スナック忘れな草~2023宝塚記念“タイトルホルダー”の連覇 その1~※4話完結
記事の画像はJRAホームページより
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■ マスターの失踪
2023年6月22日(木)午後6時
-東京都某区 スナック忘れな草-
真一郎がスナック忘れな草の扉を開けると、店内は真っ暗だった。手探りで電気のスイッチを押すと、カウンターに置き手紙があるのを見つけた。
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しんちゃん、今日子ちゃん、社長さんへ
マスターが急に入院することになり、
付き添いが必要なので私も店に出られません
2、3日店を閉めますが、
宝塚記念の検討にお店は自由に使ってくださいね
飲み物や冷蔵庫内の食料もご遠慮なくどうぞ
「臨時休業」の貼り紙を作っておいたので、
店の扉に貼ってください
P.S.
マスターから宝塚記念の予想メモを預かっています
店の鍵の下にある紙です
麗子
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急な入院とはどういうことだろう。真一郎は宝塚記念のことよりもまずそれが気になった。癌や心臓病など、生死にまでかかわる病気でなければいいが。麗子ママの文面からは、そこまでの緊張感は感じられないが、気を遣わせまいとしてあえて病気の詳細に触れていない可能性もある。
とりあえず臨時休業の貼り紙をしようと扉を開けたところ、ちょうどタコ社長が来たところだった。事情を話すと腕を組んで眉根を寄せた。
「大きな病気じゃなきゃいいんだが、ちょっと心配だなあ・・・」
タコ社長はそろそろ還暦だっただろうか。身の回りにいる同年代の人の中に、大病を患う人もいるだろう。やはり同年代であるマスターのことが心配でならないようだ。
5分ほどマスターの具合について話をしていると、ギョニ子もやってきた。真一郎からマスターのことを聞いて、「ええ!?噓でしょ?」と大きな声をあげた。マスターは昨日までは普段通りカウンターの中で笑顔を振りまいていたのだから、ギョニ子が驚くのも無理はなかった。
お酒を飲む気分ではなかったが、手持ち無沙汰だったのでみんな飲み始めた。タコ社長は眞露の水割り。真一郎とギョニ子は生ビール。勝手知ったる我が家のごとく、どこに何があるかはわかっている。
「ああ、そうだ」
真一郎は、麗子ママの置き手紙にあった、マスターの予想メモを思い出した。
■ 長澤まさみ+見上愛=佐々木蔵之介
カウンターの中央部、店の鍵の下にA4サイズほどの紙が置いてあった。
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長澤まさみ+見上愛=佐々木蔵之介
長澤まさみ=タイトルホルダー=JRAスーパープレミアム
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「長澤まさみと見上愛を足すと佐々木蔵之介?さっぱり意味がわからないわ」
真一郎が読んでいるところを、隣から覗き見したギョニ子がいった。
「長澤まさみとタイトルホルダーとJRAスーパープレミアムが同じ?これまたさっぱりわからねえな・・」
真一郎から紙を受け取って読んだタコ社長も、お手上げの様子で万歳のポーズをした。
「紙の上部をわずかしか使ってなくて、下が広くあいている」
真一郎はマスターが書いた紙を見ながら言った。
「この後、ふたつの式について詳細を書く予定だったのが、入院のために書けなくなったのかもしれないなあ・・・」
真一郎の言葉にギョニ子が目を潤ませながら言った。
「書けなくなったなんてやめてよ、しんちゃん!」
そんなつもりで言ったのではないと反論しかけた真一郎だったが、ギョニ子の目から今にも大粒の涙があふれそうなのを見てやめた。マスターのことを思う気持ちはみんな同じだ。
「今週は競馬の予想はやめたほうがいいかな・・・」
ふたりの顔を伺うように真一郎は言った。
「いや、そうじゃねえぞ」
タコ社長が言った。
「こういうときだからこそよう、うちら三人で力を合わせて、宝塚記念の予想をするべきじゃねえかな?」
「あたしも賛成。もしかしたらだけど、マスターが書いたこのメモ。私たちを試してるのかも」
ギョニ子が言った。目にはもう涙はない。
「試す?」
真一郎の問いにギョニ子はうなずいた。
