8割を占め、諸外国よりかなり高い。日本の医療制度は、医療機関の自主的な判断を尊重するうえ、大多数を占める民間病院に対して行政介入の余地が小さい仕組みになっている。こうした根本的な仕組みが改められないまま、新型コロナへの対応が続いている』
という事情があるからです。

同様の見方を次の先生方も示されています。

『厚労省は、独立採算の病院に命令することはできない』
    名古屋商科大学ビジネススクール教授 原田泰先生(2)

『実は大多数の日本の医療機関は、コロナが理由での入院を引き受けていない。それどころか、少しでもその可能性がある症例さえも拒否している。それにもかかわらず、日本は陽性者を入院させることを基本とする政策を取ってきた』
    大阪大学医学部附属病院感染制御部医師 森井大一先生(6)

新型コロナ患者を受け入れた医療機関は当然大変なことになるだろう事が伺えます。

参考データ(5)東京新聞:コロナ患者受け入れ病院のグラフ

◆コロナ患者受け入れ、民間病院は2割

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『けがや病気の初期治療に当たる全国4255ヵ所の急性期病院でみると、公立病院は7割、公的病院は8割がコロナ患者を受け入れているが、民間病院は中小規模が多く、受け入れは2割ほど』東京新聞(5)

【理由その1.医療機関は感染症患者を受け入れる法的な義務がない】まとめ
 法的強制力がないため、病床確保が進まず、民間病院からの協力も得られにくい。

理由その2.コロナ患者を受け入れると病院が赤字になる

 ここまでで、新型コロナ患者を受けるか否かは病院が決められることがわかりました。
 次に、病院が受け入れない理由を見ていきます。

 民間で受け入れが進まない理由について、『コロナの患者さんを診るのは通常の何倍も手が掛かる上、他の手術や診療もできなくなり赤字になる。院内感染のリスクも抱える』と説明するのは、経営病院でクラスター(集団感染)を経験した平成医療福祉グループ代表の武久洋三先生(5)です。

 そして、そのクラスター発生による閉院/費用の問題が、病院側が受け入れに躊躇する最大の理由である、と指摘されているのが米村先生(1)です。
一番の問題は、クラスターが起こったときだ。2~3週間は完全閉院にしなければいけなくなり、消毒などをして膨大な費用がかかるうえ、収入はゼロになる。病院からすれば、そんな危険なことはできないというのが本音だろう。全国的にどこで受け入れるか、押しつけ合いが起こっている』

【理由その2.コロナ患者を受け入れると病院が赤字になる】まとめ
 コロナ患者を受け入れると赤字になる。院内クラスターによる閉院のリスクもあるため感染患者を受けたがらない。

 理由その1.とその2.から、新型コロナ患者を受け入れている病院と受け入れていない病院があり、『一部の医療機関のみが感染患者を引き受けることにより、医療機関の間に負担の大きな偏りが生じている』米村先生(1)、という状況になっています。

 また、「医療の機動性」という視点で現状分析されている先生がいます。

理由その3. 圧倒的な機動性の低さ

 南日本ヘルスリサーチラボ代表 医師・医療経済ジャーナリスト 森田洋之先生(3)は、次のように分析されています。
『最大の要因は、一言で言えば「圧倒的な機動性の低さ」である』
「機動性が低い」とはどういうことでしょうか。
森田先生は、縦の機動性と横の機動性に分けて解説しています。
「縦の機動性」=病床やスタッフを機敏に増減させられること。
「横の機動性」=スタッフを充足地域から不足地域へと横に移動させること。

これらが日本では不足しているのだと分析されています。

『海外では、スタッフ移動よりリスクの高い「患者の搬送」まで国境を超えてしているというのに、なぜ日本はスタッフが県すら超えられないのだろうか?一部は県を超えてスタッフが移動しているとも言うが、おそらく医療の機動性が高い海外の国であれば、看護師不足が逼迫して記者会見をする前に容易に解決できている話だろう』
こう現状を憂い、そして次のように指摘します。
『これは、危機時に人材を柔軟に配置することが出来ていない、またその準備をしてこなかった医療行政の問題だろう』

 なぜ日本ではこのように医療の機動性が低いのでしょうか。それについては、こう述べられています。
『それは、日本の病院の8割が民間で、基本的にお互いがライバルであること、そして国の指揮命令系統が及びにくいということが大きく影響しているだろう。ちなみに、先進国の病院は多くが公立もしくは公的病院で、民間病院は僅かである』森田先生(3)(16)

 次のようにも言い換えられます。
『日本の場合、中小の民間病院が乱立していて、病院同士でライバル意識が非常に強い。民間だからというよりは、ライバル関係にある中小病院が乱立しているという問題の方が大きい』

 そして、コロナ以前から存在している問題も機動性の低さの一因になっていると訴えられています。
『病院が「集患」に努めて満床を目指すというのは、医療業界では当たり前のこと。どこの病院も満床を目指さないと経営的に厳しい。そうなると何かこういった感染症の流行が起きたときに、機動的な対応が難しくなる。ふだんから、ベッドがいっぱいで救急患者を受け入れられないといったことが問題になるわけなので。今回のような感染症が大発生しているときの対応は、基本的に難しいということになる』森田先生(4)

また、山本先生(10)も同様に、『多くの都道府県は病床に余力があるのに システムが機能していない』『入院が必要なのに入院できない人や在宅死が出ている現状は、システムが十分に機能しているとはいえない』と述べられています。

【理由その3. 圧倒的な機動性の低さ】まとめ
 全体として医療資源に余裕がありながら、コロナ患者を受け入れている医療機関がひっ迫もしくは一部崩壊している。医療機関の間に負担の大きな偏りが生じているのである。
 その背景には、感染状況に応じた病床やスタッフ増減(縦の機動性)やスタッフの充足地域から不足地域への移動(横の機動性)が柔軟にできないことがある。
 機動性が低い理由に、日本の病院の多くが中小の民間病院で基本的にお互いがライバルであること、日頃より満床を目指していることが挙げられる。
 システムが機能していないのである。

