見出し画像

スナック忘れな草~赤い相合傘・2024マーメイドS~

トップ画像引用:イラストAC


■ 失恋レストラン

2024年6月12日(水)午後6時
-東京都某区 ギョニ子が勤務する病院の近く-

―関東オークス当日―

ギョニ子は勤務終了後、同僚二人と病院近くのファミレスに向かっていた。同僚のひとりは、3年付きあった彼氏に振られたばかりのA子で、もうひとりはギョニ子同様なぐさめ会に突き合わされたB子。いずれも30代の看護師である。

ファミレスまであと数分というところで、B子が突然、10mほど前方を歩いている二人組を指さして言った。

「ああ!あれって谷岡さんじゃない? それに隣にいるのは由香ちゃんだと思うんだけど・・」

ギョニ子とA子は、B子が言わんとしていることがすぐにわかった。谷岡はギョニ子らと同じ病棟に勤務する40代の男性看護師であり、中学生の子供がふたりいる既婚者である。そして由香ちゃんというのは、看護科のある大学から看護実習に来ている21歳の女子大生だ。

5月の連休明けから看護実習に来ている彼女は、高校生といっても通用するくらいのかわいらしい童顔の子で愛嬌もよく、患者たち、とくに高齢の男性患者たちにはアイドル的存在の学生だ。

「なんだか雰囲気が怪しいわね?」

普段から男女関係の噂話が大好きなB子は、二人が並んで歩く姿に不倫らしき匂いを察知したのか、舌なめずりをするように言った。

B子は過去に何度か、病院内の職員同士の不倫を、それらが噂になる数カ月も前からずばり言い当てた実績がある。彼女の情報網の広さと精巧なリサーチ力については、かの文春砲になぞらえB子砲とまで称されている。

「ファミレスはやめてあとをついていかない?」

B子の危険な提案に、今日の主役であるA子が真っ先に賛同した。A子がいいのであれば、ギョニ子にも異論はない。A子の顔を見ると、さっきまでの暗い顔が嘘のように明るいものになっている。

-妻子ある男性看護師が女子看護学生と道ならぬ恋-

失恋が原因の傷心につける薬は、他人のスキャンダルということなのだろうか。

谷岡と由香が入っていったのは、大通りに面したスターバックスだった。ギョニ子の勤務する病院職員が、昼食休憩時や業務終了後に寄ることも多い店だ。道ならぬ恋にしては大胆なロケーションと言っていいだろう。

ギョニ子たちは、谷岡たちが座った場所から少し離れたテーブルに陣取った。谷岡からは背後に位置するため死角になる。

ギョニ子らがテーブルに届いたそれぞれの飲み物に手を付け始めたころ、谷岡のテーブルに動きがあった。媚びるような目つきで何かを言っている由香。それに対して谷岡は、左右に首を振っている。谷岡の表情は見えないが、背中からは困っている雰囲気が漂っている。

それから5分後、由香はハンカチで顔を覆うようにしながらひとりで店を出て行った。もしかして不倫の別れ話だったのだろうか。A子とB子がそんな勘繰りをしていると、ギョニ子がすたすたと谷岡のほうに歩いていった。

「ちょ、ちょっと!今日子ちゃん!」

B子が止めるのも構わず、ギョニ子は先ほどまで由香が座っていた椅子に座り、谷岡となにやら話している。数分後、ギョニ子がA子とB子がいるテーブルに戻ってきた。

■ 女子看護学生の失恋

「残念ながら・・・という言い方は変だけど、不倫じゃなかったわ。由香ちゃんが一方的に谷岡さんに思いを寄せていただけみたい」

なんだとA子とB子はがっかりしたような、それでいて安心したような表情を見せた。ギョニ子が谷岡から聞いた話はこうだ。

由香は50代のベテラン女性看護師から、連日厳しい指導を受けて、時には涙することもあった。その様子を見かけた谷岡が、単なるフォローのつもりで声を掛けていたところ、由香から好意を寄せられてしまった。

レポート作成のアドバイスをもらいたいという理由でLINEの連絡先を交換したところ、最初のほうこそ実習に関する相談ごとだったのが、徐々にプライベートで会いたいという内容に変化していったという。

