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芋翻訳その2「幼なじみのハッセル陰陽師に好かれています」

創作芋文芸界の末席を汚すものとして二度目の「芋翻訳」を試みた。

芋翻訳というのは、文学作品の主モチーフをじゃがいもに置き換えてみることである、たぶん、今のところ。

今回翻訳したのは、服部匠さんが書かれた小説「幼なじみのハリセン陰陽師に好かれています」の最後の盛り上がりの一幕。

服部さんの「芋翻訳、憧れてしまいます」という奇特な要望を受注して書いてみたが、文体等はほぼそのままであり、作者への冒涜になりかねない危険な一面もある。

幸い、泡野さんに引き続き、またしても寛大なお心で公開の許可をいただいたので、ここに掲載する。

「幼なじみのハリセン陰陽師に好かれています」はカクヨムで全文を読むことができる。

カクヨム 「幼なじみのハリセン陰陽師に好かれています」

「だって僕、蓮菜ちゃんのこと、大好きだし」
大学入学後、新たな恋愛の予感にワクワクしている女子大生の日ノ宮蓮菜(れんな)。幼なじみで腐れ縁のウザい自称陰陽師・仁藤沙羅(さら)から贈られた編み上げの靴は、なぜか不幸を呼ぶ靴だった。
思い人を貶され、怒った蓮菜は沙羅との関係を一方的に避ける。その後、思い人である若林とのデート中に突然化け物に襲われるが、助けてくれたのは沙羅――巨大なハリセンを持った陰陽師だった。ストーカー気質でポジティブすぎるヒロイン一途な陰陽師男子×普通に恋愛したいけど幼なじみを無下にできない女子のラブコメです。

未読の方は、ぜひ原文と見比べながら楽しんでいただきたい。

翻訳部分原文(呪いの編み上げの靴 後半部分抜粋)

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幼なじみのハッセル陰陽師に好かれています

 よく知った声が響いた。瞬間、カサカサカサ! となにかが大量に体にまとわりつく。 

 急に体が軽くなる。覆い被さっていた若林くんの姿がない。早く離れて! という声で顔を上げると、そこには黄色の蝶のようなものが飛び交う中たたずむ肩紐と胸当てのあるつなぎ姿。長い黒髪がゆらりとなびき、その手にはオーブンミットがはめられスキレット(?)が握られている。

 蝶のようなモノは、綺麗な揚げ色でパリパリとかけらを撒き散らす、ジャガイモでできたチップス……幼い頃、沙羅の術で見たアレだ。私から若林くんをひっぺがしてくれたのだ。

「僕がいなくなっちゃえば、簡単に手込めに出来るとでも思った?」

 いつも通りの軽い言葉のはずなのに、そこには隠しきれない怒気が込められている。

「――さ、ら」

 仁藤沙羅がそこに居た。私をかばうようにしっかり立つ彼は、顔だけ振り向かせてにっこりと笑う。

「僕が来たから大丈夫だよ、蓮菜ちゃん。――さて、さっさと片をつけますか『ジャガイモシストセンチュウ』さん?」

 沙羅が向けた先には、紫の妖しいオーラを纏った若林くんの姿。オーラはやがて、細く長い触手のような化け物に形を変え、同時にドサリ、となにかが倒れた音がする。見れば、足元には若林くんが倒れていた。ど、どういうこと?

「お前はあのときのうさんくさい女顔男。正体を見破ったということは、貴様、陰陽師か」

「正解。三重の畑を管理している方から依頼があってね。その昔、悪さをしたジャガイモシストセンチュウという病害を封印したはずの祠が壊れている、と。……ここからは憶測だけど、最近、大学生が宝探しと称して畑を荒らして祠を壊し、こぶの付いた巨大な触手に襲われる動画がアップロードされてる。その『触手』とは、貴方のことでは?」

 もしかして、若林くんのバズった動画のこと? 襲ってた触手がこの化け物もとい、ジャガイモシストセンチュウていう害虫だってこと?

 沙羅の説明に、ジャガイモシストセンチュウは「バレちゃあ仕方ねえな」と悪びれもなく言った。

「馬鹿な若者が他所の土を靴にくっつけて運んできただけじゃなく、邪魔な祠を壊してくれたんでな。卵をふ化させてシストから若い男に乗り移ったんだよ。久々に芋を襲おうと思ったら、ちょうど近くに農家の女がいるじゃねえか。こりゃ都合がいいって思ってたのによぉ! まあいい、下手に攻撃してみろ、乗っ取った人間の命がどうなってもいいのか?」

「うわ~、お決まりの台詞だ。そんな脅しは僕に効かないよ」

 沙羅はクツクツと笑う。本当に大丈夫だろうか、と心配になる。

 へっぴり腰で二人から離れ、大きめの木の幹にしゃがんで身を隠す。とりあえず、オーバーオールな陰陽師と、変なオーラ出しちゃってる害虫・センチュウが対峙している姿を、騒ぎが収まるまで見守ることにした。

