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スナック忘れな草~2023かしわ記念 翠も甘いも嚙み分けて~

 

■    若手騎手の騎乗停止

2023年5月4日(祝・木)午後6時
-東京都某区 スナック忘れな草-

「やらかしちゃったわね。聖奈ちゃんたち・・・」

勢いよく扉を開けて店内に入ってきたギョニ子は、いつもの指定席「通称ゴール板前」である、右角から2つ目の席に座るなりそう切り出した。

「あ、ママ生ビールね」

ギョニ子は最初の一杯を注文したあとも、騎手6名の騎乗停止ニュースをスマホでチェックしていた。今村聖奈、永島まなみ、古川奈穂、河原田菜々、小林美駒、角田大河。女性騎手5名を含む計6名が、禁止されている調整ルームでのスマートフォン使用により30日間の騎乗停止処分を受けていた。今村聖奈には、スマートフォンによる角田大河との通話の事実もあったという。

「はい、今日子ちゃんお待たせ」

ママがカウンター越しに渡した生ビールのジョッキを、「ありがとう」と言って受け取ったギョニ子は、ジョッキ3分の1ほどの量を喉を鳴らしながら飲み、ジョッキを置いた。

「だけどよう、今どきの若い子にスマホなしのなげー待機時間ってのは酷なんじゃないかい?」

すでに赤ら顔になっていて、やはり指定席である左角、通称「4コーナー」で眞露の水割りを飲んでいたタコ社長が、騎乗停止処分を受けた若手騎手を擁護するような言い方をした。

「社長さんのお気持ちもわからないではないですが、公正競馬を確保する上で、通信機器に関するルールを守ることは不可欠です。今回の処分はいたし方ないかと・・・」

グラスを磨きながらマスターがそう言うと、魚肉ソーセージの皮をむきながらギョニ子が続けた。

「ネットでは30日間の騎乗停止は甘いという声もみられるわね。ちやほやされて天狗になってたんじゃないかとか、厳しい意見が多いわ」

「一時的に騎乗依頼は少なくなるかもしれないけど、みんな先が長いんだし、腐らずがんばってほしいわね」

麗子ママが子供を心配する親のような表情でそう言うと、タコ社長が頷きながら言った。

「そうよそれそれ!あのルメちゃんだってさあ、昔一回やらかしただろ?それが今は押しも押されもせぬトップジョッキーだからな」

■    ルメールと天皇賞

「あ!」

ギョニ子はタコ社長が言い終わらないうちに大声を挙げた。

「この騎乗停止の件。なんでもっと早くニュースにしてくれなかったんだろ。記事によるとルール違反があったのは4月22日と23日。春天の前にニュースにしてくれたらルメちゃんのこと思い出して、ジャスティンパレスを軸にって話にもなったかもしれないのに!」

「そうかもしれませんね。一週遅らせたのは事実関係の確認をしていたからでしょうけど」

マスターが軽く笑いながら答えると、ギョニ子が言った。

「ルメちゃんと言えばさあ、終わってみれば土日重賞連勝だったんだよね。土曜青葉賞11番スキルヴィング、日曜春天1番ジャスティンパレス。2頭のゼッケンで「11.1」。旧京都競馬場の最終日。土田真翔の「111戦目」の初勝利がここで使われるなんて・・・」

「あちゃーー!」

タコ社長は右手の掌おでこに当て、自分もそれに気づきたかったと悔しがった。

「昔は盾男といえば武豊でしたが、最近ではルメールの活躍が目覚ましいですね」

そう言ってマスターは、用意していたパソコン画面を見せてくれた。

2019/4/28 第159回 天皇賞(春)
※平成最後の天皇賞(春)
7-10 フィエールマン(ルメール)

2019/10/27 第160回 天皇賞(秋)
※令和最初の天皇賞(秋)
1-02 アーモンドアイ(ルメール)