ギョニ子が言った。

「LINEじゃらちがあかないから、今日は面と向かってその気はないということをきっぱりと伝えるため、ここへ来たんだって」

A子とB子が頷く。

「由香ちゃんはやっとデートに誘ってもらえたと喜び勇んで付いてきたところ、谷岡さんにきっぱりと断られたもんだから、泣きながら出て行ったってわけ」

「へえー!かわいい顔をして、自分から不倫を持ちかけるなんて大胆ね」

A子がなかばあきれたように言った。B子が頷いて続ける。

「まあでも谷岡さんってイケオジだし誰にでも優しいから、厳しい指導で参っているところに優しく声を掛けられて、不倫でもいいから甘えてみたいって気になっちゃったのかも」

「でも不倫はだめよ!まして実習中なんだし!」

ギョニ子は、由香の気持ちがわからなくもないと言ったB子をそうたしなめた。

■ セイレーン

2024年6月13日(木)午後6時45分
-東京都某区 スナック忘れな草-

その翌日、ギョニ子はスターバックスで買ったコーヒー豆を手土産に、スナック忘れな草へやってきた。

「へえー!俺なら喜んでズッコンバッコンやっちまうがなあ・・・据え膳食わぬは男の恥ってな?」

ギョニ子から昨日の顛末を一通り聞いたタコ社長は、そう言ってマスターに同意を求めた。マスターが苦笑して首を振る。

「社長さん、世の男性をみなそうだと決めつけないでください。いくら学生のほうからモーションをかけたといっても、噂が広まれば立場上処分されるのは男性看護師のほうでしょう」

ギョニ子が大きく頷いて言った。右手に持っている生ビールのジョッキはすでに空になっている。

「そうそう!それに谷岡さんってめっちゃ家族思いだから、そもそもそんな気はなかったのよ」

「今日子ちゃん、その男性看護師さんがスターバックスを断る場所に選んだのは、看護学生の思いが報われぬ恋だってことを、暗に伝えたかったのかも・・」

麗子ママが、ギョニ子の生ビールを取り換えてあげながら言った。真一郎が訊いた。

「スターバックスと報われぬ恋・・・どうつながるんですか?」

もっともな質問だったため、麗子ママ以外のみんなが頷いた。

「この女性が誰だか知ってるかしら?セイレーン。すなわちマーメイドの起源よ」

麗子ママがそう言って手に持っていたのは、ギョニ子が渡したスターバックスの紙袋だった。

スターバックス

「ああそうでした!」

マスターがポンと手を叩いていった。

「スターバックスの商品に使われているこの女性。ギリシア神話に登場する海の魔物セイレーンですよ。マーメイドのもとになっていると言われています」

麗子ママは大きく頷き、あとはマスターに任せたとばかりに料理の準備に取り掛かった。

■ スターバックス1号店

それから10分後、パソコンであれこれ調べていたマスターは、ニヤリと笑って言った。

「今日子ちゃんが昨日スターバックスに行ったのは、単なる偶然だったのでしょう。ですが、ちょっと面白いことになってきましたよ」

1996/6/23
第1回 マーメイドS
8-13 シャイニンレーサー
(河内洋・高橋隆・市川義美)

1996/8/2
スターバックス 日本1号店 オープン
(東京・銀座松屋通り)

みんながおおという声を挙げた。マスターが補足する。

「この1号店よりも前、1992年に成田空港の第2ターミナルにあるフードコートに出店されたのが、スターバックスの日本初上陸らしいのですが、実質的な第1号店はこの銀座松屋通り店とされています。同年、マーメイドステークスが創設されていますから、セイレーンとマーメイドのつながりを感じないわけにはいきませんね」

「スターバックスとマーメイドステークスのつながりはわかったぜ!」

タコ社長はそう言ってから腕を組んだ。

「だが、JRAがサイトかなにかで、スターバックスに関することを発信したわけじゃねえだろ?」

マスターはその質問は想定内というように大きく顎を引いた。

「社長さんのおっしゃる通りです。ただ、今日子ちゃんが昨日経験したエピソードが、今年のマーメイドステークスにはつながってくると思うのです」

マスターは「今年の」のところを強調して言った。マスターの説明はこうだ。マーメイドステークスが施行される週、重賞がそのひとつだけなのは2011年以来13年ぶりだという。

<マーメイドS施行週の他重賞>

第1回~第4回(1996~1999)
なし

第5回~第10回(2000~2005)
同日 七夕賞

第11回~第16回(2006~2011)
なし

第17回(2012)
同日 函館スプリントS

第18回~第25回(2013~2020)
同日 エプソムC

第26回~第28回(2021~2023)
同日 ユニコーンS

第29回(2024)
なし

「創設された年から第4回まではマーメイドステークスのみの施行でした。その後、七夕賞と同日施行が6年間、そしてまた同日施行なしが6年間」

みんながうんうんと頷く。

「2012年の第17回は一度だけ函館スプリントステークスと同日に組まれ、翌2013年からは8年間エプソムカップと同日開催。そして、直近の相棒レースは昨年までの3年間、ユニコーンステークスといった具合です」