理由その4.報道されないデータ

 本項については、第4章 基盤となるデータ【ICUベッド数】【感染症専門医/集中治療専門医】を参照ください。

理由その5. 指定感染症と重点医療機関の足かせ

大木先生(19)の動画から要点をまとめました。
・病院が新型コロナ患者を診療するには、保健所と地方自治体から新型コロナ重点医療機関として認定を受けなければならない。
・国難にあっては、と重点医療機関の認定をもらうべく民間病院が手を挙げて申請しても、新型コロナが指定感染症で2類相当となっているために、ICUがある病院でも空調やゾーニング等で審査に通らないという事例が発生している。
・平時の対応のままであり、有事の対応になってない。その間にも自宅で亡くなっている人がいるのである。
・厚労省は本気でコロナ病床を増やそうとしていないのではないか。

(注:感染症分類に関しても、専門家の間で意見の分かれているところでありますが、行動抑制/自粛をどの程度厳しくすべきかの論点にも絡むことですので、次回以降に取り上げることにし、医療資源の有効活用に焦点を絞った本記事では深く取り上げていません。同様に、ワクチンその他関連項目についても触れていません。)

【理由その5. 指定感染症と重点医療機関の足かせ】まとめ
指定感染症が病床確保の足かせとなっているうえ、行政の対応も平時のままである。

【第1章~第3章】まとめ
第1章:第3波ピーク時には、一部医療崩壊してコロナ対応の医療現場が疲弊していた。
第2章:そもそも医療崩壊の定義が統一されていない。
第3章:日本の医療がたやすく医療崩壊に向かう理由
・医療機関に受け入れの法的義務がない。
・コロナ患者を受け入れると赤字になる。
・中小の民間病院が乱立してライバル関係であること等から協力関係が得にくい、かつ柔軟に病床を増減する機動性がない。
・病院が新型コロナ患者の診療に参画しようと思っても、指定感染症で2類相当であることから、新型コロナ重点医療機関として認定されない事例がある。平時のままの対応が行われているからである。
 以上を、専門家の見解を引用しながら見てきました。

 さて、第4章では、こうした日本の医療ひっ迫状況、なぜたやすくそのような状況になるのかを、データから見ていきます。
 日本の医療ひっ迫のキーファクターであると考えられるデータが、なぜかメディアではほとんど取り上げられていないことにも気づきます。

第4章
基盤となるデータ
【新型コロナ患者による病床占有率】

 『世界では日本とは桁違いの流行が起こっている。人口当たりの累積陽性者数でみると、日本はアメリカの30分の1程度、イギリス・フランスと比べると20分の1程度である。
 実際、その国の全部の病院のベッド数に対する直近のコロナ入院の割合をみると、コロナが日本の医療に与えている影響は、欧米よりもずっと小さい』と述べられているのは、阪大の森井先生(6)です。

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(注:図は下記データより筆者作成)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/open_data_00005.html
http://www.oecd.org/els/health-systems/health-data.htm
https://ourworldindata.org/covid-hospitalizations
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000714776.pdf

アメリカやイギリスは病院のベッドの14~16%程度がコロナによって埋められているのに対し、日本は1.7%である。しかも、ここでの計算は病床数としてOECDのHealth dataを基に筆者(森井先生)が行ったものだが、日本の病床数だけは病床機能報告を基に急性期および高度急性期のみを対象とした。もし、文字どおりの日本の全病床を分母に取れば、日本の病床に対するコロナの占有率は0.7%まで下がる。
日本の病床数は160万床と、世界でも有数だが(OECD加盟国で日本よりも人口当たりの病床数が多いのはオーストラリアだけ)、圧倒的に多くの病院にとって、コロナの入院は直接関係のない話なのである』

 このように、新型コロナウイルスが日本の医療に与えている影響は、欧米よりずっと小さく、日本の多くの病院にとって直接関係のない話になっていると森井先生は分析されています。

【新型コロナ患者による病床占有率】まとめ
 日本の病床に対するコロナの占有率は0.7%。

【新型コロナ患者によるICU占有率】

 病床占有率だけでなく、ICU占有率から見ても同様の事実が示されています。
『そのことは、国全体のICUの数に対する重症者の割合を見ても明らかだ。日本全体のICUの7%程度がコロナによって占められている一方で、アメリカ・フランスでは30%以上となっている』

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(出所:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000717132.pdf
Coronavirus (COVID-19) Hospitalizations - Our World in Data
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000717132.pdf
*イギリスは重症者又はICU入室者の数値を公表していない

【新型コロナ患者によるICU占有率】まとめ
 日本全体のICUに対する新型コロナ患者の占有率は7%程度。

 病床使用率やICU占有率等、医療資源のコロナ患者への使用率が他国に比べて少ない日本。『このような中で、いわゆる医療崩壊の危機がいち早く叫ばれるようになったのは日本である』と問題提起されています。
以上、森井先生(6)。

では、日本には実数として、どれほどの医療資源があるのか見ていくことにします。

日本の医療資源
【病床数】【医師数と看護師数】

【病床数】
 森田先生(3)(4)の説明です。
『日本には約160万の病床があって、世界一の病床(人口あたり)保有国である。これは実に米国・英国の約5倍にのぼる。重症者に対応できる急性期病床数でも、日本はOECD加盟国の中で多い方である』

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http://www.oecd.org/coronavirus/en/data-insights/hospital-beds-acute-care