2020/5/3 第161回 天皇賞(春)
※令和最初の天皇賞(春)
8-14 フィエールマン(ルメール)※連覇

2020/11/1 第162回 天皇賞(秋)
※旧京都競馬場 最終日
※旧京都競馬場 改修工事前の最後の天皇賞
7-09 アーモンドアイ(ルメール)※連覇

2023/4/30 第167回
※新装京都競馬場 
OP後の最初のGⅠ・最初の天皇賞(春)
1-01 ジャスティンパレス(ルメール)

「なんだよこれ!節目節目の天皇賞は全部ルメちゃんってわけかい。かーーっ!」

タコ社長がそう言うと、ギョニ子が口の中の魚肉ソーセージを飲み込んでから続けた。

「それを言っても後の祭りなんだけど、こうやって見直してみるのはいいことだよね」

この発言を受けて、マスターがパソコン画面を自分のほうに向けながら言った。

「今回は本命タイトルホルダーから話を進めていきましたから、正攻法であの馬券にはたどりつけませんでした。ですが、こうやって回顧することが、いつか役に立つかもしれません・・・ところで今日はかしわ記念がありますが、みなさん地方競馬はやらないのですか?」

タコ社長が手を振りながら答えた。

「ダメダメ。俺はからっきし相性が悪いのよ。地方交流重賞ってやつだろ?だいたいがJRAの馬ばっかしで配当が安いし、たまに買うときに限って変な地方馬が突っ込んでくるのよ!」

「あたしもガツンと取った記憶はあまりないかなー。マスターは何かネタがありそうね?」

「ははは。ばれましたか」

ギョニ子の問いかけにマスターそう笑って、いつの間にか用意していた4つのグラスをみんなに配り始めた。

■    翠も甘いも嚙み分けて

「今日はみどりの日ということで、『みどり』を意味する翠(すい)ジンソーダを用意してみました。もちろんサービスですよ」

「これは私からのサービス。春雨の代わりにしらたきを使ったチャプチェです」

麗子ママは小鉢をタコ社長とギョニ子の前に置いた。

タコ社長は翠ジンソーダを一口飲むと言った。

「うんこりゃいいや。焼酎の水割りともハイボールとも違うさわやかな口当たり。これは何の香りかね?」

マスターが答えた。

「ジンといえばジュニパーベリーなのですが、翠の場合控え目にしてあり、その代わり柚子、緑茶、生姜を加えた風味になっています」

よほど気に入ったらしく、グラスをほとんど空にしていたギョニ子が言った。

「翠ジンソーダもおいしいけど、ママ、このチャプチェおいしい!今度レシピ教えてね」

「あら、今日子ちゃんがいつも見ていると言っていた、リュウジのバズレシピを参考にしたのよ」

麗子ママが答える。

「ところでマスター、本題に入ろうや。マスターのことだから、翠ジンソーダがかしわ記念になんかつながるんだろ?」

タコ社長に図星を突かれたマスターは、口端に笑みを浮かべながら、パソコン画面をみんなに見せて言った。

「5月1日にJRAのホームページで発表されたニュースです。『競馬法100周年記念オリジナル フレーム切手』の発売。3種類のシートがあるのですが、それらのネーミングが、『漆黒』『』『茜』なのです」

「なるほど、それで翠ジンソーダってわけかい?」

タコ社長がそう言い、マスターが続けた。

「昨日から始まった祝日3連チャンは、憲法記念日、みどりの日、こどもの日です。真ん中が『みどり』という点が、フレーム切手と合致します」

「ホントだ!『競馬100周年記念』に対し、『憲法記念日』というのも合わせて来てる感じ」

ギョニ子も興味が湧いてきたようだ。

「今日のみどりの日に行われるかしわ記念ですから、切手シートの『翠』に、何かヒントがあるのかもしれません」

そう言いながらマスターは画面をスクロールし、切手シート『翠』の11頭をみんなが見えるようにした。

競馬法100周年オリジナル フレーム切手 「翠」

切手シートにデザインされる顕彰馬(11頭)
トキツカゼ、トサミドリ、ハクチカラ、タケシバオー、テンポイント、シンボリルドルフ、メジロマックイーン、タイキシャトル、ウオッカ、ジェンティルドンナ、シンザン