 ふっふっふ、と思わせぶりな笑みを浮かべた沙羅は「この仁藤沙羅様をなめないでくれよ」と自信満々に言い放った。

「この『絶対根絶させちゃうくん一号』なら、一発だから!」

 ずい、と見せつけるように登場したのは、手に持った鉄のフライパン。よくよく見ると、その中は薄くスライスされた、しかし完全には切り離されずに、切れ目が扇状に広がっているじゃがいも……焼き目の付いたハッセルバックポテトだった。襲われたのも忘れて、盛大にずっこける。

 なんだハッセルバックポテトって。シュールか! サラ’sキッチンか! 

「いやいやいやいや待って! 普通お札とかなんか手刀みたいな動きとか呪文とか、そういうのじゃないの!?」

 うっかり木の幹から顔を出して突っ込んでしまった。さっきのポテトチップス飛ばすのも冷静になって考えればおかしかったけど! それっぽく見えることしたくせに! すると沙羅は「えー」といつもの様子で口答えする。

「めんどくさいから芋で解決したくて。んじゃ、仁藤沙羅、いっきまーすウェーデン!」

 地を蹴って、沙羅が俊敏に走り出す。ふっと姿が闇に紛れると、センチュウがきょろきょろと辺りを見回した。あのおいしそうな匂いを漂わせる芋料理を振り回す姿なら、いやでも目立つのに、と驚いていると、ジュジュッ! ゴォォン! と熱したスキレットが炸裂する音がした。

「俺が見えるだと?」

「おっと、外しちゃった。避けられるんだ。少しはやるね。でも、僕を舐めてもらっちゃ困る。一応コレでも一人前の陰陽師なのだ」

 派手な羽音のようなものと共に、複数のポテトチップスが一斉にセンチュウに襲いかかる。私を助けてくれたアレだ。目くらましと動きを止めるためなのだろう。

 声は上から聞こえる。見上げれば、大きめの木の枝に立つ沙羅の姿が見えた。

「さあ、とっとと彼から出て行くんだ。困ってるんなら、自分だけでうちにおいで。案内くらいはできるから。病害だからって、相手の事情もかまわず利己的になったらおしまいだよ。そういう調停役のために僕らの職業はあるからね」

「うるせぇ! 人間ごときの世話に……」

 ハッ、と腹の底から出たような沙羅の声がすると、沙羅の姿が消えた。ムグシャァァ! と激しい音が響く。シストォォォォ! とセンチュウの悲鳴の次、大きな音を立てて倒れるのが見えた。見れば紫のオーラは消え、すぐに起き上がることはなさそうだ。

 軽やかな着地をした沙羅は、スキレットをブンと振り下げ、息を吐く。胸当てのポケットの中にスキレットをしまう様子が見えた。あのわりと大きめなスキレットが吸い込まれるようにして消えた。いくらなんでも不思議すぎるでしょ。

「ぐっ……!」

 ハッセルバックポテトに噛みつかれるように挟まれたセンチュウはシュッと音を立てて姿を消した。沙羅はそれを追うこともせず「ま、いっか。なんかあればうちに来るし」と気軽に呟くだけだった。

「終わったよ、沙羅ちゃん。大丈夫? ああ、若林くんは大丈夫。センチュウとすでに分離もしてるし、気を失ってるだけ」

 振り返った沙羅が私に近寄ろうとする。ハッセルバックポテトの存在であっけにとられていたが、はたと自分の状況を思い出し、体が動かなくなった。足がすくんで立ち上がることさえ出来ない。

 沙羅はそんな私を心配そうに見つめたあと、手をさしのべようとして――引っ込めた。

「今は、僕に触られるのも嫌、かな」

 気を遣ってくれたのだ、とわかった瞬間、安心する。それでも困ったことに体が動かない。じわり、と今さら涙と怖さで一杯になって、うずくまって泣き出してしまった。

 沙羅はなにも言わず、そしてなにもせず、しばらく隣に居てくれた。

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ハッセルバックポテト

じゃがいもを切り離さないよう3~5mm間隔に切り目をいれ、塩、コショウ、にんにく、オリーブオイルで味付けしたあと、中は柔らかく皮はカリッとするまでオーブンで焼き上げる。

料理名は、1940年代にウェーデンのストックホルムにあるハッセルバッケン・ホテルで最初に出されたことに由来。

細かな切れ込みを入れた姿からアコーディオンポテトとも呼ばれる。

※ジャガイモシストセンチュウの巨大化、ハッセルバックポテトで害虫を根絶させる陰陽師の設定は、芋翻訳上の創作です。
ハッセルバックポテトはおいしいので、ぜひ食べてみてください。


はじめての芋翻訳「剣士と龍赤」


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雲形ひじき
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