急性期病床数について、さらに踏み込んだ分析も出されています。
『日本はOECD各国の中で人口当たりの急性期病床数が最も多く、1000人当たり7.8床である。ちなみにドイツ6.0、フランス3.0、イタリア2.6、アメリカ2.5、イギリス2.0床である。しかし、日本で急性期診療をするにふさわしい7対1看護(患者7人に看護師1人を配置)体制で、しかも実際に急性期医療をしている実績のある病床数は1000人当たり3.3床に過ぎない』山本先生(10)

以下、森井先生(6)からのグラフです。

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(出所:http://www.oecd.org/els/health-systems/health-data.htm)

【病床数】まとめ
 グラフで示された1,000人あたりの「急性期病床数」(3)から、そして10万人あたりの病床数(6)からも、日本が病床数を多く有することは明らか。
 『しかし、(平成29年度病床機能報告から)日本で急性期診療をするにふさわしい7対1看護(患者7人に看護師1人を配置)体制で、しかも実際に急性期医療をしている実績のある病床数は1000人当たり3.3床に過ぎない』(10)。

【医師数と看護師数】
 以下は、医師数と看護師数に関する森田先生、森井先生、山本先生の記事からの抜粋です。数値に若干の違いがありますが、各先生が解析に使用された元資料の集計時期の違い等が考えられますので、些末な相違と捉え、そのまま記載します。

森田先生(3):『医師数は人口千人あたり2.5人とOECD中ではだいぶ少ない方、ただ、看護師数で言えば人口千人あたり11.8人と先進国の中でも比較的多い方だ。確かに医師数・看護師数などのソフト面は控えめに言って少し課題があるのかもしれない。では、これが医療崩壊に至る根本的問題なのだろうか。もちろんそうではない』

森井先生(6):『人口当たりの医師数は確かに日本よりも欧米のほうが少し多い。しかし、病床数や看護師数を含めて総合的に見れば、もともとの医療提供体制に関して日本だけが劣っているということは決してない』

山本先生(10):『人口当たりの看護師数は他国と同等だが、病床が他国より多い。従って、病床当たりの看護師数は少ない。(*ICUや**HCU以外も含めた看護師数全体の過不足)』
*ICU:集中治療室。
**HCU:ハイケアユニット/中間ケア病床/中間病床/準集中治療管理室(集中治療室と一般病床の「橋渡し病床」)

【医師数と看護師数】まとめ
 医師数は若干少なめ、看護師数は先進国の中で比較的多い方。しかし、病床数が多いため、病床あたりの看護師数が少ない。

 こうした事実から、森田先生(3)が問いかけます。
『国際比較の上で日本は医師などの医療従事者は若干少なめであるが、米英の5倍の病床数などのハード面は世界一整っており、しかも何より感染者数・死者数が50分の1と大差がついている』
50倍の差。こんな幸運に恵まれているのにもかかわらず、なぜ日本において医療崩壊が問題になるのだろうか

 医療資源が他国と比して劣っているわけではない、むしろ恵まれている日本で真っ先に医療崩壊が迫っているのです。

実は、なぜかメディアであまり取り上げられてこなかった医療資源の問題があります。

日本の医療資源【ICUベッド数】【感染症専門医/集中治療専門医】

 山本先生(10)は、日本でICUの規模が小さいことが問題の一因になっていると指摘されます。
『日本は個々のICUの規模が小さい。11床以上のICUやHCUは全体の2割だ。平均値はICUが8.7床、HCUが8.3床である。従って、新型コロナウイルス患者を受け入れると、即座に通常診療に影響する』

 さらに、もともとICUの看護体制が手薄であったと説明されています。
欧米先進国のICU は1対1看護だが、日本は2対1看護だ。つまり、スタッフ数はもともとひっ迫している
日本の中間病床HCUは、4対1、または5対1看護であるが、欧米の中間病床は基本的に2対1看護である。日本のHCUには、集中治療に用いる基本的なインフラはある。しかし、看護スタッフが圧倒的に足りない

参考資料(13)<公表版>ICU国際比較(改) (mhlw.go.jp)

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上記厚労省「ICU等の病床に関する国際比較について」の補足説明〔山本先生(10)より〕
『厚労省医政局は2020年5月にintermediate care beds(中間ケア病床/HCU)も「ICU等の病床」国際比較に含め、10万人当たり13.5床(総数は1万7034床)とした』

 ICUに関して、大木先生(18)が次のように主張されています。
『ICU使用率を計算する際、分子は重症者数だからわかるが、分母は曖昧で、メディアも医師会も、ICUがひっ迫していると言いつつ、真の分母を伝えてくれていない

 そして、国民には知る権利があることを訴えています。
『東京都内で新型コロナのために用意されているICUベッド250床のうち、129(1月10日現在)が埋まり、5割を超えている。しかし、私(大木先生)は昨年5月から、感染者が減った夏から秋にかけて医療体制を強化すれば、医療崩壊の閾値はいかようにも変わる、と主張してきた。 実は、東京都にはICUとHCU(準集中治療管理室)を合わせて2045床ある。250分の129という数字を語る際、少なくともハードウェアのキャパシティがこれだけあることを知る権利が、国民にはある。東京都が手挙げ方式で号令をかけ、慈恵医大は『8床提供します』と応じた。250とはこうして集まった数字にすぎない。東京都だけで2045床あると知れば、どうしたらそれが使えるか、という議論になる。ICUも2045分の129なら使用率6.5%程度。2045を全部すぐに使えるわけではないのは百も承知である』
『全国のICUの総数が1万7377だということも報じられない。全国の重症者数が850なら使用率は4.9%』

 “国民の知る権利”という当たり前のような権利が、巧妙にはぐらかされています。毎日メディアで感染者数や重症者数を発表するのであれば、大木先生の言われる分母のキャパシティも知らされていいはずです。情報の偏りに気づいて、ICU総数を知るために厚生労働省医政局のデータを見に行く国民は多くはないはずです。大半の国民が何となくはぐらかされて、その先の議論を持つことがないのです。