「顕彰馬34頭の中で、唯一馬名に『ミドリ』があるトサミドリを、『翠』に入れたのもここにサインがあるというメッセージでしょう」

「この11頭にヒントがあるというわけね・・・11頭だから11番とか・・・ストレートに緑の6枠?」

ギョニ子の軽いジャブに、タコ社長は反論した。

「11番に6枠ねえ。なくはないけど、マスターが翠ジンソーダを用意したくれえだから、ウオッカだと俺はにらんだね」

「ご名答ですよ、社長さん。これを見てください」

そう言いながらマスターが次に提示したのは、「3分で分かった気になる名馬」シリーズの、最新作だった。

「あ!タニノギムレット!代表産駒のウオッカにつながるわけね!」

ギョニ子が叫んだ通り、動画内で「父ギムレットより強くなるよう、ギムレットより強い酒であるウオッカと命名された」という説明があった。

マスターが動画を少し戻しある場面で止めた。画面にはテロップでこう記してあった。

父 2枠3番 タニノギムレット
娘 2枠3番 ウオッカ
史上初 父娘による日本ダービー制覇

「おいおい、2枠3番つったらよう、春天のタイトルホルダーじゃねえか!競走中止の補填があるかもしれねえな。マスター、2枠3番には何が入ったんだい?」

タコ社長の質問にマスターはパソコンを操作し、かしわ記念の出馬表をみんなに見せた。

「頭数の関係で『2枠3番』はありませんが、『2枠2番』にはJRAのメイショウハリオ、『3枠3番』には地方馬スピーディキックが入っています。

5/4(祝・木)船橋11R 20:05発走
第35回かしわ記念(指定校流)
JpnI4上オープン 14頭

2-02 メイショウハリオ(4.3倍 3人気)
3-03 スピーディキック(3.9倍 1人気)

※オッズは前売り最終オッズ

「あ!スピーディキックの3番って、14頭立てだと循環の17番にもなるわね!」

ギョニ子がそう叫ぶと、タコ社長も気づいたようだ。

「春天の17番といやあ、タイトルホルダーと同じく、競走中止したアフリカンゴールドじゃねえか!?」

4/30 天皇賞(春)
2-03 タイトルホルダー (正3・競走中止)
8-17 アフリカンゴールド(正17・競走中止)

かしわ記念
3-03 スピーディキック(正3・正17

「その通りです。馬券にならなかった3枠ということもあり、3番スピーディキックがいいかもしれませんね。3番と4番の同居は、『顕彰馬34頭』にもつながります。また、同枠シャマルの前走は『黒船賞』。赤枠に黒」

そう言ってマスターは、画面を先ほどの切手シートのページへ戻した。

「3つの切手シートの名前は、『漆黒』『翠』『』でしたね。『翠』の6枠には取消が発生しており、この枠ではないと言っていると仮定します。残る『漆黒』と『茜』を併せ持つ3枠を強調しているのではないでしょうか」

マスターの説明に続けて、いつの間にかスマホをチェックしていたギョニ子が言った。

「ちょっと『翠』の意味を調べてみたんだけど、『メスのカワセミ』のようね。2番メイショウハリオはツバメ、4番シャマルの父スマートファルコンはハヤブサじゃなかったかしら?」

「やるじゃねえかギョニ子!スピーディキックは牝馬だし、鳥にサンドされてるってわけだ。それにスマートファルコンといえば、皮肉にも騎乗停止の話題に出てきた『スマートフォン』も暗示してるぜ」

タコ社長が興奮気味に言った。

「軸は3枠、特に3番のスピーディキックは面白そうですね。対角の12番に、『』の字同様、名前に『』を持つ笹川のイグナイターがいるのもプラスでしょう」

マスターがそうまとめたところで、話題は相手探しとなった。

春天のディープボンドが3年連続2着だったことから、かしわ記念を2年連続2着しているソリストサンダーの名前も挙がったが、決定打を欠いた。

無難に的中させるなら、3枠からJRA勢を含む人気上位への流し馬券となるが、スピーディキックの同枠川田将雅が、地方交流重賞では無双状態にある今、3枠は黙っていても売れるため、相手は絞らねばならない。