「そう。試すって言い方は適当じゃないかもだけど、普段私たちってマスターの予想に助けられていることが多いと思うの。マスターや麗子ママがいなくても、ちゃんと予想を組み立てられるかどうか、試練を与えられたんだわ」
「試練か・・・よし!やってみるか!」
真一郎の言葉にギョニ子とタコ社長がうなずいた。
■ ディープボンド
「さて、まずは最初に書いてある数式ね」
ギョニ子はそう言って数式のあたりを指先でトントンと叩いた。
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長澤まさみ+見上愛=佐々木蔵之介
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「長澤まさみと見上愛を足すと佐々木蔵之介かあ。どっから手をつけたらいいものか?」
タコ社長が腕組みをして天を仰いだ。
「まずはWikipediaなどをあたって、3名のプロフィールを書き出してみましょう」
そう提案したのは真一郎だった。リュックに入れてあったノートから紙を3枚破り、タコ社長とギョニ子に一枚ずつ渡した。真一郎が長澤まさみ、ギョニ子が見上愛、タコ社長が佐々木蔵之介について調べ、おのおの紙に書きだしていくことになった。
「数式で表せられるってことは、それぞれが持つ数字が大事になってきそうね・・・」
ギョニ子がそう言ったとき、スナック忘れな草の扉が開いた。検討開始前に施錠したはずだったが、一服するために一度外に出たタコ社長が、店内に戻ったあと鍵をかけ忘れたようだ。
「なにか大きな悩みでもあるのかな?みなさん哲学者のような顔をしてらっしゃる」
そう言ってタコ社長の右隣に座ったのはくろたんだった。
「ちょっと!臨時休業という文字が見えなかったの?」
ギョニ子がそう言うと、くろたんは右の口角にわずかに笑みを浮かべて言った。
「今日子さんこそ、くろたんは入っていいよーという文字が見えなかったのかな?」
「え?そんなこと書いてなかったはずだけど・・」
ギョニ子は急いで店の扉を確認しに外へ出た。「臨時休業」の文字の下に、明らかにたった今ボールペンで書いたと思われる「くろたんは入っていいよー」の文字があった。
「あんた今書いたでしょ?」
くろたんに掴みかからんとする勢いのギョニ子を真一郎が制し、耳元でささやいた。(追い返さずに相手をしてやろう。さっきの数式のヒントをもらえるかもしれない)
落ち着きを取り戻したギョニ子は、くろたんに言った。
「先々週はゲッツマングローブ、先週はキャシー塚本だったかしら?お姉キャラが2週続いたけれど、素のくろたんって長身でイケメンよねえ。声もイケボだし」
「ふふふ。言われ慣れていることを今さら言われても、さほどうれしくはないなあ。まあ、何やらお困りのようだし、お力になれるかもしれません」
くろたんはそう言って、左隣にいたタコ社長の紙を覗き込んだ。タコ社長が担当している佐々木蔵之介についての情報が書いてある。
「佐々木蔵之介がどうかしたんですか?宝塚記念のゲストは見上愛。ウマのそらでクロノジェネシスを回想しているのも見上愛だというのに」
くろたんの質問に、真一郎が今までのいきさつを説明した。訳があって今週はマスターと麗子ママがいないこと、マスターの宝塚記念予想のメモに、数式がふたつ書き込んであったこと。それを突き止めるためにみんなで手分けして、プロモーションキャラクター3名のプロフィールを改めて調べていたこと。
「マスターがいないのは、あれが理由でしょうね」
数秒ほど目を閉じて考えていたくろたんが話し始めた。
「私が管理している掲示板で行っている予想大会。その大会でマスターは現在トップにおり、5月度大会からの2連覇が掛かっているのです。2位につけているのが私。先々週、先週とじりじりと私に差を詰められた緊張で、胃でもやられたんでしょうな」
「マスターが逃げったっていうの?そんなこと絶対にないわ!」
ギョニ子がまた興奮してきたので、真一郎が間に入った。
「まあ、マスターのことは心配は心配ですが、麗子ママがついているから安心しています。それよりも、くろたんが宝塚記念で狙っている馬はなんでしょうか?もし差し支えなければ教えてもらえないでしょうか?」
「私が狙っている馬はズバリ!」
くろたんはそこまで言うと、服を脱ぎ始めてあっという間に薄いピンクのブリーフ一丁になった。前方にくるりとでんぐり返しの格好になったあと、片膝を立てて銃を構える仕草をした。
「ドントウォーリー!アイムウェアリング・・・」
「パンツ!」
タコ社長が立ち上がりながら叫ぶと、くろたんはニヤリと笑った。
「さすがは社長さんだ。そう、私の狙いはボンド。ボンドはボンドでもディープボンドですよ」