 書籍「医療崩壊の真実」(14)では、明快に問題の本質を突いています。
 『集中治療専門医が全国で1955人(救急科専門医は約5000人)と、それでなくとも十分ではない中、日本のこの状況は、“多すぎる急性期病院数”が「専門医の分散」に拍車をかけているという実態があることが「問題の本質」である』
 少ない専門医が多すぎる急性期病院に散らばっているためにコロナ重症患者を受け入れられないという皮肉な現象が生じているのです。

 なぜ専門医が分散しているとコロナ重症患者を受け入れられないのか。
 『集中治療専門医が在籍する都内41病院中、「集中治療専門医の1人体制病院」が15病院(37%)ある。不測の緊急事態に備え2人以上の専門医の配置は必要という視点で考えれば、実際には6割にあたる26病院が東京都のコロナ重症者受け入れの本当の「実力」といえるかもしれない』
つまり、1人体制で24時間対応が必要なコロナ重症患者を診る事はできないということです。

 『日本の「コロナ患者の受け入れ医療体制」は、日本全体の一般病床やユニット(ICU、HCU、ER)の絶対数が不足していたわけではなく、むしろ潤沢にあった。(途中省略)絶対数の不足の問題ではなく、コロナ患者を受け入れる医療資源の「配分」と「集約化」の問題である』
 “多すぎる急性期病院”が専門医を分散させ、せっかくあるユニット(ICU、HCU、ER)を活用できていないということです。

 『新型コロナが日本の医療提供体制の問題を浮き彫りにしたのは、“病院あたり”のコロナ治療に対応できる医師や看護師など医療従事者の不足である』
 医療資源の「配分」と「集約化」ができれば、医療のひっ迫はそれだけでも改善されるだろう事が示唆されています。

日本の医療資源【ICUベッド数】【感染症専門医/集中治療専門医】まとめ
・日本は個々のICUの規模が小さい。(新型コロナウイルス患者を受け入れると、即座に通常診療に影響する。)(10)
・もともと日本は、ICUやHCUのスタッフが欧米に比べて手薄であった。(そんなところに、通常より多くの人手を要する新型コロナウイルス診療が加わった。)(10)
・メディアも医師会もICUがひっ迫していると言いつつ、真の分母であるICUの総数(東京都/全国)を伝えていない(18)。
・医療体制を強化すれば、医療崩壊の閾値はいかようにも変わる(18)。
・日本の「コロナ患者の受け入れ医療体制」は、日本全体の一般病床やユニット(ICU、HCU、ER)の絶対数が不足していたわけではなく、むしろ潤沢にあった。しかし、「集中治療専門医の1人体制病院」が4割近くあり、不測の緊急事態に備え2人以上の専門医の配置は必要という視点で考えれば、(実際には)こうした病院では受け入れられない(14)。
・多すぎる急性期病院にただでさえ少ない専門医が分散している事、それが問題の本質(14)。
・医療資源の「配分」と「集約化」が鍵となる(14)。

 以上、日本のICUの問題を指摘されたうえで(10)(18)(14)、コロナ患者用ICUの増強が可能であること(18)、また、今の医療資源で「配分」と「集約化」を行えば、医療崩壊の危機を乗り切れる事も示唆されました(14)。
 日本の医療にはこれ程の余力と可能性がある、次にどれ程大きな感染の波が来ても、日本は大丈夫だろう、そんな希望が持てる提言に思えます。


第5章
医療崩壊を防ぐ打開策の提言

 今ある医療資源が活かしきれていないために、医療崩壊の危機に局地的に見舞われているというのが大方の先生方の共通の認識のようです。(但し、日本医師会からは第3波ピーク時、日本は既に医療崩壊して、壊滅へ向かうと警鐘あり。)
 では、医療資源をどう有効活用するのか。その打開策となると、様々なお立場/専門性/ご経験から様々な意見が繰り広げられています。結果として同様の対策になっていたり、相容れない見解であったりします。
 では、具体的に見ていきたいと思います。

提言1【民間病院のコロナ患者受け入れに向けてすべきこと】

 これまで盛んにメディアを賑わせていたのが、“民間病院はコロナ患者を受け入れていない”といった批判的な声でした。医療法により、行政は民間病院にお願いしかできないといった要因もあります。

 ですが、忽那先生(9)は、『新型コロナ診療を行うキャパシティのある民間病院はすでに新型コロナの患者を診ている、というのが私の印象』と述べられています。
 “印象”という言葉で語られていることを踏まえても、民間病院のすべてがコロナ患者を避けているわけではない、むしろ診療に前向きな姿勢でいるところが多いと、忽那先生の発言から読み取れます。

 それを裏付けるように、日本医師会副会長で寿康会病院理事長の猪口雄二先生(17)も、日医定例記者会見の中で、『ある程度の規模がある民間病院のほとんどは既に受け入れを行っている』と述べ、受入病院を増やすことの難しさを説明しました。

 大木先生(19)も、民間病院が手を挙げても、新型コロナ重点医療機関に認定してもらう審査がネックになっているために、民間病院の活用が進まないと説明されています。民間だからといって、必ずしも非協力的というわけではないようです。

 また、日本医師会の中川会長(12)は、患者の受け入れを拒否した医療機関名の公表の扱いについて次のように発言されました。
『「正当な理由なく勧告に従わないのであれば公表する」という丁寧な仕組みになった。通常の医療がきちんと守られる事のほか、ゾーニングができないことや専門性の高い医師や看護師が確保できないことも含めて現場の「正当な理由」を丁寧に考えてもらえると期待している』