みんなが再度うんうんと頷いた。だが、マスターの言わんとするところはまだ見えない。

「みなさんご存じの通り、レース名の解説上は、ユニコーンはマーメイド同様架空の生物ですね。ですが、ユニコーンを大谷翔平とすれば、伝説の生物マーメイドが、実在する人間とペアを組んでいたと解釈できます」

みんながうんうんと頷く。

「マーメイドが実在の人物に恋をしてしまった・・・つまり今日子ちゃんの勤務先の実習生と同様、これは報われぬ恋でありマーメイドの逸話そのものです」

「ええと、人魚が助けた人間の王子に恋をする・・・そんな話でしたっけ?」

やっと話が見えてきた真一郎が訊いた。マスターが頷く。

「その通りです。やがて魔女との取引で人間の姿になれた人魚でしたが、王子は別の女性のことを自分を助けてくれた女性と勘違いし、その女性と結婚することになる。

魔女との約束で、王子が別の女性と結婚した場合は、人魚は海の泡になって消えてしまうことになっていた。それを不憫に思った人魚の姉たちは、魔女と取引し魔法のナイフを手に入れて人魚に与える。

魔法のナイフで王子の胸を刺し返り血を浴びれば、人魚は再びもとの人魚に戻り海で生活できる。しかし人魚が選んだ結末は・・・」

「思い出したわ!」

ギョニ子が指をパチンと鳴らして言った。

「人魚はナイフで王子を刺さず、海に投げたのよね? そしてナイフが投げ込まれた海は・・」

マスターが再び後を引き継いだ。

真っ赤に染まった・・・

タコ社長がうんうんと頷きながら言った。

「なるほどなあ・・・つまり人魚が王子を刺してりゃあ赤い返り血を浴びたし、刺さなくても放り投げたナイフで海が真っ赤に染まったと・・・」

「そういうことです。赤、つまり3枠がキーになります」

マスターはそう言ってパソコンの画面をみんなに見せた。

2024 ユニコーンS
(京都へ移動・東京ダービートライアル)
3-05(右)ラムジェット

2024 マーメイドS
※阪神競馬場リフレッシュ工事のため京都代替
3-06(左)

「奇しくも今年、人魚が思いを寄せたユニコーンは京都へ移動。後を追うように京都での代替開催となったマーメイド・・・同じ枠の左側に優勝馬を置くと思いませんか?」

3-05 ユニコーン人間
3-06 マーメイド人魚

「3枠という赤い傘の中で相合傘ね」

みんなにおつまみのバンバンジーを配りながら麗子ママが言った。

「そうすると先週のエプソムカップが、まさにその予告編だったわけね」

エプソムカップ
1着:3-06(左)レーベンスティール
2024ユニコーンS 1着同枠ゲート
2着:8-17 ニシノスーベニア
(17=ユニコーン

「ひゃあ!ホントだ!」

ギョニ子が素っ頓狂な声を挙げた。タコ社長が続く。

「なんだいなんだい!ユニコーンとマーメイドの物語はエプソムカップでやっちゃったってわけかい? なら、マーメイドステークスでも3枠6番を狙うっつうのは二番煎じだろうが?」

タコ社長の言い分がもっともなものだったため、マーメイドステークスでの3枠6番説は微妙なものとなった。果たして枠順確定でそこに収まる馬とは・・・

スナック忘れな草
マーメイドS 注目ゲート
3枠6番

■ 七夕賞

2024年6月14日(金)午後7時
-東京都某区 スナック忘れな草-

その日、最後にやってきたのはギョニ子と真一郎だった。マーメイドステークスの枠順は確定しており、みんながある同じ思いを持っていた。

誰がそのことを話そうかと譲り合うような雰囲気があったが、スターバックスのネタを提供したギョニ子が、押し出されるようにその役を担った。

「注目していた3枠6番には、外国産馬ホールネス。父がLope de Vega。意味はスペインの劇作家らしいけど、Vega、すなわち七夕があるわね?」

みんながうんうんと頷いた。マスターが補足する。

「マーメイドステークスが最初にペアを組んだのが七夕賞、これもプラスでしょう。ベガはこと座のアルファ星で別名織女星・・・つまり織姫ですね。そしてこれは、今日子ちゃんが水曜日に来店する前、関東オークスの予想で出したネタなのですが・・」