そう言ってくろたんは片膝を立てた姿勢から立ち上がり、床についていたほうの膝を右手で払った。ところが、でんぐり返ししたときの衝撃のせいだろうか、ブリーフからは完全に右の金玉が露出していた。
「ちょっと!全然安心できないんだけど!早くその汚いものをしまって!」
ギョニ子はそう言ってくろたんに背を向けた。
「おやおや生娘でもあるまいに。たまには私の魚肉ソーセージを・・」
くろたんが最後まで言い終わる前に、ギョニ子の鋭いキックがくろたんの股間を一閃していた。
「むうううぅ・・・」
床に転がって悶絶するくろたんを放っておいて、真一郎ら3名は検討を再開した。涙目になりながら服を着たくろたんは、山崎のロックを一杯あおってから、ディープボンドの推し材料を述べ始めた。
「まずは軽くジャブ程度から。優駿6月号130ページに、『ミクロアイ』というコーナーがあります」
優駿130ページ競馬ミクロアイ
キズナの日本ダービー
キズナ 馬主 前田晋二
宝塚記念
ディープボンド(父キズナ)(前田晋二)
「ミクロアイか・・・宝塚記念のゲストが見上愛だから、無視できないですね」
真一郎が言った。深くうなずいたくろたんは続けた。
「今年の宝塚記念は第64回。宝塚記念のファン投票中間発表、64位の馬をみてください」
宝塚記念ファン投票 中間発表
0064 ヴィンテージボンド
ヴィンテージボンド 父キズナ 西園 サンデーR
ディープ(ボンド) (父キズナ) (前田晋二)
「ボンドとボンドね。悪くないわ」
ギョニ子がうなずきながら言った。
「まだありますよ。美雪花代の名で活躍した、元宝塚ジェンヌの岩﨑美由紀氏が代表を務めるヴェルサイユファーム。サインを出す可能性は高いでしょう」
ヴェルサイユファーム
代表 元宝塚ジェンヌ 岩崎美由紀
6/18(日)阪神3R
5着 6ー11 ゲットザフェイム 和田竜二
父キズナ・ヴェルサイユファーム
宝塚記念
ディープボンド (和田竜二) (父キズナ)
「なるほどなあ。春天も2着だし、6歳でも元気いっぱいのディープボンド。あるかもしれねえなあ」
タコ社長がうなずきながら言った。
「まあ、まだまだ強烈なサインはあるのですが、全部ここで言ってしまうと、みなさんの本命がディープボンドになってしまうでしょう。今日はこの辺にしておきますよ」
くろたんは不敵な笑みを浮かべると、ドアのほうに歩き始めた。
「あ、そうそう。長澤まさみ+見上愛=佐々木蔵之介。女性二人はわかりませんが、佐々木蔵之介は『100』じゃないでしょうか?女性二人と異なり今年加入。しかも京都出身。センテニアルパーク京都競馬場のグランドオープンに合わせた起用なら、『100』には要注意となります。それと・・・夏競馬のCM神経衰弱。ペアの要素を持つ馬同士の決着や、ペアレースにも要注意でしょうね」
くろたんはそう言うと店の外に消えた。ギョニ子に蹴られた金玉がまだ痛いのだろう。少し足を引きずるような歩き方になっていた。
「佐々木蔵之介が『100』か・・・確かにそれはあるかもしれないね」
真一郎がそう言うと、ギョニ子がうなずきながら言った。
「そうすると長澤まさみと見上愛を足すと『100』になるってことね。それぞれがどの数字を持つのか・・・」
■ タマモクロスと夏競馬CM
5分ほど休憩しているときだった。タコ社長が大きな声を出した。靴磨きの政やんからメールが届いたという。
真一郎ら3人が、マスターが残した謎の数式ふたつにかかりきりになるため、夏競馬のCM、YouTube動画に登場したタマモクロス、JRAサイトトップ画像のJRAスーパープレミアムについては、靴磨きの政やんにメールで頼んでいたのだった。
3分ほど、靴磨きの政やんからのメールを熟読していたタコ社長が膝を叩いてから言った。
「おいおい、政やん、とんでもないのを見つけてくれたようだぜ。夏競馬のCMとタマモクロス。一見何も関係のなさそうなこのふたつが、ある数字でドンピシャつながるってんだよ!」
タコ社長の携帯でメールを確認した真一郎とギョニ子も、政やんの見解には驚くばかりだった・・・
スナック忘れな草
~2023宝塚記念“タイトルホルダー”の連覇 その1~
―完―
第2話 予告
靴磨きの政やんが、子供の発言から気づいた夏競馬CMの秘密とは?
驚きの新解釈に衝撃が走る!
第2話はこちら
↓ ↓ ↓
https://note.com/finalize_keiba/n/n9420b012ebb3
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