 私には、“今まで理由があって受け入れられなかった。それを理解されずに批判されていた。これからはその理由が正当であることを検討してもらえる”と安堵しているように見えます。

 コロナ病床の確保が進まない。だが、民間病院でもキャパシティのある病院は既に受け入れている。そうならば、次の感染の波にどう対応できるのでしょうか。

 大木先生(11)が、首相への進言として『民間病院が商売としてコロナ(の治療)をやりたいと思うぐらいのインセンティブ(報奨金)をつければ、日本の医療体制は瞬く間に強化される』と述べられました。
 たしかに“民間が商売として成り立つくらいの報奨金”を得られたら動くだろうと思える、説得力のあるパワーワードです。
 インセンティブについて動画(19)の中で、『感染症専門医は少ないのだから、国難にあっては総力体制で臨む。そのために他科の医師も動員する。それにはインセンティブが必要』の主旨で話されていました。

 一方で、民間病院を動員するのに支援金という話ではない、と主張される先生方もいます。

 山本先生(10)は、『「お金をつければサボっている民間病院が協力する」というシンプルな話ではない』と、これまた強烈に語られています。
 『医療資源配分は非常に高度で専門的なオペレーションであり、各医療機関の能力や特徴をリアルタイムで把握しなければ、適切な配分は行えない』と。
 付け加えると、山本先生からの打開策には、“医療機関と医療従事者への包括的な経済支援”も盛り込まれており、『公立・公的・民間を問わず、まるごと経営補償をする方が手っ取り早い』と述べられています。
 経済支援に加えて高度なオペレーションが伴わないと、民間病院からの協力は得られないという主張であると考えます。

 そして、忽那先生(9)は、『そもそも医療機関で新型コロナを診療するためには「患者を診る」だけでなく「感染対策が適切に行える」必要がある。(途中略)今新型コロナ患者を診ていない民間の医療機関は、感染症専門医もいなければ感染対策の専門家もいない、という施設が多く、こうした民間の医療機関に何のバックアップもないままに「コロナの患者を診ろ」と強制しベッドだけ確保したとしても、適切な治療は行われず、病院内クラスターが発生して患者を増やしてしまう事になりかねない。(途中略)単純にお金で解決する問題ではない。少なくとも単にお金を配って病床を確保するのではなく、「医療従事者の安全」と「診療の質」の両方が担保された上で民間の医療機関での診療拡充を行うべき』と述べられています。

 一見、お金で解決できるvs.お金で解決するシンプルな問題ではない、の構図に見えそうですが、大木先生のパワーワードのみが切り取られて独り歩きした結果、このような流れになったのではないかと私は考えます。
 大木先生も動画の中で、インセンティブは他科の医師を動員するため、補償金は病院が赤字にならないため、と述べられています。感染対策やオペレーションの必要性をご承知であることは動画からも伺えます。

 お金だけでは解決しない問題として、山本先生は“医療資源配分”から、忽那先生は“医療従事者の安全”と“診療の質”の担保が前提にあると、それぞれに視点は異なります。
 “医療資源配分”については、提言2で詳述します。

 忽那先生(9)の記事で、『ではこうした民間病院にしっかりバックアップをして、コロナ診療も感染対策もバッチリできるように指導すればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、現在は専門家も他院の指導に回る余裕がない』と述べられていました。
 1月17日付の記事を先生が執筆されていた第3波ピーク時はそういう状況でありました。今、第3波がおさまりつつあります。その時とは状況が違う今こそ、社会はこうした先生方の発信を真摯に受け止め、民間病院への指導や準備を行う好機であると思えます。

 そんな中、日医定例記者会見(17)で猪口先生から、次のような説明がありました。
『新規で新型コロナウイルス感染症患者を受け入れる病院への技術指導員の派遣、受け入れ病院からの患者引き受け等、必要な対策を立案・実行する』と。
 実行されることを期待したいです。

 ただ、財政支援が思うようには得られないだろうとの見方を示されている先生もいます。
 米村先生(1)は、『クラスターが発生して閉院したときの損失分や、評判が落ちて患者が減ったときの損失分まで補填する仕組みを作れば、患者を受け入れる病院は増えると思うが、そうした提案は厚労省でなかなか受け入れられていない』
 その理由として『政府は、大きな打撃を受けている飲食店や観光産業に対し、減収分の補填まではしていない。なぜ、医療機関だけを補償するのかと問われたときに説明できない、というのが厚労省の立場だ』と述べられています。

提言1【民間病院のコロナ患者受け入れに向けてすべきこと】まとめ

・包括的な経済支援をする。病院が赤字にならないような十分な補償金、他科の医師が参画するモチベーションとなりうる程のインセンティブを与える。(ただし、そのような支援が得られるかどうかについては、厳しい見方もある。)
・高度で専門的なオペレーションである医療資源配分を実施する。(提言2で詳述)
・民間病院に対してコロナ診療と感染対策の指導を行い、「診療の質」と「医療従事者の安全」を担保した上で診療拡充する。日医定例記者会見で、『新規で新型コロナウイルス感染症患者を受け入れる病院への技術指導員の派遣等の対策を立案・実行する』と発表されたことから、実行に移される事を期待したい。

提言2【ミスマッチをなくす/指揮命令系統を機能させトリアージをきちんとする】

 書籍「医療崩壊の真実」(14)では、2020年2月~6月のデータから、『重症患者が「一般病床」で、軽症患者が「ICU」を利用していた』というミスマッチが多く起きていたことを示しています。

 『ICUや集中治療専門医が不在の病院が、新型コロナの重症患者を受け入れざるを得ない状況』になっていた一方で、『集中治療専門医がいてユニットの整備もある施設でコロナ患者を受け入れていなかった病院』もありました。
 受け入れていなかった病院は、『この時期に感染が拡大していない地域にあったということも考えられる』と解説されています。

 こうしたミスマッチは『医療機関の「機能分化(役割分担)」と「連携」ができていないという「病」』から生じていると本書では指摘しています。

 2021年に入って、都立広尾病院、公社の豊島病院、公社の荏原病院がコロナ患者受け入れの実質的な専門病院となり、千葉県でも後方支援病院を確保して動きだしていることから、機能分化と連携が進んでいるように見えます。

 『「コロナ重症度」に応じた「病床機能」のミスマッチをなくすことが、医療の質を担保することと医療資源の有効活用につながると考えられる』と本書の中で提言されています。
 では、そのミスマッチをなくすためにはどうしたら良いのでしょうか?
 