「なんかよう、ビビッとくるネタはないのかねえ」

トイレから帰ってきたタコ社長は、そうつぶやきながら席についた。

■    真一郎の推奨馬

「あ!しんちゃんからメールだ!」

ギョニ子がスマホをいじりながら言った。真一郎からのメールを少し読んだギョニ子は、顔を挙げてみんなに告げた。

「しんちゃん、今日のかしわ記念を予想していたみたい。メールを読み上げるね!」

「ギョニ子、この前はいろいろありがとう。当たり馬券もそうだけど、練炭を入れておいた袋にあったメモ、そしてメールでのメッセージ。白状しちゃうけど、読みながら泣いちゃったよ。マスターと麗子ママ、靴磨きの政やんにも、当たり馬券をありがとうって伝えてください。そうそう、タコ社長には、交通安全用の当たらない馬券をありがとうって(笑)」

ここで店内が爆笑に包まれ、タコ社長は頭をかきながら言った。

「お、俺の気遣いをわかってるじゃねえか・・」

ギョニ子が続きを読んだ。

「ところで誰もやってないかもだけど、今日のかしわ記念、ちょっと気になる馬がいます。7番のハヤブサナンデクン。父ゴールドアリュール。ゴールデンウィーク中だからというだけでは弱いけど、取り消した10番のスマイルウィ。この馬が7番を示唆しているように感じます。前走京成盃グランドマイラーズ2着。1着馬はゴールドホイヤー。前々走はゴールドカップ1着。ゴールドの強調。もしみんなで予想していたら、別の馬が軸になってるかもだけど・・・

P.S.今はいろいろ忙しくしています。おかげさまで変なことを起こす余裕はないから心配しないでね。NHKマイルCは、春天の雪辱を晴らしたいね」

ギョニ子が真一郎からのメールを読み上げると、タコ社長が言った。

「しんちゃん、やるじゃねえか!なんだか一皮むけたんじゃねえの?」

「7番ハヤブサナンデクン、相手はこの馬にしましょう。去年のかしわ記念優勝馬ショウナンナデシコは、吉田人騎手でした。今年も『ハヤブサ』かもしれませんよ」

マスターがそう言うと、タコ社長が続けた。

7番は春天のディープボンドの馬番でもあるしな!ひとつぐらい目を引きそうだ!スピーディキックから、ハヤブサナンデクンの枠へ1点勝負でいいんじゃねえか?」

「ちょ、ちょっと待って!」

スマホをいじりながら声をかけたのはギョニ子だった。

「岩田望来騎手の所属変更ニュースが出てるわ。藤原英昭厩舎からフリーになるって」

マスターが素早く出馬表を確認した。

「1番のヴァレーデラルナが怪しいですね。藤原英昭厩舎の馬で、前走は岩田望来騎乗です」

「ギョニ子が見つけたのが、吉と出るか凶と出るか?1点くらい買い足してもいいかもな。1番も春天の出目だ」

タコ社長がそう言って、みんなもうなずいた。

スナック忘れな草の店内に、翠ジンソーダで乾杯するグラスの音が響いた。

かしわ記念の発走を待つ間、カラオケをしたり、NHKマイルCで気になる馬について話したりした。このころはまだ、NHKマイルCで真一郎が、とんでもないネタを見つけることは知る由もなかった。

かしわ記念 予想
枠連3-1.5(2点)
馬連・ワイド3-1.7(4点)
計6点で勝負

スナック忘れな草
~2023かしわ記念 翠も甘いも嚙み分けて~ ―完―

馬券は20歳になってから
ほどよく楽しむ大人の遊び

馬券は自己責任でお願いしますm(__)m


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