マスターは、ギョニ子が来店する前に話題に挙げた、マーメイドステークスのデータ分析における違和感について説明した。

マーメイドステークスは過去28年間、一度も関東馬が勝っていないのにも関わらず、「過去7年の優勝馬7頭はすべて関西馬」という、意図のある区切り方をしているところだ。

JRAホームページ

7と7を重ねてデータを紹介した違和感がこれで解決しました。七夕、すなわちベガを父の馬名に持つホールネスを示唆したいのでしょう」

真一郎が、七夕強調説を別ネタで披露する。

「登録抹消ニュースがあったカイザーメランジェ。唯一の重賞勝ち函館スプリントステークスは、7-7のゾロ目でしたね!」

JRAホームページ

2019/6/16 
第26回 函館スプリントS
1着:7-10 カイザーメランジェ
2着:7-11(外)アスターペガサス

みんながおおという声を挙げた。麗子ママがすかさず援護射撃をする。

「七夕の強調・・・というか中野栄治のほうの強調なんだけど・・」

麗子ママの説明はこうだった。カイザーメランジェは、JRAのニュースでは最後の所属厩舎だった矢嶋大樹調教師の名前が使用されている。ところが函館スプリントステークス制覇時は、今年定年で引退した中野栄治厩舎の所属だったのだ。

2019/6/16 
第26回 函館スプリントS
1着:7-10 カイザーメランジェ(中野栄治
2着:7-11(外)アスターペガサス

「梶裕貴と上坂すみれの『謎解き競馬』。ふたつ目の謎が公開されたんだけれど、4つある問題の答えがこうなのよ」

問1:シンキロク(新記録)
問2:ウイニングラン
問3:コエ(声)
問4:ユウホドウ(遊歩道)

「新記録、ウイニングラン、声・・・これって中野コールのことだと思うの」

「おお!アイネスフウジンだな!」

タコ社長が膝をパンと叩きながら言った。

「19万を超える観衆。いまだに破られていない入場人員記録だ。中野コールは外の遊歩道にまで届いたかもな?・・・いや、ユウホドウには報道があるから、中野コールのことは大きく報道された・・それでもいいだろう。アイネスフウジンの2着メジロライアン・・・確か3枠6番だったぜ!」

1990 第57回 日本ダービー
1着:5-12 アイネスフウジン
2着:3-06 メジロライアン

マーメイドS
3-06(外)ホールネス

みんながなるほどと頷いた。マスターがあとを引き継ぐ。

「ともあれデータ分析の違和感といい、カイザーメランジェの登録抹消といい、七夕の強調であることは間違いないでしょう。織女星を父に持つホールネスが、3枠6番というユニコーンの左隣に収まった」

3-05 ユニコーン(ラムジェット)
3-06 マーメイド(ホールネス)

3-3のゾロ目は、奇しくも来週行われる宝塚記念の直近出目。最初から報われぬ恋であるならば、せめて同じ枠にいたい。そういうJRAのおしゃれ心だといいですね」

みんながうんうんと頷き、マーメイドステークスはホールネスの単勝一本勝負と決まった。

スナック忘れな草
マーメイドS 勝負馬券
◎6番(外)ホールネス
単勝:6番

■ ドクター関西人(shimaさん)統制サイン

マーメイドS

'14 愛知杯 5着枠 1枠
→'15 マーメイドS 2隣枠 7枠 3着

'15 愛知杯 施行なし

'16 愛知杯 5着枠 7枠
'17 マーメイドS 2隣枠 1枠 2着

'17 愛知杯 5着枠 5枠
→'18 マーメイドS 2隣枠 7枠 3着

'18 愛知杯 5着枠 2枠
→'19 マーメイドS 2隣枠 8枠 2,3着

'19 愛知杯 5着枠 3枠
→'20 マーメイドS 2隣枠 1枠 3着

'20 愛知杯 5着枠 1枠
→'21 マーメイドS 2隣枠 7枠 2着,1枠 3着

'21 愛知杯 5着枠 4枠
→'22 マーメイドS 2隣枠 6枠 2着,2枠 3着

'22 愛知杯 5着枠 4枠
→'23 マーメイドS 2隣枠 6枠 2着

'23 愛知杯 5着枠 1枠
→'24 マーメイドS 2隣枠 3枠か7枠が候補!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?