 山本先生(10)は、指揮命令系統が機能していないから、地域の医療資源が適時適切に利用されず、都内で救急搬送困難事例が増えていた時期でも、都内病院のICU利用率が通常より大幅に低下していたという状況が発生するのだ、と述べられています。
 そして、その解決策として、『指揮官として医療資源配分のプロであるDMAT(災害医療派遣チーム)を活用すべき』と提言されています。『日本でこの訓練を受け、実践してきたのはDMATだけ』なのだからと。

 『厚労省は既に2020年3月から都道府県調整本部にDMATを活用するよう通知しているが、その役割は指揮命令系統の一部でしかない搬送調整である。大切なことは各都道府県の医療資源全体を統括する仕事であり、それには権限が必要である』と述べられ、DMATによるオペレーション実施に先立ち、『まず、政治が人びとの命を守ることを宣言し、指揮命令系統を作り、責任を取る体制を確立する』必要性を提示されています。

 そして、忘れてはいけないないのがトリアージの重要性です。
トリアージとは、救える命を確実に救うためにあって、命の選別ではない』と山本先生(10)は強調されます。

 『コロナ禍は 「災害医療」である。今、この医療の優先順位付=トリアージが行われていないために、通常なら助かる命が失われている。自宅で不本意な死を迎える人や既に入院治療が必要なのに入院先がなく、急変して運ばれる方が増えている』

 こうも訴えます。
『救える命を救うという真の目的を社会が共有しない限りこの危機は乗り越えられない』と。
 そして、医療ひっ迫を防ぐには、オペレーションを実施するDMATに新型コロナウイルス感染症以外の入院患者のトリアージもできるほどの権限を与える必要があると示唆されています。

提言2【ミスマッチをなくす/指揮命令系統を機能させトリアージをきちんとする】まとめ

 「コロナ重症度」に応じた「病床機能」のミスマッチをなくすことが、医療の質を担保することと医療資源の有効活用につながる。
 そのためには、医療資源全体を統括する権限を持つ指揮命令系統を作り、きちんとトリアージを行い、真に必要な人に医療を届け、救える命を確実に救う。

提言3【医療機関の役割分担と連携】

 「コロナ重症度」と「病床機能」のミスマッチをなくすことが医療資源の有効活用につながり、そのためには指揮命令系の確立が必要である事を、前項の提言2で示しましたが、どのような采配が考えられるでしょうか?

 米村先生(1)からの提言です。
『ある程度規模が大きい病院でなければ、感染患者と他の救急患者を分けて対応するのは難しい。感染患者を診ることのできない病院にまで、無理に感染患者の受け入れを強制する必要はない。
感染患者を受け入れていない病院が他の救急患者を積極的に受け入れるなど、病院間で役割分担をすればよい。要は、日本全体として医療資源をうまく活用する必要がある

役割分担と連携の在り方を示されています。
 
 忽那先生(9)も次のように提言されています。
『現在、新型コロナ診療を行っている医療機関は、多かれ少なかれ通常診療の規模を縮小しているので、新型コロナ診療を行っていない民間の医療機関は、
・新型コロナを診療している病院がこれまで診ていた、コロナ以外の患者の診療をカバーする。
・新型コロナ診療医療機関からの転院など後方支援を徹底する。
ということで相互に協力をする、というのが現時点では望ましい』 

 実際、その動きがみられており、そのことについて忽那先生(9)は次のような見解を示されています。
 『東京都は都立病院などでコロナ病床数を増やすことにするようである。
 都立病院はこれまでも多くの新型コロナ患者を受け入れてきているので、経験のある医療機関に新型コロナ患者を集約化することは、交通整理のためにも良いことで、「医療従事者の安全」と「診療の質」の両方を担保しつつ病床を増やすという意味では、民間病院での病床を拡充するよりも現時点では現実的である

 しかし、「医療機関の相互協力」と言っても、事は容易ではなく、現場の実情を忽那先生(9)はこのように説明されています

 『急性期の病院に入院した方が、状態が落ち着けば療養病院など後方支援病院に転院となることが多いが、転院の際には全ての患者にPCR検査の陰性確認することを条件にする後方支援病院も増えており、転院調整に時間がかかるようになってきている。そうすると、急性期病院から患者が減らずに「目詰まり」を起こし、新たに患者が受け入れられなくなる』

 そして、次のように提言されています。
 『後方支援病院もクラスターを起こさないためにこうしたPCR検査の確認を行っているが、今の医療の状況を改善するためには急性期病院に検査を義務付けるのではなく「転院先で(一時待機スペースなどで)PCR検査を行う」などに行政が主導して変えていく必要があるかもしれない』

 医療機関の連携の難しさは、森田先生(3)(4)(16)も“ライバル関係”との視点から、こう指摘されています。
 『日本の場合、民間だからというよりは、ライバル関係にある中小病院が乱立しているという問題の方が大きい。今や日本に2割しかない公立・公的病院すらその競争に巻き込まれてしまっている。いまさら危機時だから、迅速に連携しろと言われても、なかなかすぐには出来ないし、どう動いていいのか、その手法もわからない、というのが現実的なところだろう』

 日本医師会は病床確保に向けた方策を2月下旬に発表(17)しています。
 その中に、(医療機関の)連携を後押しするものとして、JMAT(日本医師会災害医療チーム)を、「新型コロナウイルス感染症患者受け入れ病院に医師・看護師を派遣した病院」や「受け入れ病院から入院患者(回復後のコロナ患者、コロナ以外の患者)を引き受けた病院」へ派遣する旨がありました。
 そのまま解釈すると、新型コロナ患者を受け入れてひっ迫している医療機関へ自分の病院の医師・看護師を派遣する、受け入れ医療機関からの患者を引き受けるということであり、新型コロナ患者受け入れ病院側からみると、他の医療機関から医師や看護師が助けに来てもらえる、回復後のコロナ患者や他の患者の面倒を他病院で見てもらえる、ということになります。

 これらの方策が実行に移されて医療従事者や患者の移動が柔軟に行われるのであれば、‶機動性の低さ”の問題も、‶専門医1人体制”の問題も、かなり解消されると思われ、是非とも次の感染の波に見舞われるまでに整備されることを願ってやみません。

 ただ、忽那先生が示されたように、“受け入れ機関からの転院患者を引き受ける病院側の懸念”があり、また森田先生が指摘された“病院間がライバル関係にある”ことも乗り越えるべき障壁として存在しています。
 強力なリーダーシップを期待するばかりです。

参考情報(20)
DMAT:厚生労働省または都道府県の組織
 DMATの主な活動は、災害現場における活動、病院支援、広域医療搬送、域内搬送。具体的には、トリアージ、メディカルコントロール、緊急治療、現場治療、被災地域内の医療情報の収集と伝達、混乱状態緩和と病院機能維持、後方搬送の体制確保、搬送など。
原則として災害発生から48時間以内に被災地へ派遣され、3日程度で撤退。

JMAT:日本医師会の組織
 JMATは、DMATの後を引き継ぐ形で、避難所や救護所における医療活動を中心に行いその期間も医療体制が回復するまで。

(ただし、猪口先生(17)が説明されたJMATの活動内容は、新型コロナウイルス感染症患者受け入れ病院に医師・看護師を派遣した病院にJMATを派遣する、受け入れ病院の外来診療部門へ派遣するといった、サポート的な意味合いの活動であり、山本先生(10)の提言されている指揮官としてのDMATの活動内容とは趣を異にしています。)

提言3【医療機関の役割分担と連携】まとめ
 医療機関の役割分担と連携が望ましいが、各病院の都合や病院間の関係性の問題がある。

 現状を打破するのは簡単ではない。それならば、より大きな権限を持つ指揮命令系を確立する等、専門家の先生方から提言されている施策を駆使して、思い切った医療体制の変革/強化が必須でありましょう。
 それをしないまま次の波、次の新たな感染症がやってきて、再び自宅待機中に患者が亡くなった場合、そんな日本の施策を国民は受容できるでしょうか。

 そして、そのような強力な指揮命令系が作られる場合、注意すべきなのが情報の透明性です。これについて山本先生(10)が触れられています。次の提言4に記します。

提言4【情報を透明化すべき】

 『情報は透明化すべきだ。権限を強化する以上は、情報を開示しないと公平・公正な判断ができているか市民は検証不能である。(途中略)さらに大切なことは一人の患者がどのような経緯をたどって、医療・介護の世話になるのかという視点、つまり患者目線、市民目線で仕組みを作ることだ』山本先生(10)

提言4【情報を透明化すべき】まとめ
 情報を透明化して市民による検証を可能にしたうえでオペレーションを実施する。

第6章
専門家による見解の一致点と相違点

一致点
・新型コロナ患者を受け入れると病院が赤字になる。
・一部の医療機関のみが感染患者を引き受けることにより、医療機関の間に負担の大きな偏りが生じている。
・民間病院を参画させるのに、経済支援だけで済む話ではないが、赤字にならない程度の支援は必要。
・病床に余力があるのに、システムが機能していない/機動性や柔軟性が低いために医療資源が活用されていない。

相違点
・第3波ピーク時、日本は既に医療崩壊であると警鐘を鳴らされた先生がいた一方、全体として医療崩壊は起きていないが一部で(局地的に)医療崩壊していた/医療崩壊に向かっていたと分析される先生もいた。(事実はひとつであり、どこを注視しての表現であるかの違いであると思います。)
・医療崩壊の定義が明確でなく、人により違う意味で使用されている。
・医療ひっ迫の打開策が、それぞれの立場により視点が異なる事から(当然の事ですが)違う提言が出されている。
 *民間病院を動員するにあたっての方策それぞれ
 *指揮命令系とトリアージを作動させミスマッチをなくす
 *医療機関の役割分担と連携
 *情報の透明化

興味深い相違点
 病床のひっ迫を解消するために注目すべきなのが重症患者か、それとも軽症/中等症患者なのか、の視点の違いがあります。

 ・書籍「医療崩壊の真実」(14)では、集中治療専門医の分散を問題視しています。重症患者に注目した見方です。

 ・一方、米村先生(1)は軽症と中等症の患者がポイントであるとの見方を示して、『重症患者ばかりが注目されるが、中等症の患者をきちんと病院に収容できていれば、重症者を減らせる。そうすれば、医療につながる前に亡くなってしまうケースもなくなるはず。軽症から中等症患者の受け入れは、設備や専門医のいない機関でも可能なはずだが、そうなっていない』と問題点を指摘されています。

第7章
引用した資料と専門家

(1) 東洋経済2021年1月10日
https://toyokeizai.net/articles/-/402702?fbclid=IwAR0tKQfY6oipg2sbjaLQVCTwA4i7CUULTkHoNsV_yZ2IbrQu6e4gcsQf9P0
東京大学大学院法学政治研究科教授・内科医
東京都健康長寿医療センター循環器内科の勤務医も兼務
専門は民法、医事法 医療法専門家 米村滋人先生

(2) Diamond Online 2021年1月22日
https://diamond.jp/articles/-/260096?fbclid=IwAR1BkR79Bhfe5HkmsAIBE_28fD3SparmS25cpwmpP20JY2yCM7PlPwZsqWg
名古屋商科大学ビジネススクール教授 原田泰先生

(3)「医療崩壊」を叫ぶほどに見えなくなる「日本医療の根本の問題」 — 森田 洋之 – アゴラ (agora-web.jp)  2020年12月09日
南日本ヘルスリサーチラボ代表 医師・医療経済ジャーナリスト 森田洋之先生

(4) ヨミドクター 2020年12月16日
新型コロナの「医療危機」の陰に隠された真実とは 森田洋之さんに聞く : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞) (yomiuri.co.jp)
南日本ヘルスリサーチラボ代表 医師・医療経済ジャーナリスト 森田洋之先生

(5) 東京新聞 2021年1月14日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/79752
平成医療福祉グループ代表 武久洋三先生 

(6) 東洋経済2021年1月14日
起こるはずのない「医療崩壊」日本で起きる真因 | 新型コロナ、長期戦の混沌 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 (toyokeizai.net)
大阪大学医学部附属病院感染制御部医師 森井大一先生

(7) ABEMA TIMES 2021年1月13日
https://news.yahoo.co.jp/articles/3b6a5238d11c15acbc843ad189fdd645c30f66c7
日本医師会会長 新さっぽろ脳神経外科病院理事長 中川俊男先生

(8) JB press 2021年1月21日
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63737
日本医師会会長 新さっぽろ脳神経外科病院理事長 中川俊男先生
東京慈恵会医科大学教授(血管外科医)外科統括責任者 (元)対コロナ院長特別補佐・大木隆生先生

(9) Yahoo! Japanニュース 2021年1月17日
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210117-00217857/?fbclid=IwAR3XsWEgbuXBFkW1uakLvP0ihtXGp528LRiRmhxfqhVdKP2nRSoxXCjU_kk
国立国際医療研究センター 国際感染症センター 感染症専門医 忽那賢志先生

(10) Diamond Online 2021年1月27日
https://diamond.jp/articles/-/260876
名古屋大学大学院医学系研究科救急集中治療医学分野医局長、集中治療専門医、救急科専門医 現在は名大病院で救急・集中治療に従事 山本尚範先生

(11) 産経新聞 2021年1月16日
https://www.sankei.com/politics/news/210116/plt2101160007-n1.html
東京慈恵会医科大学教授(血管外科医) 外科統括責任者 (元)対コロナ院長特別補佐・大木隆生先生

(12) NHK NEWS WEB 2021年2月3日
【詳細】コロナ対策の改正特別措置法など成立 その内容とは? | 新型コロナウイルス | NHKニュース
日本医師会会長 新さっぽろ脳神経外科病院理事長 中川俊男先生

(13) ICU等の病床に関する国際比較について(厚労省サイト)
<公表版>ICU国際比較(改) (mhlw.go.jp)

(14) 書籍:医療崩壊の真実(エムディエヌコーポレーション)渡辺さちこ氏 アキよしかわ氏

(15)NHKニュース 2021年1月14日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210114/k10012814121000.html

(16)書籍:「日本の医療の不都合な真実」コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側
南日本ヘルスリサーチラボ代表 医師・医療経済ジャーナリスト 森田洋之先生

(17)日医on-line 2021年2月4日
https://www.med.or.jp/nichiionline/article/009825.html
日本医師会副会長 寿康会病院理事長 猪口雄二先生

(18) デイリー新潮 2021年1月23日/「週刊新潮」2021年1月21日号記載
https://news.yahoo.co.jp/articles/135d3a8d59d8b66b42d2c3e6952020120b7df786?page=1
東京慈恵会医科大学教授(血管外科医)外科統括責任者 (元)対コロナ院長特別補佐・大木隆生先生

(19) 大木隆生チャンネル【公式】 - YouTube

(20) JMAT(日本医師会災害医療チーム)とは?DMATとの違いと仕事内容は?
https://bousai-life.com/jmat/

あとがき

 第3波が猛威を振るっていた1月、メディアでは盛んに、第1波が収束していた時期に医療提供体制を整備しておくべきだったと論じていました。
 今、第3波の感染が収束しつつあります。受け入れ医療機関での医療従事者の奮闘は続いていますが、感染者数が減少している今、やっと本格的に医療体制変革の取り組みができる時が来たのではないかと思えます。
 どう動き出すのかは、本記事に紹介させて頂いた現場で活躍している日本の頭脳が既に具体策を示しています。動き出すだけなのです。

 新型コロナに関する報道がわかりにくいことが本記事執筆のきっかけでした。あとがきを書いている今うすうす感じていることは、わかりにくかったのは専門家の主張がそれぞれ違っていたからではなく、国民に伝えられる情報が偏っていること、情報が不透明であること、そして大木先生が述べられた行政の*Passive Aggressive姿勢によって国民全体が混乱させられているからなのではないかということです。
*Passive Aggressive:(大木先生の動画(19)からの説明)Noと言わず、行動でNoを示す。

 最後になりましたが、引用させて頂いた専門家の先生方の皆さま、勝手に本記事で先生方の記事や動画を紹介させて頂きました。十分注意しながら作成したつもりですが、(本記事が先生方のお目に触れる幸運があれば)厳しいご指摘・ご叱責等、何なりとお知らせ下さい。追加・修正等で対応いたします。

よろしければサポートお願いいたします。今後の記事作成に向け、書籍や有料記事購入費に充てさせて頂きます。